第2話 アニメオタク、女子をスカウトすることに


 俺は昼休み、修二と食堂で昼飯を食べることが日課だった。

 俺はきつねうどんを注文して、修二はカレーライスを食べていた。

 食堂の中は午前授業を乗り越えてようやく授業から解放された生徒達であふれかえり、皆それぞれ午後の授業に向けて昼食をとっていた。

 談笑が聞こえ賑やかな食堂でわいわいと昼飯を食べていると、ふと修二がこう言った。

「俺達、そろそろ真面目に部活動とかしたいよな。アニメ研究会はいつも閑古鳥状態で幽霊部員の先輩達もまともに顔出さないって状態だけど、そろそろ本格的に部活らしいことしたいっていうか。」

 アニメ研究会は新入生に向けての部活オリエンテーションの日には部員が揃っていたものの、以降は自由参加のスタンスなので部室にはろくに部員が集まる日はなかった。

 部長や先輩といった部員は存在するのだが、その姿を見たのはあの日だけである。

 文化祭の時などは小冊子を出したりするのでそういう行事の時は集まるとは聞いたものの普段は実質俺と修二だけで活動しているようなものである。

 アニメについて幅広く知識は持つものの、その趣味と嗜好ゆえにあまり他の生徒とも交流の輪を広げられない俺と違い、修二どちらかというとどんどん行動的に動きたいタイプなので今の部活スタイルのままでは不満があるのだろう。

 しかしそれでも修二はアニメが大好きという理由で俺と一番親しくしてくれている。

 俺は今のままで十分満足だが修二は不満気味だった。

「こんままではダメだと思うんだ! ここでいっそ動き出さねば俺達の高校生活は地味なものになってしまう! そこで部長とこっそり相談したのだが、部員を今以上に増やせれば他の部員もまともに顔を出すようになるかもって言われたんだ」

 そういえば修二は持ち前の行動力でオリエンテーションの日に部長と何やらアドレス交換をしていた。

 それでいつの間にか部長とこっそり連絡を取り合いそういった話を進めていたようである。

「部員を増やせっていったって、今年入部したのは俺と修二だけだろ? もう一学期も半分過ぎた今頃になって部員を増やそうなんて無茶な気がするぜ」

 そう、今年のアニメ研究会で入部した新入生は俺と修二だけなのだ。

 入学したばかりの四月や五月ならまだ部活が決まっていないやつを誘い込むという方法もあったかもしれないが、すでに一学期もそこそこ過ぎた六月にもなってしまえば部活に入ろうと思っていた生徒達はすでに何らかの部活に入部しただろう。

 それでも帰宅部でいる生徒は元々部活に所属するつもりがなかったということだ。

 こんな時期に新しい部員を探そうというなんて無謀である。

「ちっちっち。それが無茶じゃないんだよなあ。うちのクラスに、こいつは誘えばアニメ研究会入ってくれるんじゃないか? って候補のやつ何人かいるんだ。そいつらアニメ好きだって噂があるんだぜ」

「そうなのか?」

 確かにアニメを見る高校生の人口はそこそこ多いかもしれない。

 しかしそういった趣味をわざわざ部活動にしようとまで思わないやからが多いためか、そういう趣味を持っていてもアニメ研究会に入ろうと思っていた生徒はいなかったようだ。

「男子の方は俺がなんとかするから、女子でそういう候補の奴を誘うのをお前がやってくれねえ?」

「じょ、女子!?」

 俺は食べていたうどんが鼻に入りそうになに、ゲホゲホとむせた。

「女子を誘うって、俺があ!?」

 まさかこんなところで自分が出されるとは思っていなかった。

 俺達以外にもうちのクラスにアニメ好きがいるのであればぜひスカウトしたい、それは俺も同じだった。

 だがよりにもよって異性である女子を誘うのをお前がやれ、といわれるのは想定外だった。

 今もどの部活にも入っていなくてなおかつアニメ好きのやつなんていただろうか?

 入学式の後、授業などでクラスメイトの特徴や嗜好を把握してきたつもりではある。

 うちのクラスはギャルグループ、リア充グループ、ぼっち属性だったりそれぞれに特徴があってみんな自分と合う奴と好きにつるんでいる。

 アニメを見ている、という趣味程度の生徒は複数いたが、アニメ関連の部活に合うほどのコアなアニメ好きが果たしてうちのクラスにいただろうか?

 もしも同じクラスに俺達以外にもアニメ好きがいるならぜひ仲良くしたいとは思うが同性の共通の趣味を持つ同性のクラスメイトならともかく、女子なんて……。

 俺は今まで女子と関わった経験は皆無なのだ。

 ましてや高校生という難しいお年頃の女子とどうやって話せというのだ。

 しかしもしもそれでアニメ研究会が賑やかになるとすれば希望はあるので話だけでも聞いてみることにした。

「で、そのアニメ好きで部活に入ってくれそうなやつって誰だよ?」

 とりあえず話を聞いてみないと始まらないので誰のことかだけは聞いておこうというわけだ。。

「うちのクラスに陸野未祐って女子いるじゃん?」

 陸野未祐。それは朝、俺達に注意をしてきたあの優等生の女子だ。

 よりによってあまりいい印象じゃなかった女子の名前が出てきた。

「あいつ、アニメ好きかもって噂があるんだ」

「そうなの?」

 陸野がアニメ好きだという話なんてどこに証拠があるのだろうか。

 しかしその噂が本当ならば今日の朝、俺達がアニメのタイトルをあげていただけでそれがアニメの話題とわかった理由にもうなずける気がする。

 修二はいちいちその時のことを気にしていなかったので俺も気に留めていなかったが、よく考えればそうなると合点もいくのだ

「前に陸野さんがコンビニでアニメの食玩買ってたところを見たって生徒がいたんだよ。それであのお堅い陸野さんがそんな商品を買うってことがイメージと合わなくて印象深く残ってそういう噂が立ったんだ」

 目立つ分、ただそういった商品を買っていただけでそういった噂をされるとは優等生とはまた大変である。

 だがあのお堅い陸野が本当にアニメ関連の商品を買っていたとなれば少しだけそんな気もする。

 単に誰かに頼まれたからその時は買っていただけ、という可能性もあるが。

「それと、あと二人いるんだ」

 なんと、クラスにいるというアニメ好きな女子とはまだ他にもいるというのだ。

「小宮さんっていうんだけど」

 小宮、その名前は女子の小宮恵子を指す。

 小宮は茶髪というチャラい見た目で少々ギャルっぽい。特筆すべきはその豊満なバストで色気がある、と一部では言われてるのだが。

 しかしなぜか小宮はそんな外見でありながらクラスのギャルのグループには属さず、いつも昼休みにはどこかへ行ってしまう。

 しかし彼女のそのセクシーな美貌にほれ込む男子は多いそうだがいかんせん本人が他者を寄せ付けない。

「小宮さんのセクシーなとこすげーじゃん? 俺ああいう子好みだぜ」

 修二は聞かれてもいないのに自分の好みだという。

「っと、それはいいんだけど、なんか小宮さんは性格もトゲがあるところあるから、誰も近寄れなくてな。」

「それのどこがオタクっていうんだよ」

 まさにビッチそうな女性は俺の好みではない。

「小宮さんは前、休日の秋葉原にいたを見かけたやつがいる。なんでもメイド服を着てティッシュ配っていたんだとか」

「小宮が、メイド……!?」

 あのギャル的な見た目の小宮が秋葉原とは意外だ。

 ギャルといえばアクセサリーや古着などどちらかと原宿や渋谷に行きそうなイメージがある。

 しかしその小宮がオタク街である秋葉原でメイド服と来たものだ。

 もしかしてバイトをしなくてはない事情があってそれで時給の高いメイド喫茶のバイトを選んでいたのではということとも推測できるが。

「そんなオタク店でそういうバイトしてるってことは、もしかしたら小宮さんはアニメとかそういうオタク的な趣味もあるかも。ああいう店ってまず採用条件にそういった趣味がないとお客さんと話会わないから面接で落とされるっていうし」

「な、なるほどな」

 そう説明されれば納得もできる気がする。

「あと一人は、深山桃菜って女子だ」

 深山桃菜、それはクラス一のピカソと呼ばれる女性だ。

 陸野のように成績優秀ということもなければ小宮のように人の目を惹く外見でもない。

 しかし彼女にはある特技があった。

「深山さんは絵を描くのがすごくうまいってのは知ってるよな」

 この学校で入学早々美術の授業で長けた才能を出し、なんでも聞いた噂では小学校や中学時代はしょっちゅう絵のコンクールで表彰されたことがあると聞いた。

「深山さん、噂では美大目指してるんだって」

「え、そうなの?」

 初めて知った深山という女子の秘密。

 深山はものすごく絵を描くことに長けていてなおかつ進路は美大へ行きたいとなれば彼女の絵を描くという特技がただの趣味の範囲ではなく将来の進路にするほどの本気なのだと知った。

「深山さんは絵を描くのが得意ってことで前にクラスの奴が深山さんがスケッチブックにアニメっぽい絵を描いてたのを見たやつがいるんだって。芸術的な絵だけじゃなくてそういう漫画の絵もうまいらしい。」

「そういう絵、描くんだ?」

 美術の授業で求められるような芸術性のある絵とアニメや漫画の絵は全然違うともいうが、それでも分野でいえばどちらもアートな分野である。

 深山がいったいどんな絵を描くのかはわからないが、アニメ的な絵を描いていた。という部分にはひっかかるものがあった。

 陸野未祐に小宮恵子、深山桃菜、三人のクラスメイトである女子の候補が上がった。

「その三人がもし、本当にアニメ好きという確信がとれたならその時はぜひアニメ研究会に誘って欲しいんだ」

 見た目も、性格も違うバラバラな三人をアニメ研究会に誘ってくれとは無茶な話だ。

 さらに俺が戸惑ったのはその三名はどういった理由かわからないがクラスでも孤立気味なのである。

 友人がいないのか、それとも普段つるんでいないのかはわからないが陸野と小宮と深山という女子は休み時間に誰かといる姿をあまり見たことがない。

 陸野は休み時間も暇さえあれば参考書で勉強をする姿をよく見る。

 小宮はどこに行くのかわからないが昼休みに姿をみない。

 深山はもはや絵を描くことが大事なのか昼休みはずっと美術室で絵の練習をしているようだ。

 そんなクラスでも他人との接点を持ちたがらない女子をどうやってアニメが好きかどうかを確認しろというのか。

「その女子三人の共通点には俺達と同じくアニメが大好きかも、って線があるって俺は睨んでるんだ。もしそれが本当ならばきっとアニメ研究会は自慢できる部活になる」

 学年一の秀才、美少女、芸術性、そのタイプも違う三人が果たしてオタクといえるのか。

「億斗ってアニメ好きになってアニメクラスタ歴も長いんだろ?それだけいろんなアニメを知ってるならきっと彼女達も好きなアニメが一つか二つくらい一致してて共通の話題だってできそうじゃないか。お前ならいろんなジャンルのアニメ知ってるみたいに、幅広いタイプにも対応できるんじゃないかって」

 確かに俺は子供の頃からの筋金入りのアニメ好きで今までに見たアニメの数は軽く数百本はある。

「俺が好きなのはあくまでもアニメであって、いろんなタイプの女子と話せるってスキルじゃないんだけどな……。なら同じくアニメ好きな修二がやればいいじゃん」

「俺は男子のメンバーをまとめるだけで大変だからさ。それでお前に白羽の矢が立ったわけだよ。女子と男子じゃまた見てるアニメの好みも違うかもしれないし、幅広いジャンルのアニメに精通するお前にしか頼めないんだ。頼む、億斗。」

 確かに俺はかなりたくさんのアニメを見ている。

 男子と女子では好むアニメの傾向も違うという。

 男子は可愛い女性キャラがたくさんの萌え系を好み、女子はイケメン男性キャラがたくさん登場する作品を好むという。

 アニメが好き、だけでは好きな傾向も違う可能性があるのだ。

 その点、俺は修二も言う通り、修二以上にいろんなアニメを幅広くカバーするほど見ている。

 男性人気アニメも女性人気アニメもどちらもだ。

 それならば確かに女子と共通のアニメを知ってる可能性があるのは俺の方かもしれない。

「わかったよ。陸野達が一体どんなアニメが好きかはわからないけど、俺の方からもその三人になんとか近づいてみる」

 俺はその話を受けることにした。

「お前がその気ならこっちも心強いぜ!頑張ってアニメ研究会の部員、増やそうな!」

 昼休みに食堂の片隅で新たなる誓いが生まれた。


 その三人をアニメ研究会へとスカウトするにはまずは俺がその三人に近づいて交流を持たねばならないだろう。

 いきなり部員がほぼ参加しない閑古鳥状態な部活動に誘ってもただでさえどこの部活にも所属しなかった女子達がいきなりそんな怪しい部活に入部してくれるとは思わない。

 それに、アニメ研究会へと誘うならまず彼女達がどんなアニメが好きかを知って見なければならない。

 できれば彼女達と俺がそこそこクラスでも話せるようになってから改めめて部活へとスカウトしたいものだ。


 しかしどうすればいいのか。


 いまいち今まで接点のなかったやつらに噂でアニメ好きと聞いたからといっていきなり話しかけるのも気が引ける。

 その作戦についてはこれからじっくり考えていこう。


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