予約席

それは、俺の行きつけの居酒屋での出来事だ。


その日は、久々に地元に帰ってきた友人と飲みに行くことになっていた。

俺は、友人を行きつけのいつもの居酒屋に連れて行った。


「毎度どうも。いらっしゃいませ」

この店は15席くらいのそんなに大きくない店だ。

だが、接客、料理はかなりのものだと思う。

週末はいつも満席。

平日も時間によっては入れなかったりする。

が、常連と化している俺は、席が空いている時間を把握していた。

「2名様ですね?こちらのお席にどうぞ」

俺たちは店の中間くらいの席に通された。

そして、俺たちの語らいは始まった……。



どれくらい飲んだだろうか?

時計を見ると、すでに飲み始めてから2時間が経っていた。

「俺トイレ行ってくるわ」

「おう」

ここのトイレは店の一番奥にある。

入り口あたりの席に通されると結構遠かったりする。

その時、トイレの一番近くの席が空いていることに気がついた。

なぜその席が気になったのかは不思議だが、なんとなく変な感じがした。

時間的にも空いているのはおかしかった。

しかし、よく見ると予約席の札が立っていた。

「予約席か……」

俺は納得してトイレに行き、席に着いた。

結局その日は閉店までじっくり語りながら飲み、その場で解散した。



その週の土曜日。

俺は彼女とデートだった。

彼女はあまり酒が強くないので、この居酒屋につれてきたことは一度もない。

いつもはちょっとシャレたレストランなんかに行くことが多かった。

だが、たまに雰囲気を変えて居酒屋なんかもいいだろうと思い連れて行くことにした。

もちろん予約は取ってある。

さすがに土曜はいきなり行って入れない。

一緒に行って断られるのはかっこ悪いし。

そこら辺は抜け目なしだ。

「渡辺さま。お待ちしておりました。どうぞ」

いつもの元気な接客で出迎えてくれる店員。

「良さそうなところだね」

彼女が言う。

気に入ってくれたみたいだ。

俺は少しホッとした。



飲み始めて少しした頃、彼女がトイレに立った。

酒が弱い彼女は少しフラフラしているようだ。

……大丈夫か?

しばらくすると、戻ってきた彼女が座りながら聞いた。

「厚もここ予約しといたの?」

「も」ってどういうことだ……?

「なんで?」

俺は少し不思議に思った。

「トイレの脇の席が予約席になってたし、満席っぽいから」

彼女は無邪気に笑いながら聞く。

トイレの脇の席……そこは俺がこの前変な感じがした席だ。

もうすぐ9時近いのに……未だに予約席……?

その後何回か俺もトイレに行ったが、俺たちが帰るまでその予約席に人が座ることはなかった。



次の日、俺はどうしてもあの予約席のことが気になってもう一度居酒屋に行った。

今度は一人で行ってみることにした。

「毎度どうも。いらっしゃいませ」

今日は店の店長が出迎えてくれた。

この店長とは仲がいい。

いつもちょっと位のワガママなら聞いてくれる。

「トイレの脇の席がいいんだけど」

俺は思いきって言ってみた。

すると店長の顔色が変わった。

「あのお席はご予約のお席なんですよ」

店長はすぐにいつもの満面の笑みにも戻った。

「これだけ席空いてるからいいじゃん?頼むよ」

俺が居酒屋に入ったのは5時。

開店してすぐだ。

日曜だし、まだ客はいなかった。

「……かしこまりました。ご案内しますね」

店長は少し考えた後、俺をあの例の席に通した。

特に変わったところはない。

別に普通だ。

だが、この後俺はこの席の予約の意味を知ることになった。



飲み始めて2時間位した頃だ。


ガシャンッ


急にグラスが倒れた。

しかも俺のほうに向かってだ。

「わっ!!」

俺は急いでグラスを起こし、お絞りで周りを拭いた。

「大丈夫ですか!?」

お絞りを待った店長が駆けつけてきた。

「これくらい大丈夫ですよ」

お絞りを受け取りながら言った。

「……あの、お席移動なさいますか?今なら良いお席空いてますし」

……おかしくないか?

グラス倒したくらいで席移動はないだろう。

テーブルの上が濡れた程度だし、移動する程でもない。

……やっぱりこの席は何かある。

「大丈夫ですよ。気にしないでください」

俺は笑いながら言う。

「そうですか……?また何かあったらお声かけてください」

ずいぶんな気にしようだな……。

まぁ、俺がワガママ言って座らせて貰ってるんだが。

その後、俺は新しく焼酎を頼んだ。

それを一口飲んでテーブルに置いたとき……


ガシャンッ!!!


まただ……。

しかも、前回も今回も俺はグラスにまったく触ってない。

……なんでだ?

「お客様……申し訳ないのですが、お席移動していただけませんか?」

お絞りを持ってきた店長が、机を拭きながら言った。

「……この席……何かあるんですか?」

俺は店長に聞いた。

「……渡辺様には隠せないですね。」

店長は苦笑いをしながら言う。

そしてこの席の予約の理由を話してくれた。



1年位前、毎日決まった時間に来る女性の常連さんがいた。

その人はいつも必ずこの席を希望していて、お気に入りの場所だったらしい。

結構お酒の強いお客さんで、店員のことを気遣ってくれる人だったようだ。

しかし、半年前交通事故にあった。

この居酒屋に向かう途中にひき逃げにあって亡くなったらしい。

その次の日、ニュースでやっているのを見て知ったのだそうだ。

それから一週間位した頃、異変がおき始めた。

この席にお客さんを通すと、必ずグラスを倒すらしい。

しかも決まって7時以降。

それは、その女性のお客さんが来ていた時間なのだそうだ。

それにいち早く気づいた店長は、供養のためにもこの席を予約席とし、ほかのお客さんを通さないようにしたらしい。

それを聞いた俺は席を移動することを店長に告げた。



俺はここまでお客さんを見て、気遣っている店長をすごいと思ったし、死んでもなおこの店に来続けるその人を少し愛おしく感じた。



きっとこの先も俺はこの居酒屋に足を運ぶだろう。

店長たちへの尊敬と、あの女性客の幸せを願って……。

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