俺だけがステータスを確認できる世界

小山シオン

第1話 新たな世界

 人間と戦う時や魔物と戦う時、少しでも勝率をあげる方法は何だろうか?


 レベルを上げる?そりゃ高いに越したことない。新たな魔法を覚える?そりゃ使える魔法は多いほうがいいに決まってる。


 だがそれには欠点がある。

 時間がかかる、という点だ。


 確かに時間をかけることで強い敵にも勝てるようになるかもしれない。しかし闇雲に強くなっても効率が悪い。例えば火属性に耐性のある魔物と戦うために、火属性魔法を強化しても意味がない。


 では必要なことは何か。

 そう、傾向と対策である。


 火属性魔法に強く水属性魔法に弱い敵を倒したい!という人がいた場合は水属性魔法を強化すればよい。


 そんな単純な話ではないという人もいるかもしれないが、傾向を知り対策を立てるということは想像以上に有効なのである。


 それは俺がこの世界に来てから強く思ったことである。


 高校生であった俺はある日、目を覚ますと広大な草原のど真ん中にいた。眼前には見慣れた白い天井ではなく、透き通るような水色の世界が広がっていた。


「ちょっ、空⁉」


 朝起きてすぐに太陽に見下ろされる経験は皆無であったため、まぶしさに耐えられずすぐに目を閉じた。

 ベッドで寝ていたはずであった俺の思考は一旦停止する。が、燦々さんさんと降り注ぐ光が俺の脳を強制的に働かせ始める。


 何か誘拐事件にでも巻き込まれたのか?と思うが少し考えれば否定できる。誘拐犯が草原に放置するわけないし、身代金が取れなくなってしまう。


 では夢遊病でここまで来てしまったのか?いや違う。さすがに重度すぎるし、家の近くにここまでの草原があったなんて聞いたことが無い。


 考えていても答えは出ない。とにかく情報を集めなくては、と俺は立ち上がる。

 周囲を見渡すと、右手には町のようなものが、左手には森のようなものが、前後には草原が延々と広がっていた


 そして服装と所持品も確認する。

 服装は昨日寝たときと同じ。半袖Tシャツに短パンである。

 ポケットには何もなし。つまり所持品無し。完全なる無一文だ。


「町に行く以外ないよな」


 このままここにいても助けが来るとは限らない。幸い体は動くようなので、町に向かって歩き始める。

 まずは警察に行って保護をしてもらおうか、失踪届とか出てるんだろうか、家からどれくらいの距離にいるんだろうか。と町についてからのことを考えていた。


 しばらく歩いたところで、右足が何かにあたる。「あっ」という声が出るときには、うつぶせに地面にたたきつけられていた。

 何かに引っかかって転んでしまったようだ。


「痛ってえ!」


 膝のあたりに痛みを感じたため、座り込んですりむいてないかと膝をおさえる。

 膝の状態を確認しようと目をやると、俺の視界の先には水色でゼリー状の塊があった。両手にぎりぎり収まるくらいの大きさだ。


「なんだこれ?てか誰だよこんなところに捨てたやつ」


 立ち上がって俺はその塊をツンっと触る。興味本位であった。

 するとその塊はもぞもぞと動き出し、俺に向かって飛んできた。それは腹に直撃し、衝撃と驚きが相まって再び転倒。


「な、なんだよこれ!自立型のロボットか?」


 動揺もつかの間、その塊は二度目の攻撃を仕掛けてくる。今度は顔面に向かって飛んできた。その塊は仰向けに倒れている俺の顔の上で何度もはねている。


 その塊は固くはないのだが、液体とまではいかない。グミくらいの感触なのだが、顔面に飛んできてしまってはかなりの衝撃がある。


 さすがにやばい!と思った俺は何とか抵抗を試みる。とにかく体勢を整える必要があるため、とりあえず横に回転移動。すぐさまロックオンしてきた塊は、また顔面を狙うが何とか両腕をクロスし防御成功。その隙に立ち上がり、町の方向を向いた。


「よし、何とか町までいけば…!」


 俺はすぐさま走り出したが、そもそも足が遅い分類であることを思い出した。この速さで逃げ切れるか?とも思ったが、あの塊がそんなに速く動けるわけないと考えた。心配なのは体力であった。町までは500 m以上はありそうに見えたためである。


 文化部であった自分はその距離を全速力で走った経験はない。そもそも全速力で走ることすら体力測定や体育祭の時くらいだ。


 しかしそんな心配すらもあざ笑うように、塊は簡単に追いついてみせた。


 再び腰のあたりに体当たりされ転倒。我ながら情けない「ぐわっ」という声が出た。


「いきなり襲ってきて何なんだよこれ!」


 訳が分からない。襲われる筋合いはないのだ。強いて言うなら引っかかって転んでしまったことぐらいだろうか。痛かったなら謝るから許してくれ、などと考えていた俺に塊は容赦なくとびかかってくる。


 ガードが間に合わない!と思った矢先、その塊は一瞬にして消滅した。

 顔をあげると、そこには茶髪の女の子が立っており、俺の顔を不思議そうにのぞき込んでいた。女の子はリュックのようなものを背負っており、何かがパンパンに入っているようだ。


「お兄さん何してるの?スライムさんと遊んでたの?」


「スライム?」


 この女の子は確かに今スライムと言った。俺の知ってるスライムは洗濯のりにホウ砂などを混ぜてできるもの。またはモンスターだ。ただモンスターのスライムはあくまで架空の存在。


 だがこのスライムと呼ばれた水色の塊は確かに動いた。さらに女の子が来たことによりなぜかスライムが消えた。


 訳が分からない。そんな表情をしている俺に、女の子は手を差しのべて立たせてくれた。


「スライムさん知らないの?かわいいけど油断すると危ない魔物だよ。お兄さん油断してたでしょ」


「ごめん、初めて見たよ。あと君、今魔物って言ったよね。どういうこと?魔物って?」


「魔物も知らないの?変な人。」


 女の子は首をかしげて俺をじろじろ見ている。この子の常識の中では魔物やスライムを知らないことは変なことらしい。


 少なくとも俺の知ってる世界では魔物もスライムもいない。しかしこの女の子は当たり前のような顔をしている。ということは——


「君、魔法って使える?」


「うん!もちろんだよ。さっきのスライムさんも魔法で倒したんだよ!森から帰る途中でお兄ちゃんが苦戦してるのが見えたからね」


 ここで俺は確信した。ここは俺の知っている世界ではない。どこか知らない世界に転移してしまったようだ。それも魔法や魔物の存在する世界。


 このような世界でまず確認することといえば——


「ステータスだな」

 そう言うと目の前に自分のステータスらしきものが現れた。


「おいおい地球にもこんな技術ねーぞ。まるでVRだ」


 眼鏡もかけていないのだが、視界に文字が現れたのだ。

 そこにはこう書いてあった。


 名前 柊 大夢ひいらぎ ひろむ

 年齢 17歳

 職業:無し


 生命力:10

 魔力 :12

 パワー :9

 俊敏さ:7

 耐久力 :6


 使用可能スキル/魔法: 無し

 耐性: 無し


 他の人の数値を見ないと判断はしにくいが、一目見てひどいとわかるステータス。これは日々怠慢に生きてきた人生を物語る数値だった。


「わかっちゃいたがこうも数値で突きつけてくるとねえ」


 しかし本心では淡い期待は捨てていなかった。もしかしたらほかの人はもっと低いかもしれない。実は普通の人は0.1くらいの数値なのでは、とか。ただ魔法も無し、耐性も無し。これは明らかに弱さを物語っている。職業無しはまあ納得。学生なのだから。


 少し難しい顔をしていると、女の子が腕を引っ張ってきた。


「お兄さんさっきから何をブツブツいってるの?」


「あ、ああステータスを確認してたんだ。俺はかなり弱いみたい」


 するとこの女の子はまたも首をかしげる。また何か非常識なことを言ってしまったのかと考えるが、何も言っていないはずだ。恥ずかしながら弱いのは先ほど見られた通りだ。おそらく最弱の魔物であるスライムにボコボコにされていたのだから。


「すていたす?なにそれ?どこにあるの?」


 きょとんとした表情でこちらを見つめている。どうやら俺が知っててこの子に知らないこともあるらしい。親から教えてもらってないのかな?


「ステータスだよ。その人の能力が一目でわかる代物さ。」


「ええすっごーい!私の能力もわかるの⁉」


 たぶんな、と女の子に意識を向けて「ステータス」と言うと、やはりVRのように目の前に文字が現れた。


 名前: メル・フロスト

 年齢: 15歳

 職業: 無し


 生命力:25

 魔力 :152

 パワー:8

 俊敏さ:20

 耐久力:18


 使用可能スキル/魔法: 氷結魔法 危険察知

 耐性: 氷属性〇


 メル・フロストって名前で15歳、さすがに年下か。不覚にも女の子にパワーが勝っていることに喜んでしまった俺は我ながらに恥ずかしい。しかしそれ以外はすべて負けていて、魔力が非常に高い。さらに氷結魔法系統が使えると。惨敗だ。


 さらにこれによって自分が実は最強なのではという淡い期待は、見事に打ち破られてしまったのであった。


 ふと意識を目の前に戻すと、メルが自分の能力を知りたがってうずうずしている様子であった。


「とりあえずわかったことは、君はメル・フロストって名前で、15歳。氷結魔法が使えるんだね」


「え、お兄さん名前までわかっちゃうの?氷の魔法が使えるのもあってる。それどんな魔法なの?」


 プライバシ―が筒抜けとなってしまったメルは、あまりいい気はしていないようだ。

 無許可で見るのはよくないな。代わりと言ってはなんだが俺のステータスもみせてあげようか。


「魔法ってわけじゃないんだけど。とりあえず俺に向かってステータスって言ってみて」


「ステータス!」


 そう言ったものの、メルはまた首をかしげる。


 どうしたんだろうか。俺のステータスが弱すぎたか?

 名前が変だったのか。もしかして無職なのを気にしてる?


「何も起こらないよ。でもお兄さんが嘘ついてるとも思えないし?」


 何を言っているのだろうか。ステータスが見えないことがあるのか?何か条件があるのだろうか。


 しかしメルは本当に見えていない様子だった。


「おかしいな。まあ何か条件とかあるのかもしれないね。」


「そーなのかなー。でもステータスって聞いたことないし…。そーだババ様なら何か知ってるかも」


 何かをひらめいた様子のメルであった。


「ババ様って町の人かな?」


「そーだよ!ババ様は物知りなんだ。ステイタスが何か知ってるかも」


 しめた!と俺は思った。何もわからない世界で少しでもつながりを持っておくのは大切な気がしたからだ。この子がステータスのことを知らなくて助かったかもしれない。ババ様はステータスについて知っているとは思うが、とりあえず町についての情報は聞けるだろう。


「それならババ様の所へ案内してもらってもいい?遠くから来たばっかりでここら辺のことあんまり知らないんだ。」


「そーなんだ。スライムに苦戦するくらいなのによくここまで来れたね。まあいっか!ちょうど帰るところだったしぜひついてきて!」


 ド正論を浴びせられて少しドキッとしたが、気にしていないようなので安心した。もちろん転移の経験などしたことはなかったので、どう説明するべきか分からなかった。別の世界から来たという突拍子もないことを言っても信じてもらえないだろう。


「そういえば助けてもらったお礼を言っていなかったね、ありがとう。いつかこの借りは返すよ。」


 俺は、貸し借りは無しにしたい性分なのだ。

 貸しがある分にはいいが、借りがある状態はなにかむずがゆいのだ。


「どういたしまして!」


 メルは少し恥ずかしがった様子である。

 あまりお礼を言われたことがないのだろうか。


「そういえば私も聞き忘れてた。お兄さん、名前は?」


 一方的に名前を知って名乗らないとんだ野郎になるところだった。

 大事なことを思い出させてもらえたことに感謝。


「俺は柊大夢。よろしく!」


 こうして異世界へと転移してしまった俺は、スライムに襲われているところを助けてくれた少女メルと共に、初めての町へと足を踏み入れるのであった。

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