第2話  〜By clothes

 私の名前は翔太。購入されると同時にそう名付けられた。というか、タグに書き込まれている。もう少し可愛い名前が良かったのだけれど。

 そして私を掴んで嬉しそうに見つめる彼も翔太といった。私と同じ名を名乗るとは度胸がある。それに免じて、認めてあげた。私と同じ名前を名乗って、私を着る事を。


 許可を出した数秒後には彼は私を身につけた。許可を出したとはいえいきなりすぎでは!?まだ準備も何もできていなかったので、少したじろいだ私だった。


 彼はというと、私を着るなりキャッキャと部屋中を走り回った。騒がしいのは好きじゃないのでやめてほしい。その悪い素行もすぐさま母親と思しき女性によって止められた。が、この女性の怒り方にも苦言を呈したい。名前を呼んで怒鳴りつけられると、自分が怒られてる感じになる。彼らとの初対面イベントは最悪な状態からのスタートだった。



 それから翔太は毎日、本当に毎日私を着た。それは私が可愛いから当然ではあるけど、少しくらい休ませてほしい。労基法ってご存知?ここに来てたった1ヶ月で私の首元はヨレ始めた。騒がしいし怒られるし、超過労働を強いられる。私はこの場所が心底嫌だった。名前も着ることも許可しなければ良かったな。


 そんなブラックな環境に身を置いてから2ヶ月経ったある日、翔太はいじめられていた。いや、翔太だけでない。私もいじめられたのだった。まさか私までいじめられるとは思っていなかった。理由は簡単。


 毎日ヨレヨレの同じ服を着ているから。


 私は心底腹がたった。私に無理を強いてヨレヨレにした翔太とその母には当然だが、このいじめてくる輩が許せなかった。初めて私をみた時は「キレイ!」だの「カッコイイ!」だの褒めそやしていたクセに。リーダー格の子が非難した途端にこれだ。


『どこに目をつけているんだ、ヨレても穴が開いても私は可愛い!というか私と同じ名前ならあなたも言い返しなさい!言い返さないなら私の名を名乗る権利を剥奪するわよ!』


しかし翔太は、彼は言い返さなかった。涙目になって机に頭を埋めるだけ。なので名前は返してもらった。



 彼は学校から帰ると、玄関に私を荒っぽく脱ぎ捨てた。驚いた母親が駆け寄ってきてどうしたのか尋ねるが、彼は「もう着ない」とだけ言って自分の部屋に閉じこもった。私は清々した。これでブラックな環境から、弱虫な彼から解放される。次はお淑やかな人のところがいいなあ。


 しかし、私の願いが叶うことはなかった。


 服は着られなくなったら、他に欲してくれる人のところへ運ばれると聞いていた。話と違う。どうしてこうなったんだろう、これでは虫に喰われてしまう!

 私は四角に折り畳まれて、他の服たちと一緒に衣装ケースにしまわれた。暗くて狭いケースの中に11年も。でもそれもいいかもしれない。私は淑女だから、静かな場所は性に合ってる。そう、引っ張り回されるよりこちらの方がいいのだ…………。



 私が再び日の目を浴びた頃、彼はすっかり大人になっていた。体は。

 彼は私を手にして、懐かしそうに微笑む。もしかしたら彼はもう一度私を着るかもしれない。着用許可は下りたままだと思いだしたのかもしれないが、やめてほしい。もう君は大きくなり過ぎたんだから。


 勿論彼は私を着ようとは、しなかった……。


 2ヶ月の無理な労働と11年の隠居暮らしのおかげで、私はもうじき寿命を迎えそうだ。全体がヨレヨレで、至る所に虫喰い穴がある。トレードマークのお花は、畳まれる時に4分割されてぐちゃぐちゃに。もはや服としては戦力外同然だった。それでも私が私である以上、私は立派な服なのだ。それだけは変わらない。



 私はまだ彼のことを怒っている。あの時言い返さなかったこと、自分が馬鹿にされてるのに泣いて逃げたこと。私を投げ捨てたことは時効だけど、自分を守るために立ち向かわなかったことは許してない。ちゃんとあいつらしばいてきたの?


「よく着たなーこの服。あれだけ着たんだし、もういいよね。捨てるのは勿体ないし……」


 私の思いは当然彼には伝わらない。でも私をきっちり弔ってくれるなら、もうそれでいいかな。私は原型を留めたまま土葬が好みなんだけど……。


 彼はハサミを取り出した。


 私を切るつもりなの…………?


 凶刃が私の左袖をサクッと切り裂く。


 彼は無表情。


 今度は左肩に冷たい凶刃が触れる。


 何を……しているの?


 さらに凶刃はジョキジョキと音を立てて首回り、右肩、右袖を四角く切る。


 もう、やめて……。


 休むことなく切り進める凶刃。私はこんな酷い終わり方をするの?


『私は服。服としての誇りがあるの!服として私を看取って欲しい。だから、やめて。布切れなんかにしないで!!』


 20枚の布切れにされた私はそれから、部屋中の汚いところに押し当てられた。真っ黒に汚され、ゴミ箱に投げ入れられた。


『でもまだ私は服だ。汚れて切られてボロボロだけど、まだお花がちゃんと付いている。だから私をみて!立派な服でしょ!』


 でも彼は私を見てくれなかった。ただの布切れとして私を扱う。


 次々に私のカケラはゴミ箱に投げ入れられ、ついには最後の一枚、お花のついたカケラまでもが入れられてしまった。


 私は服として生涯を全うすることができなかった。こんな姿になって、お花が生きてるからまだ服だ!とはとても言えなかった。もうただのゴミだった。2ヶ月しか着られていないのに、布切れとして、ゴミとして捨てられる……。そんなの嫌だ!


 ふと彼がこちらへ振り返った。


『翔太!お願い!私をもう一度着て!ーー私を、捨て……ないで』


「キレイになったなー」


 翔太は、彼は丸めたちり紙を私の上に乗せた。

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