第35話 ようやくの……作戦会議
「カミーユは落ち着いたぞー……っと」
左手で押さえた右肩を大きく回しながら、キースが近付いて来た。
「ああ、お疲れ。大丈夫なのか?」
「一先ずは、な」
キースは溜め息を吐きながら、ルナリアの座るソファーの横に置かれた椅子に腰を下ろした。
「ルナリアは、大丈夫か?」
「……はい」
「これに凝りたら無茶なことは止めてくれ。足は痛くないか?」
「……ええ。アルフレッド様が見て下さったので、問題ありませんわ」
「そうか」
苦笑いを浮かべたキースは、ルナリアの眉間を
心配そうな瞳を向けられたルナリアは、小さく頷いて、肩を落とした。
「私がしっかり見たから大丈夫だ」
「……言い方が気に入らないが、まあ良い。それで――なんの話をしていたんだよ?」
「狸親父共の殲滅の話だ」
「……殲滅!?」
アルフレッドの言葉にルナリアは瞳を見開いた。
「やるなら徹底的にやらないと」
瞳を細めて微笑むアルフレッド。
……確かにそうね。
『殲滅』という言葉に驚きはしたが、二度と同じことを起こす気がなくなるようにしなければ意味がない。本人達だけでなく、その後継者達にも。
「まあ、頃合いだよな」
キースはチラリとカミーユを見ると、挑戦的な笑みを浮かべた。
カミーユは壁際に置かれた椅子に座り、背もたれに身体を預けて瞳を閉じている。
そうして瞳を閉じていると、先ほどよりもずっと幼く見えた。
「……眠って、いるのですか?」
ルナリアが尋ねると、キースは首を横に振った。
「いや、目を閉じているだけだろう。あの状態では眠れない」
「……そうなのですか?」
「ずっと誰かが頭の中で囁いているような状態が続いているから、精神が休まらないんだ。寝ても飛び起きる。誰かが添い寝でもしてやれば眠れるかもしれないが、俺がやったらおかしいだろ?」
キースは苦笑いを浮かべた。
「いえ、別におかしくはないと思います……」
優しい兄ならば当たり前にやっていそうだとルナリアは思う。――状況がそれを許さないだけで。
「……ただ、そうしたら『教育』が終了してしまうのではないですか?」
キースに聞いた『教育』という名の洗脳は、対象者をギリギリのところまで追い詰めた後に、優しく抱き締めるのだと言っていた。
その『優しく抱き締める相手』には、対象者が心から求めている人物に最も似ている者を、神殿関係者の中から選ぶのだそうだ。
成功すれば、その者に依存するようになるために、扱いやすくなるという。
「俺は添い寝するならルナリアが良いなー」
「お兄様……」
「冗談だからそんなに睨むなよ」
――質の悪い冗談だ。
ルナリアは溜め息を吐いた。
「まあ、冗談はさておき。誰が抱き締めて効果がないというのが、実際のところだ。不安定さは多少治まるが、ただそれだけ。だから連中は業を煮やしているんだ。カミーユの魔術はかなり強いからな……」
キースは組んだ手を握り締めた。
「……神殿長は……試したのでしょうか?」
それはルナリアの素朴な疑問だった。
カミーユは、ずっと父親に認められたい、愛されたいと――依存しているように思っていたから。
「……神殿長?あー……、唯一の身近にいる肉親だから最初に試したはずだ」
「そうですわよね……」
……カミーユの求めていた相手が父親でなかったとしたら、一体誰を待っているの?
ルナリアは視線を落として思案する。
父親でなければ、やはりヒロインだろうか。
「お前も試してみるか?」
キースは何故かルナリアの瞳を見つめながら言った。
「……何故です?」
ルナリアは首を傾げた。
今日初めて会ったカミーユが、ルナリアに思うところなんてないはずだ。しかも正気ではない今の状態で。
「深い意味はないが……、カミーユの反応がいつもと違ったように見えたから、もしかしたらと思っただけだ」
「そんなはずは有り得ませんので、お断りいたします」
ルナリアは首を横に振った。
「相手がお兄様だったなら協力いたしますが」
我ながら酷いと思うが、カミーユを抱き締めるなんて考えられませんわ――というのがルナリアの本音だ。想像しただけで身体が震えそうになる。
「ルーナを他の男に触らせるつもりはない」
「わ!?」
ルナリアは、苛立ったような声のアルフレッドにぐいっと抱き寄せられた。
「……心狭いなー」
「お前に言われたくない」
「そうだな。だから、ルナリアを離せ!」
「わっ!?」
今度は逆側のキースに腕を引かれた。
「ルーナが嫌がっているだろ?」
「だったらお前が離せよ!」
「お前が離せば問題ないんだよ!」
――ルナリアを挟んだ両脇で、小競り合いが始まった。
「お二人共、いい加減にして下さい……」
ルナリアは溜め息を吐いた。
「それよりも今後の話をしませんか?」
アルフレッドとキースを睨み付けると、
「お、おお……」
「……分かったよ」
二人はたじろぎながらも素直に椅子に座り直した。
うん、うん。素直でよろしい。
「それで――どうお考えなのですか?」
「今すぐに動くのは流石に色々と間に合わないから、ニヶ月後の神殿訪問の時を考えているよ」
ルナリアの質問にはアルフレッドが答えてくれた。
「そうだな。準備があるからその時が望ましいが……その間の第二王子はどうする?放っておくのか?」
「奴等を油断させたいから、放置するつもりだが……神殿に連れて行かれでもしたら少し厄介だな」
王族とはいえ神殿内ではその力が影響を及ぼすことはない。
つまり、神殿内にノエルを隠されてしまったら、簡単に助けられないということだ。
「そこら辺は俺がどうにかできるかもしれないぞ」
「……助かる。ノエルに教育を施されたら大変なのとになるからな」
――ノエルを思い通りにしようとしているのは、神殿長のライオスだ。
魔術使い達を手中に収めて良いように使っているだけでなく、この国の実権までをも握ろうとしている。
洗脳に慣れている神殿は、ノエルのように弱い心を持っている者を操ることは造作もないことだ。
手っ取り早いのは、ノエルに自信を付けさせることだが…………それができるのはヒロインだ。
****
「――さーて。俺はそろそろカミーユと戻るよ」
話が一段落した後、キースが立ち上がった。
「……行ってしまわれるのですね」
縋るような顔で見上げるルナリアに、キースは笑いかけた。
「そんな顔するな。すぐにいつでも会えるようになるから」
「……はい」
ポンポンと頭を優しく叩いたキースの手を掴んだルナリアは、きゅっと唇を噛んだ。
「俺は神殿の内側から。お前達は外側から。決行日は二ヶ月後だからな」
そう言ったキースの後ろには、いつの間にかカミーユが立っていた。
「じゃあな」
キースが右手を軽く上げ、ニッと白い歯を覗かせながら笑うと、二人の姿は一瞬でこの場から消え去ってしまった。
――この場に残されたルナリアは、今まで兄がいた場所から暫く目を離すことができなかった。
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