桜の木の下で。
赤木冥
桜の木の下で
その人は、桜の下に佇んでいた。
病棟の窓から見てしまったその人の姿に俺の目は釘付けになった。
ごうと吹いた風が掠う花吹雪の中、その人は泣いていた。
いつも冷ややかとすら感じるような整った顔を歪め、舞い散る桜の花びらを見上げたまま。日にあまりあたることのない白い頬が涙に濡れていた。無数の花びらが降り、真っ黒な髪に何枚も積もる。それを厭う様子もなく、ただ、その人は泣いていた。
見てはいけないものを見てしまったような罪悪感がチクリと胸を刺した。けれど、俺はその人から目を離せずにいた。
その人————俺のかつての指導医でもあった内科の鴻池涼。冷静沈着を絵に描いたような感情の起伏を殆ど表に出さない人が、泣いていた。そのことに俺は酷く動揺した。
三十路男が泣きじゃくる姿なんて、みっともない以外のなにものでもない。
それなのに、俺はスチール写真みたいなその光景を綺麗だと思ってしまった。
俺が二階の窓からそっと覗いているなんて知らないまま、ただ、泣いていた。
泣いていたんだ。
2:
鴻池涼を形容する言葉ならばいくつもある。
冷酷無比、ロボット、悪魔、疫病神、鉄面皮……エトセトラエトセトラエトセトラ……。どれをとっても酷い言いぐさばかりだ。
とはいえ、俺も研修医の頃、はっきり云ってそう思っていた。激しく同感ってやつだ。内科医のイメージといえば、温厚で優しそうなおじさま、というのが定番だと思う。
当時まだ29歳だった鴻池涼は感情の色をいっさい乗せない冷ややかな眼差しが比較的整った顔立ちと相俟って、冷たくて近寄りがたい若造だった。2浪して大学に入り医師免許をどうにか取得した俺とはたったの2つ違い。こんな医者にはなりたくないな、と思ったのを覚えている。
内科と一言に云ってもいろんな科がある。
循環器内科、呼吸器内科、血液内科、消化器内科、肝臓内科、神経内科、内分泌内科、腎臓内科、膠原病内科、糖尿病内科、それに最近は心療内科なんていう精神科との境界領域みたいな科もある。一般内科、総合内科は内科を全般的に診る科だ。病院の規模や地域性などによっても専門性が細分化されているかどうか異なるのだけれど、俺の勤める大学病院もそのご多分にもれない。
鴻池先生は呼吸器内科の医長だ。
呼吸器内科は穏やかなジェントルマンが多い印象の科で、肺癌や慢性の呼吸器疾患などを中心に診療している。鴻池先生も確かに穏やかと云えば穏やかだし、ジェントルマンと云えなくはない、のかもしれない。
ただ、明らかに他人に対し一線を引き、絶対に立ち入らせないような近寄りがたさと、感情を一切表に出さないがゆえの冷ややかさが際立っている所為で、いわゆる穏やかなジェントルマンとは異なる印象を与えてしまっていた。
あれは俺が二年目のスーパーローテートで呼吸器内科の研修をしていたときのことだった。
高齢の肺癌末期の患者さんを俺は鴻池先生と受け持つことになった。
その人は、末期も末期で、血を吐いた、と来院したのだけれど、鴻池先生の見立てでは余命一週間あるかないか。CTの画面をくるくるとスクロールさせ、右の肺に大きく広がった癌をちらりと見、呆然としているその方のご家族に向き直った。そして云ったんだ。
「どこで死にたいですか?」
って。
その人の息子さんが先生の胸倉を掴んでも、先生は視線一つ揺るがせないままだった。慌てた看護師さんが止めにはいるのを、俺はなすすべもなく見つめていた。そう、あのときも、俺はそんな先生から目を離せなかった。
「もって一週間。末期の肺癌です。骨にも肝臓にも転移がある。胸水も出ている。出血の程度では窒息リスクもあるから、数日かもしれない。お父さんをどこで看取りたいですか?告知についてはどうなさいますか?」
淡々と。淡々と事実だけを伝える横顔はあのときも白くて、人形のようになんの感情も映してはいなかった。俺はあの瞬間、この人を嫌いだと思った。
患者さんの息子さんと娘さん、それに奥さんは泣いていた。
「手術とか、できないんですか?」
娘さん……といっても、俺の母くらいの年齢の方なんだけれど……が、涙に詰まった声で尋ねても先生の表情は一切動かなかった。
「胸水はおそらく癌性でしょうから、そうするとそれだけでも全身転移とみなされてstage.IV。癌の組織型次第では化学療法が効果的な場合もありますが、手術適応は組織型問わずありません。組織型の確定までおそらく命が持たないと思います。」
「昨日まで元気にしていたんですよ?!普通に自分で歩けていたし。」
「ギリギリまでお元気でいらっしゃったのは幸運なことだったのではないかと思います。」
目を伏せた先生を息子さんが怒鳴りつけた。突然訪れた父の死期に対する受け入れ難い想いがそうさせたのだとは思うのだけれど、ね。それにも先生は一切動じなかった。
「け、検査もろくにしないで、そんなことわからんだろう。誤診だ!」
「検査にもそれなりの苦痛を伴います。さきほどの採血とCT、それにお父さんの症状からでもある程度の推測は可能です。」
「推測だって?! 若造が偉そうに!人の命をなんだと思ってるんだ!あんた医者だろう?患者を助ける気はないのか!」
「医者は神様ではないので、助かる命を助ける手助けはできても、助からない命を助けることはできない。」
「不愉快だ!他の病院を紹介してくれ!」
「かまいませんけれど、その間もお父さんの命は尽きて行くばかりですよ。」
「おまえみたいな患者を助けようとしない医者に診られたら親父は殺される!」
「殺すのは僕ではない。病気だ。」
空気が凍り付くって、ああいう感じなんだろうね。怒りという熱にうかされていた息子さんも思わず言葉を失うほど、冷たい声が診察室に静かにけれど厭にはっきりと響いた。俺は息をのんだ。
それきり、先生は口を開かずに、カタカタと無機質な音でキーボードを打ち、紹介状を作成した。点滴室で酸素を吸入しながら止血剤の点滴を受けていた患者さん本人にはなにも知らされないままだった。
幸い……か、どうかは知らないけれど、その日のうちに受け入れてくれる病院が決まった。普通は患者さんの受け入れ要請をしても、救急以外ではなかなか受け入れてもらえないのだけれど、先生はどんな魔法を手紙に込めたのか、その人は点滴を終えると息子さんの押す車椅子で近くの私立病院へと転院していった。
転院していく患者さんの丸い背中を……やっぱりなんの感情も映さない瞳で先生は見つめていた。
それから傍らにぼんやりと立ち尽くしていた俺に云った。
「僕たちは神様じゃない。」
って。冷たい氷の杭を胸にがつんと打ち込まれるみたいだった。
その患者さんは、転院先の病院で翌日亡くなった。
喀血した血液による窒息死だった、という。
紹介状の返事を先生が読んだのか読まなかったのか俺は知らない。
いずれにせよ、若く使命感に燃えていた研修医時代の俺にとって、鴻池涼は反面教師とでも云うべき存在にその日からなったんだ。
3:
そんなわけで、俺は心臓外科に入局した。三年前のことだ。目下、執刀させてもらえるのは腹部大動脈瘤の手術くらいで、専ら、上級医の手術の助手と術後管理が俺の仕事だ。
元々外科系に進むつもりではいた。
それにあの一件があってから、癌という疾患に対して苦手意識が芽生えた。
そして選んだのが心臓外科だった。
心臓には基本的に腫瘍はできない、といわれている。
稀に心膜に伸展する腫瘍や心臓腫瘍もあるみたいだけれど、手術可能な心臓の病気を治療する、という科の在り方を考えれば、悪性腫瘍を診察する機会なんて殆どない、というのが実際のところだ。
勿論。心臓の手術だって100%救命できるわけではない。
救急搬送されてきた大動脈解離や腹部大動脈瘤破裂の救命率はやはりそう高くはない。だからこそ、手術適応には細心の注意をはらうし、手技を磨く。
よくテレビやなにかでスーパードクターなんとか云ってやっているのは、心臓のバイパス手術だけれど、それ以外にも、大動脈弁や僧帽弁の形成術や置換術、大血管手術の弓部置換や上行置換、ベントール手術や左室形成……いろんな手術がある。俺にとって、心臓の手術は『正しさ』を取り戻す手術だ。
心臓があるべき形を失うことで機能に齟齬が生じる。だからその形を整える。
本来ならば流れている血管が詰まることで心筋梗塞がおこるのならば、そこを流れるようにしてやればいい。だからバイパス経路を作る。
大動脈が太くなりすぎて破裂や解離の恐れがあるのならば、それを正しい太さの人工血管に変えてやればいい。
そうして日々自分の仕事に俺は没頭していた。勤務はハードだけれどそれ以上にやり甲斐はある。それでも「僕たちは神様じゃない。」っていう言葉が忘れた頃に俺の中に蘇っては、すぅっと心を冷やした。
それはまるで、遅効性の毒だった。
じわりじわりとしみ、少しでも心に迷いが生じると牙を剥く。
俺はそんな毒を俺の心に刻んだあの人が大嫌いだった。
4:
だから、あんな風にあの人が泣くなんて思いもしなかった。
術後の患者さんがベッドの上で怪訝そうな顔をしていた。
「やあね。センセイ。どうしたの?間抜けなお顔になってるよ?」
皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして老婆が笑った。
「あ、ああ。うん。桜が綺麗だなって。」
「そうねえ。今年はまた格別だわ。命をもらったからねえ。」
笑いながら腹帯をしたお腹を撫でてみせる。
窓越しの満開の桜の枝が、風に揺れた。
無数の花びらが雪のように舞った。
老婆が鴻池先生の姿に目をとめた。
「あん人も、桜を見に来たんかねえ。今年の桜は今年しか咲かんからねえ。」
桜の花影に佇む人はあんなに泣いていたとは思えないほど、無垢な表情で花を見上げていた。老婆があの人の姿に気づいたことに、俺の胸はドキリと鳴った。あどけなくさえ思えるような、柔らかくてどこか頼りない横顔。
大嫌いだったはずなのに。
冷たい表情、冷たい声、冷ややかな眼差しに乏しい感情の起伏。
そんなイメージとは裏腹に過ぎて、俺は老婆の言葉に軽く頷くしかなかった。
ひときわ強く風が吹き、まさに吹雪のように花弁が舞い上がった。
空から降ってくる白い花びらを掴もうと手を伸ばした人の表情が凍った。
……その目は真っ直ぐに俺を見ていた。老婆はこちらに気づいた人影に嬉しげに手を振っている。盗み見ていた俺はバツが悪くてそっと目を逸らした。
そんな俺の視界の端で、鴻池先生は白衣の裾を翻し、足早にその場を去って行った。
俺は患者さんへの挨拶もそこそこに、鴻池先生が向かうであろう先へと走り出した。
なんだか、このままじゃいけない。そんな気がした。
心臓外科の三つ隣。呼吸器内科の医局を目指して薄暗い廊下を走っていると、向こうから目当ての人が歩いてくるのが見えた。
「鴻池先生っ。」
医局の扉前に立ちふさがるように立った俺に、明らかに厭そうな顔をして、鴻池先生はいつもの冷ややかな声で「なに。」と短く答えた。
「そこ、邪魔。」
「邪魔してるんですもん。」
「仕事、あるから。どいて。」
「いいから!元教え子の頼みです。」
「教えてないし。」
「俺の研修医時代の指導医だったじゃないですか。」
「名目だけね。」
どいて、ともう一度云うのを無視して、俺は鴻池先生の二の腕を掴み歩き出した。
「今日、俺フリーの日でよかった。」
「おまえ、僕の話きいてる?」
「あとで聞きます。」
「はぁ?」
殆ど無理矢理に腕を引き、薄暗い廊下の突き当たりにある職員ラウンジに鴻池先生を押し込めると、70円の紙コップの珈琲を2つ買った。
鴻池先生は酷く不愉快そうな顔をしていた。
それも俺には初めての表情で、ああ、鉄面皮なんて云われていたけれど、この人も人間なんだ、って当たり前のことが妙に嬉しくなった。
ぼろぼろでスプリングも伸びきったソファに腰掛けた鴻池先生がじろりと俺を睨んだ。
「なに?僕が桜を見てたらそんなにおかしい?こんなところに連行するくらい。」
はい、と差し出した紙コップを受け取るとそのまま年代物のローテーブルの上に置いた。くそ不味い砂糖水みたいな珈琲を俺は一口飲むと、先生と向かい合うように手近なパイプ椅子に座る。
パイプ椅子がきぃと軋んだ。
俺は何から問いかければいいのか、言葉を探してみたけれど、結局はどれも欺瞞のような気がして、そしてその欺瞞をこの人にはすぐに見透かされてしまう気がして、単刀直入に聞くことにした。
「あの、先生、なんで泣いてたんですか?」
「……は?」
「先生が泣いてるの、見ちゃったんです。」
「……あ、そ。」
「なんで、泣いてたのかな、って。」
「それに何故、僕が答える必要がある?」
「……なんとなく。」
「不明瞭な好奇心に答えてやる義務は僕にはないね。」
いつもの射抜くような眼差しで俺を見据え、鴻池先生が言い放った。
俺はしばし、言葉を探す。
なんていえばいいんだろう。
俺の中に毒を沈めたこの人が、先刻泣いていた人と同一人物とは思えなくて……。だから知りたいのか?なんで俺は知りたいんだろう?勢いでここまで先生を連れてきてしまったけれど、何を俺は知りたいんだ?
なにが『このままじゃだめ』だったんだ??
「野次馬根性じゃないんです。盗み見てたのは……謝ります。でも、あの……。」
「別に言いふらしたければどうぞ。」
「言いふらしたりなんてしません!そうじゃなくて……。あの……。」
ズキリと胸が痛んだ。
『僕たちは神様じゃない』
その声が不意に頭に浮かんだ。
「……『僕たちは神様じゃない。』……。」
俺はそのまま呟いた。
鴻池先生の不愉快そうに潜められた眉がぴくりと動いた。
「先生、昔そう教えてくれましたよね。」
「そうだったかな。」
そうだ。俺はこの毒の解毒剤が欲しいんだ。
ことあるごとに、俺の欺瞞を暴こうとするこの毒の解が。
「神様じゃないから、人なんて救えない。そう云われている気がして、あれからずっと心のどこかに棘が刺さっているみたいでした。先刻、先生が泣いているのを見て、先生も人間なんだな、って。なんだかそうしたら、ちょっとわかった気がして……。あとちょっとでちゃんとわかる気がするんです。」
不意に、先生の視線が緩んだ。
色のない表情は変わらないままだけれど、少しだけ空気が柔らかい。
「……おまえ、莫迦だね。僕の云ったそんなこと、まだ覚えてたの?」
今にも部屋を出て行くために立ち上がろうとしていたその体をソファに沈め、鴻池先生は足を組んだ。そういえばこの人はいつも真っ黒い服を着ている。
真っ黒い服に真っ白な白衣。そのどちらがこの人の本当の顔なんだろう。
「覚えてたっていうより、毒を飲まされたみたいで。あれから五年が経っても、どんどん言葉が重くなってきて……。だから知りたいんです。」
ふぅ、と先生は溜息をついた。
それも、俺には初めてのことだった。
「先生。教えてください。あの言葉の意味と、先生がなんで泣いていたのか。」
「質問、増えてるじゃん。」
「同じかなって。」
目を伏せた先生は、指先で自分の唇を軽く撫で、溜息をひとつついた。
真っ黒な髪から、桜の花びらが一枚はらりと落ちた。
「えっと、藤原センセイだったよね。」
研修医の側は指導医のことを覚えていても、指導医の側は次々にやってくるローテータ—の名前なんて殆ど覚えていない。にも関わらず、先生は俺の名前を思い出す。
「助からない、っていう患者の為に、僕たちは何ができる?」
伏せていた目をゆっくりと上げ、俺を真っ直ぐ見つめて、鴻池先生はそう問いかけた。
「心外だったら……AAAの破裂や解離で搬送されてきた患者さんがもう手術しても助からないっていうときに、何をしてやれる?おまえはその時、なにを思う?」
まるで魔女の呪文みたいに、冷んやりとした言葉が耳から心へと溶け込んでいく。
「癌の末期、間質性肺炎の末期……そんな患者さんに、僕たちは何をしてあげられる?命を……救うことができない人に。」
それから、先生はまたあの言葉を口にした。
「僕たちは神様じゃない。」
同じ言葉なのに、その色彩は淡く、優しかった。
「だから、もうすぐそこに死がある人に命を還すことはできない。だから少しでも苦痛のない、本人の望む形の死を迎えることができるようにすべきじゃないのかな。君ならどう?明日命が終わるとして……。」
最後の一日をどう過ごしたい?と鴻池先生は俺に問いかけた。
「好きなもの食べて、両親と友達にお礼を云って、あとは見つけられたら恥ずかしいAVなんかを捨てたい、かな。」
最後のくだりで、先生がふっと笑った。
あの、鉄面皮で冷血漢の鴻池先生が笑ったんだ。
「患者さんはさ、医者に行けば病気がよくなる、って思ってる。でも、よくならない病気もある。僕たちはね、神様じゃないんだ。治らない病気は治せない。でも、残された時間を患者さんが有意義に過ごす手助けくらいはしてやれる。」
ああ、と俺は溜息をついた。
ずっと、5年間ずっと誤解していた。
この人のことを。
確かに、俺達医者は患者さんを『治す』ことだけを考えがちだ。けれど、治らない人もいる。治らないならば、他にできることはないのか?1%の治る確率にかけるのもいいのだろう。けれど、残りの99%。死を迎える未来を、その未来までの時間を少しでもその人の望むように生きる手助けをするのも……正しいことなんじゃないか。
すとん、と何かが心の内側に落ちた。
それは俺の心に突き刺さっていた氷の刃が溶け落ちる音だったのかもしれない。
恥ずかしそうに、先生は目を細め、紙コップの珈琲を手に取った。
「あ、それ不味いっすよ。」
「知ってる。」
一口啜ると、不味い、と呟き、紙コップをテーブルに戻す。
「あと何?僕がなんで泣いてたか?だっけ。」
「タイミングよく失恋……なはずなさそうだし。」
「そんなくだらないことで泣かないよ。」
冷やりとした眼差しはそれでも今となっては柔らかくさえ思える。
「死期を告げる時、僕たちだって本当は平静じゃいられないんだよ。極力感情的にならないように気は配っているけれどね。それでも、患者さんにとっては死期を告げる僕たちは、死神に見えるみたいだよ。昔ね、云われたんだ。ある患者さんのご家族にね。死亡確認に行ったとき、「死神!お父さんを返せ!」ってね。今も、忘れられない。あの患者さんは桜を見たがっていた。春を迎える前に亡くなってしまったけれど。だから、僕は毎年、桜を見ると泣かずにいられないんだ。……自浄作用みたいなもの、かな。まさか、人に見られてるとは思わなかったけど。」
そう云って、ひっそりと微笑み、おまえもやってみれば?と低く呟く先生を見て、俺は泣きそうになった。
ああ、この人こそずっと毒に侵されていたんだ、って。
そして桜はこの人にとっての解毒剤だったんだ、って。
俺の目が潤むのを見て、「莫迦だね。」と先生はもう一度云った。
桜の木の下には白衣の死神がいた。
そして毎年、花吹雪の中で泣いている。
来年は、俺も一緒にあの花を見たいと思った。
桜の木の下で。 赤木冥 @meruta
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