2 目覚めた世界は、


 目覚める前のまどろみに、ゆっくりと、しかし確実に自分が覚醒に近付いているのがわかる。誰かが側にいるのを感じて薄く目をあけると、その影がふわりとこちらを覗きこんだ。

 薄茶のウェーブがかかった髪に、ヘーゼルカラーの瞳の、可愛い女の子。

「………るかちゃんだぁ」

 呟くと、女の子は小さく息を飲んだ。まだ夢の続きを見ているんだろうか? 瑠果ちゃんが実際にいたら、こんな感じの子なんだろうな。あ、驚いた顔も目がまんまるで、猫みたいに可愛い。眼福眼福。噛み締めるように再び目を閉じると──

「……あの、目が覚めましたか?」

 彼女は、はっきりと、私に声をかけた。

「──え?」

 急速に意識が冴え、手足の感覚と体の重みが戻ってくる。瞬きをしても知らない天井。私は今横になっている……冷たい土の上じゃなさそうだし、お布団までかけている。声をかけてきた女の子が心配そうにこちらを伺っていた。またしても状況がつかめず、体を起こしてみる。ぎしりときしむ音がして、どうやらベッドにいるようだ。

「あっ、一応治癒はかけたけど、急に起き上がらない方が……」

「なんだ、目が覚めたのか?」

 彼女の後ろに見えていたドアがいきなり開き、部屋に次々と人が入ってくる──その姿に目を見張った。それぞれ鎧や長いローブを身にまとっていて、一言で表すならとてもファンタジーな装い。だけど……どれもどこかで見たことがあるような。

 キラキラの金髪に薄水色の長髪、濃いオレンジのような金髪。日本では、私の世界では、やはり有り得ない色たち。でも、それよりも。それよりも。最後に入ってきた人物に、私の目は釘付けになった。

 少しクセのあるカーキブラウンの髪を肩に流してくくり、怪訝そうにじろりとこちらを見る瞳は、茶と緑を混ぜたような綺麗な榛色。

 自分の頬をぎゅっとつねってみる。……痛い。

「な、……」

 なんで。思わず声がもれる。

 なんで、『彼』に、似ているの?

 夢の続きにしてはおかしすぎる。思い切りつねってみた頬は痛いのに、体の他の場所に明確な痛みはない。少し怠さを感じる程度だけど……あの時殴られたりしたし、森の中を駆けて擦り傷もいっぱいできていたはずなのに、私の手には傷ひとつなかった。でも、そうして確認した私の左手中指には、例の指輪がはまっている。だとしたら、先ほどまでの記憶はやはり。

「──っ……」

 とたんに体がカタカタと震え、喉がぐっと詰まる。夢ではなかったのなら。恐怖がよみがえり涙が滲んだ。今まで生きてきたなかで、少なくとも周囲からあんな風に悪意をぶつけられたり暴力を受けることは無かった。追いかけられて、殴られて、それからこの指輪をつけられて……

「……怖かったですよね。もう大丈夫。大丈夫ですよ」

 ふわりと、女の子が優しく抱き締めてくれた。頭や背中をゆっくりと、そっと丁寧に撫でてくれる。撫でられた箇所がじんわりと暖かく、甘くて柔らかくて、すごく安心する匂いに包まれた。

「……話は私が聞くから、皆は向こうで待っていて」

「ああ、その方が良さそうだな」

 男の人達が部屋から出ていくと、緊張が少し解けてほっとする。そのまま震えが止まるまで、彼女はずっと私を抱き締めて、撫で続けてくれた。


 すっかり涙が止まると、胸の奥の怖かった気持ちも融け出したように不思議なほど鎮まっていた。彼女の柔らかな笑顔はどこか安心させるようで、私を気遣ってくれているのが伝わる。楽にしゃべって欲しい、と言われたので、こちらからもそのようにお願いした。

「あの、ありがとう」

「ちょっとは落ち着けた、かな?」

「うん。あと、助けてもらって、本当にありがとうございます」

 そう言いながら深々頭を下げると、無事で良かったと彼女は優しく笑った。……やっぱり、似ている。

「さて。申し訳ないけど、詳しい話を聞いても大丈夫かな」

 気になることはあるが、頷いて、まずは彼女に事のあらましを話した。

 恐らく自分はこの世界の人間では無さそうだということ。気がついたら遺跡のような場所に居たこと。レイゾク──恐らく漢字をあてるなら「隷属」だろう──の儀式というものをされそうになったので逃げ出したが捕まってしまったこと。そうだ、はめられてしまった隷属の指輪。これは外せるんだろうか。無駄だろうと思いつつ指輪に手を伸ばす。

「あっ、待って!」

「……痛っ」

 びりりと電流が流れたような痛みとともに、指輪を外そうとした右手が弾かれる。

「……とれない……」

 ざっと全身の血の気が引くような心地がした。つけられたときの状況を考えても、なにがしかの魔法がかかっているんだろう。隷属ということは誰かの奴隷になってしまっているのだろうか。私の不安を察してか、彼女はそっと私の手を握った。

「大丈夫。儀式が不完全だったからか、主が決められていないみたいなの。

 誰かに従ったり行動を制限させられることは無いよ」

「そうなんだ……」

 この指輪を外すには、隷属の魔法を扱える人物か、呪いを解けるような技術を持つ魔導師に頼むしかないらしい。私には出来なくて……と、彼女は申し訳なさそうに付け足した。外そうとさえしなければ、触ったりするのも問題ないようだ。

 ほっと安心したところで──私の手を握る彼女の指に、見覚えのあるモチーフの指輪がはまっていることに気がついた。紅い宝玉を銀の葉が縁取る、浄化の指輪。身に付ける用と保存用で、私は2つ買って持っていた、『ユメヒカ』光の神の加護を受けた指輪だ。

 改めて、目の前の彼女をまじまじと見る。薄茶のウェーブがかかった柔らかそうな長い髪をハーフアップにしていて、ヘーゼルカラーの瞳は優しい色だけど、意志の強そうな光をたたえている。画面の左下にずっと見てきた、あのグラフィックが思い出された。

 ああ、似ているのは当たり前だ。きっとここは『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』の世界で。そして彼女は、この世界のヒロインなのだ。 

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