ぽっちゃりになって早々に退場する道を選んだ悪役令嬢は、何故か婚約者に愛されました

ゆなか

第1話 プロローグ

 ルナリア・オルステッドは、光沢の消えた瞳で天井をぼんやりと眺めていた。


 視線の先にあるのは豪華なシャンデリアだ。

 ルナリアの母であるケイトがデザインし、とことんこだわり抜いた珠玉の逸品である。

 薄い緑色の陶器を主軸に、幾つもの赤い薔薇の花が咲き誇るような形をしたライト部分。そのライトから垂れ下がるクリスタルやルビー、ペリドットといった宝石の数々。

 見ているだけで、恍惚の溜息が漏れるほどに美しいシャンデリアは、王宮に飾られた物と比べても遜色がない。

 このシャンデリアのある客間に通された客達は、皆一様に天井に咲く薔薇の美しさに目が奪われるのだが――――例外がいる。


 シャンデリアから視線を外したルナリアは、横に座る人物へチラリと視線を向けた。


 ルナリアの婚約者であり、アリシテーニア王国の第一王子でもある【アルフレッド・アリシテーニア】。二十一歳。

 金色のサラサラとした髪に、爽やかな空色の瞳と、すっきりとした鼻梁。鍛え上げられた身体はほどよく締まっており、少しも無駄がない。

 アルフレッドこそが、シャンデリアに目を奪われなかったである。


 生まれた時から最高級品に囲まれて育ったのもあるだろうが、アルフレッドの関心は別にあった。


「プニッとした二の腕と……柔らかいお腹。…………やはり良い」


 ほうっと溜息を吐いたアルフレッドは、シャンデリアには目もくれず、ルナリアの二の腕やお腹を摘まんだり、撫でたりを繰り返している。


 ……念のために断っておくと、これは情事の最中ではない。

 モフモフな毛並みの素晴らしい犬や猫を愛でるような――所謂いわゆる、『愛玩』行為と同等のもの。

 アルフレッドは、ルナリアのとした身体を触ることで、癒やしを得ているらしいのだ。


 決して、男女間の恋愛感情が絡むものだと勘違いしてはいけない……。


 ルナリアは虚ろな眼差しで、壁にある時計へと視線を向けた。


 アルフレッドがルナリアに触りはじめてから、かれこれ一時間以上が経過している。


 …………長い。


『お願いだから、触れさせてくれ……!!』

 そう、初めて懇願された時は、正直ドン引きした。

 一体何を言い出すのだコイツは、と。


 しかし、逃げ出すことに失敗し、押しの強さに負けて、毎日、毎日、毎日…………プニプニと触られ続けたら、流石に慣れてきた。


 本気で抵抗したこともあったが、何だかんだアルフレッドに言いくるめられて押し切られ、結局は無駄な抵抗に終わった。


 それからルナリアは無駄な抵抗を止めた。

『諦めた』が正しい。

 暫く放っておけば終わるので、何も考えずにされるがままになっていれば良い。


 ……だが、長い。

 一時間は長すぎるだろう。


 何故か分からないが、アルフレッドがルナリアに触れる時間が、日に日に長くなってきている気がする。


「……ムチムチの太腿ふともも……」


 アルフレッドは、ルナリアの太腿ふとももを勝手に枕にしだした。

 太腿に自らの頭を乗せて、何度も撫でる。

 それだけでは飽きたらず、膝枕……もとい、太腿枕の上で頭を弾ませ始めた。


「おお、この素晴らしい弾力……!弾む……!」


 ぐっ。……我慢、我慢。もうすぐ終わる……はず。突っ込んだら負けよ。ルナリア。



 剣の才能に優れ『アリシテーニアの剣』と呼ばれるアルフレッドは、信念のためなら汚名も被るのも辞さないと名言している。

 あまり感情を表に出さないことから、『氷王子ブリザード』とも呼ばれているアルフレッド。……イケメンの無表情は怖いのだ。


 そんな『氷王子ブリザード』の姿は、ルナリアと二人だけのこの空間においては皆無だった。


「私の愛しの女神ルーナ。いつもでもこのままでいてくれ……」


 うっすらと頬を染め、蕩けるような甘さを含んだ声で囁くアルフレッドは、ルナリアの腰に回した腕にグッと力を籠めた。


 だが、アルフレッドの綺麗な顔で甘く囁かれても、ルナリアの瞳に光沢は戻らない。


 本来ならば、未婚の女性にみだりに触れるのはアウトなのだが、婚約者という立場を利用して、アルフレッドはルナリアの身体を無遠慮に触りまくっている。

 ルナリアのぽっちゃり体型が除外にしてしまっているのだろう。


 ルナリアが何も言わないのを良いことに、ちゃっかりとした指先が、勝手にルナリアの背中を摘まんで肉付きを確かめだした。


 不本意ながら、アルフレッドのお陰で(?)、一方的にモフモフと毛並みを触られる愛玩動物の気持ちが理解できた。


 頬を弛ませてだらしない顔をしているアルフレッドと、愛猫ミーアに触れる時の自分の顔が重なったのだ。

 艶のあるサラサラとしたミーアのお腹に顔を埋めながら、その素晴らしいモフモフを思う存分に堪能していただけに罪悪感が半端ない。

 嫌がられていた記憶はないが、自分が今感じている不快感をミーアにも与えていたと思うと……とてもいたたまれない気持ちになる。


『望まれないモフモフは駄目、絶対!』

 この教訓は一生忘れないようにしようと、ルナリアは心に誓った。


 ふと、視線をさ迷わせたルナリアは、バルコニーに続く大きなガラス扉に映っている自分の姿に気付いた。


 ソファーに行儀良く座るポッチャリ体型の少女。

 ニヤニヤしながら太腿を撫でているアルフレッドの姿も一緒に映っているが……それは措いておく。


 背中まで伸びた黒色の緩やかな長い髪を後ろで一つに纏め、垂れ気味の大きな菫色の瞳の左側の目尻には黒子一つ。

 綺麗な顔立ちの面影を残した『残念系ポッチャリ少女』。


 ――これがルナリアの姿だ。

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