第14話 コミケ、それはまさに戦場
夏休みも突入し、来る八月某日。
ミンミン蝉の合唱が響く炎天下の空の下。
そこにはイベントの為の大行列ができていて俺はその中にいた。
「ふー、列進まねえなあ」
俺はタオルで顔の汗をぬぐいながら言った。
ギンギラギンに太陽が照り付ける空の下で、大勢の行列に交えて俺は陸野と共にコミケ会場に来た。
陸野はこういうイベント初参加というもので案内した方が都合がいいだろうということで駅で待ち合わせをして俺は陸野と一般参加者として来たのである。
しかし一般参加者という形で会場には十一時頃入れればいい、というつもりで十時ごろにここにたどりついたのであと一時間はこの行列の中だ。
これだけ混雑していても今頃すでに会場の中にはサークル参加である深山と始発で先に出た小宮はすでに会場内にいるのだろう。
横にいる陸野の姿は頭に麦わら帽子をかぶり、キャミソールにショートパンツを身にまとい、足にはシューズという動きやすさ重視の服装だった。
ひらひらした動きにくい服装やサンダルにヒールのある靴などはコミケではNGだと事前に教えておいたおかげだ。
もちろん俺も動き安さ重視の服装で来るためにTシャツとジーンズにリュックという姿である。
「江村くん、あとどのくらいこの暑さを耐えればいいの?」
太陽はアスファルトの地面を容赦なく照り付け、その足元からの熱気も相当なものだった。
近くに海がある会場とはいえちっとも潮風の涼しさはこの人込みでは感じられない。
目の前にすでに会場である国際展示場の建物は見えていてもなかなかその中には入れない。
「ちょっとずつ列は進んでいるからしんぼうするんだ。そうすれば真っ先に企業ブースに行けるから」
「うう……」
やはり夏コミの暑さは半端ではない。
ただでさえ熱中症に注意という喚起が毎日ニュースで言われる近年の夏という過酷な時期に好き好んでこんな場所にいるのか。
あらかじめ持ってきたペットボトル飲料で水分補給をしながら暑さに耐え忍んだ。
ようやく会場に入れる頃にはすでに十一時を周っていた。
まずは陸野のお目当てである企業ブースに行くことにした。
目当てのものを一番にしないとグッズ系は時間経過で完売の可能性があるからだ。
外も暑いが中の熱気もかなりのもので、人の多さで湿度も上がり、シャッターを常に解放している会場内は冷房なんてものが効くはずもなく、屋内だというのに日差しがないだけで暑さは変わらない。
しかしその暑さを耐えて中に入った分、まだ午前中に入ることができたのだ。
幸い、企業ブースはまだ完売になっておらず陸野はお目当てのコールドエンブレムの限定グッズを購入できて嬉しそうだった。
「タペストリーにタオル、扇子とかすっごくいいもの買えちゃった!」
陸野は企業ブースでもらった大きなコールドエンブレムのイラストがついた紙袋を手に下げてご機嫌だ。
まあこれだけでも来たかいはあったけど、本番はこれからのようなものだ。
次はいよいよコミケの醍醐味である同人誌を頒布しているサークルスペースを周るのである。
コミケは三日間開催でそれぞれがアニメや漫画ジャンル、ゲーム系、創作系に男性向けといった具合で日程によりジャンルが分けられる。
今年のジャンル日程はアニメ系ジャンルと漫画ジャンルが同じ日なのだ。
俺達は企業ブースを出て、サークルスペースのある館へ向かおうとしていた。
「俺はライトノベル系ジャンルのサークル見に行くけど、陸野はどんなサークルまわりたいんだ?」
ライトノベル原作アニメは数多くあり、ライトノベル原作ジャンルは小説というジャンルに分けられる。
サークル巡回は早くに行かないとサークル頒布物の完売の恐れがあるのでまずは目的のサークルスペース巡回を先に済ませて買い物をしてしまおうということだ。
「私はコルエムサークルのある少年漫画系のジャンルのサークルをまわりたい」
コールドエンブレムは少年漫画雑誌連載なのでジャンルコード的には少年漫画のスペースだ。
「となれば、俺達が行くのは東館だな」
俺達はちょうど行き先が近い場所で同じ東側にある館なのでそのまま共に二人で向かうことにした。
コミケ当日の会場内はどこも人でぎっしりだ。
通路を歩いていると前も後ろも人だらけである。
カートや紙袋など大き目の荷物を持った人も多いのぶつからないようにと配慮をするとなおさら歩きにくい。
コミケ参加者はみんな動きやすい服装ではあるが購入した同人誌やグッズ、いわゆる戦利品をしまう為にトートバックやリュックなど大き目の鞄を持っているのが特徴か。
黒髪茶髪に私服という服装の日本人が多い中、通路では時々人込みにまぎれてウィッグで派手色な髪色な人やカラフルな衣装といった目立つコスプレイヤーの姿ちらほらと見える。
この風景がまさにコミケならではである。
目的である東館に着けば、そのホール内も人でいっぱいだった。
俺達は東館の少年漫画や小説ジャンルのサークルスペースが固まっているホールに入った。
今までの人込みだらけの通路と一遍変わってホールの中はまさに即売会になっている。
会議用の机が縦に並んでおり、これが端には誕生日席と呼ばれるサークルが配置されており、この机に囲まれているサークルの集まりを「島」と呼ぶ。
各島の間には二つの会議用机の間に通路がある。
その左右には縦に並んだ机が各サークルスペースでそこに頒布物を広げてやりとりができるというわけだ。
島はジャンルごとに分けれられていて、アニメや漫画といった一タイトルがなるべく同じスペースに固められているのだ。
俺達が今いるのは東館の通路に近いホールの入り口だ。
今まさに目の前は少年漫画系のジャンルが固まっていて、島のサークルスペースからは俺もよく買う少年誌のキャラクターの二次創作絵であるポスターなどが目立って見えている。
「すっごおい。少年ジェベンの連載漫画のジャンルがこんなにたくさん」
少年ジェペンとは日本では今一番発行部数の多い少年漫画雑誌で陸野の大好きなコールドエンブレムが連載している雑誌だ。
陸野は少年ジェペンの連載陣のサークルが気になるらしく、目の前に見えるサークルを見て目を輝かせていた。
「ねえ、江村くん。私この辺りのジャンル見て回りたいな」
「ええ、この辺り? めっちゃ混雑してるぜ?」
少年漫画系ジャンルはアニメ化した作品も多く、特にまさに現在流行中の人気ジャンルが集中する為に特に混雑がすさまじかった。
「じゃあ私一人で廻るから。江村くんだって行きたいサークルあるんでしょ? 大丈夫、もう会場内の雰囲気には慣れた。頒布物の買い方もさっきからここで見てて大体わかったし」
「じゃあどこかで待ち合わせ時間と場所を決めて後から合流するか」
陸野が一人で廻りたいサークルがあるから、という理由でしばらく別行動をすることになった。
俺達はは待ち合わせをする場所を決めた。
会場内にあるホールを出た場所にある通路に設置されている赤い球のオブジェだ。
待ち合わせで合流しやすいように、コミケ会場内にはわざと目立つオブジェがあちこちにあるのである。約束の時間を決めてそこに集合することを決めるよようやく別行動だ。
俺は一人になったのをいいことにようやく自由行動だと思いざまに行きたいサークルスペースに足を運ぶことにした。
小説ジャンルのライトノベル作品のスペースはまさに現在アニメ放送中のラノベタイトルのサークルがにぎわっていた。
ライトノベルジャンルだけでもそこそこのサークル数があり、サークルスペースの前の通路を歩きながら一つ一つを見ていってもかなりの同人誌やグッズなどといった頒布物が並んでいた。
「やべえー。今期アニメ化作品のサークル、結構あるじゃん」
ライトノベル原作の二次創作のサークルも全てを合わせると結構な数があるものだ。
とはいえ同人誌は値段が高い。自費出版ゆえに印刷代がかかるので同人誌はページ数の少ない薄い本でありながら印刷代と部数を割ると一冊四百円から高い物は千円ほどすることも当たり前である。
高校生には数百円という値段もポンと出せる金額ではないので俺はよく吟味しておもしろそうな本を探した。
「よーし買うぞお」
その結果、十冊ほどの同人誌を購入したのである。
買ったものをリュックにしまい込んだ。
これだけでもすでに六千円の出費だ。やはり同人誌即売会は数千円があっという間に消えてしまう。
俺は少し早いがすでに財布の都合もあり、一足早く待ち合わせ場所へと向かうことにした。
待ち合わせのオブジェの前にたどり着くと陸野はまだ来てなかった。
ふと時計を見るとまだ約束の時間まであと十分ある。
「しょうがない。ちょっと休憩しよう」
俺は壁を探して壁の前に立った。
ふとオブジェの周りの壁を見てみると、その周囲は座り込んで戦利品である同人誌を読んだり、カタログを開きながらサークルチェックをする人がちらほら見えた。
本当はこういった場所での座り込みや休息はマナー違反なのだがコミケ会場ではどうしてもこういった光景も見られる。
そしてその度にスタッフが注意喚起を度々呼びかけるのも恒例だ。
俺はリュックから持ってきたスポーツドリンクで水分補給をする。
夏コミの会場は酷い暑さで喉が渇く人が多いので自動販売機の飲み物は常にほぼ全ての商品が売り切れだ。
猛暑のイベントは自動販売機を頼ってはいけない。
だからこうして自前の飲み物を用意するのがいいとされる。
しかし持っている貴重な水分なので一気に飲んでしまわないように少しずつ味わう。
とても暑くて喉がからからだった身体にまるで水分が浸透するようにこういう時に飲むスポーツドリンクは格別だ。
俺は会場内にある待ち合わせオブジェの前で約束の時間を待っていた。
「おまたせー」
集合時間に近づくと、ようやく陸野は来た。
「やっと来たか……って、なんだその荷物!?」
陸野はトートバックに加えて両手いっぱいに派手な二次創作イラストがついた大きな紙袋を手に一つずつさげて現れた。
おそらくサークルがノベルティとして作った紙袋をもらったのだろう。
会場に来る際に持ってきたトートバッグに入る量だったのが今はサークルのノベルティでもらった紙袋を二つ持ち、その中にも同人誌がみっちり詰まっている。
「初めてのイベントで、ちょっと買いすぎちゃって」
「はりきりすぎだろ。よくそんなに金あったな。財布は大丈夫なのかよ」
同人誌は決して安くはない、それをこんなにたくさん買う資金がよくあったものだ。
「本当は気になったジャンルのサークルだけチェックしておこうと思ったんだけど、いろんなとこ歩いてたら見てたアニメのスペースいっぱいあって、ちょっとサンプル読むつもりが次々と欲しくなって買ってつい……」
こういうことはイベントあるあるかもしれないが、陸野にとっては初めてのコミケという高ぶりも相まってはしゃいだのだろう
「そんな大荷物持って移動するの大変だろ。宅配便で自宅に送っちゃったらどうだ?」
同人誌は一冊辺りは薄く軽いとはいってもちりも積もれば山となる、で紙はたくさんあつまるととても重いのだ。
今から他にもまわるところも多いのにその大荷物を持って歩くには大変すぎる。
大抵こういった同人誌即売会のイベントにはサークル参加者が在庫を自宅に送るためと一般参加者が買った物を自宅に送れるように宅配便サービスが利用できるのだ。
「そうね、そうする」
「じゃあ宅配便のところ、行こうぜ」
歩き始めると陸野は両手に抱えた重い紙袋を持つのはやはりかなり力を使うらしく少々ふらいついていた。
こういう場合は女子に無理をさせてはいけない。
「その紙袋、俺が持ってやるよ」
「え、いいよ。重いし。このくらい大丈夫よ」
陸野は遠慮しているのか、自分が持つといった。
しかしどうみても肩にトートバックを掲げてさらには二つもの紙袋は荷が重そうだ、
「重いならなおさらだろ。紙は重いんだから、歩くのだって大変だろう。ほら、遠慮すんなって」
「……ありがとう」
陸野はお礼を言うと、右手に持っていた紙袋を一つ俺に差し出した。
「うわっ! めっちゃ重い! よくこんなの今まで運べたな」
手に持ってみると、大量の同人誌が詰まった紙袋はやはりかなりの重さだった。
薄い本でも冊数が多ければまるで鉛を運んでいるかのような重みがある。
こんな重さのものを二つも運んでいたとなるとかなりの重量だ。ここは男としてもう一つも持ってやった方がいいだろう。
「ほら、そっちも俺が持つから。こんな重たいの運ぶの大変だろう」
「いいの?かなり重いけど」
「俺の方が男なんだから力はあるんだし、遠慮するなって」
紙袋を二つ、俺に渡すとやはりこちらもかなりの重さだった。
陸野は手を離すと、手をプラプラとさせてマッサージをしていた。やはりかなりの重さだったので手を痛めていたようだ。
「ありがとうね、江村くん。荷物まで持ってもらっちゃって」
陸野は少しはにかんだような表情で礼を言う。
「とっとと宅配便のところへ行くか」
そして俺達は宅配業者のサービスを探した。
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