雪 星

Phantom Cat

1

 あれほど明るかった太陽が、今はもう頼りないくらいに小さく暗く見える。


 無理もない。ここは海王星軌道よりもさらに先の、彗星の巣と言われるエッジワース・カイパーベルトにほど近い宇宙空間。わが宇宙船、 IXS(Interstellar eXploration Spacecraft:恒星間探査宇宙機)110エンタープライズ2号は、そのエネルギー源であり補助推進機関としても使えるパイオンエンジンと、木星および土星のスイングバイを利用して、地球の衛星軌道から十ヶ月ほどをかけてここまでやってきた。

 しかし、ここからはようやく本船のメインエンジンを動作させることができる。僕はメインエンジンの始動シークエンスをスタートさせた。あと数分のうちに、エンタープライズ2号は冥王星軌道を越え、太陽圏ヘリオスフィア外に忽然と出現していることだろう。


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 IXS110 は世界初の超光速宇宙船だ。いにしえのNASAのスペースシャトル実験機が初代になるので、「エンタープライズ」としては二代目となる。大昔にそんな名前の宇宙船が活躍するフィクションがあったらしい。


 全長62メートルの船体は直径40メートルの二つ並んだ「ワープリング」の中心に位置している。乗員は僕一人。操縦はAIでほぼ自動化されているから人手は要らないし、人数が増えれば必要な物資も増えて燃料のスペースを圧迫する。そもそも、帰還が全く期待できない片道切符のこのミッションに、わざわざ多くの人員を割くこともあるまい。


 目的地は、640光年離れたオリオン座α星、exベテルギウス。「元」がつくのは、それが百年も前に超新星爆発を起こし、消滅してしまったからだ。


 ベテルギウス程度の質量の星は、超新星爆発を起こしてもせいぜい中性子星になるくらいでブラックホールにはならないと考えられていた。ところが、その場所に中性子星は発見されず、代わってX線が観測された。さらに観測精度が上がり、重力レンズ効果と降着円盤が認められた。どうやらベテルギウスはブラックホールになってしまったようだった。


 しかし、640光年という、宇宙的スケールでは極めて近所にブラックホールが登場した、ということは、人類の興味をいやが上にもかき立てた。ブラックホールを将来のエネルギー源にする、という研究も20世紀の時代からされていたくらいだ。そしてちょうどその頃に、アルクビエレ・ドライブが実用化されたのだ。


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