5 有間《ありま》 陽子《ようこ》

 キーンコーン カンコーン

 校内のスピーカーが鐘の音を鳴らす夕暮れ時、彼女は1人屋上に寝そべっていた。

「ああ、暇だなー」

 目線を下の方に向けた。運動部がグランドを走っているのが見えた。

「何がしたいんだろうな、私は」

 そう呟いた後彼女は昔のことを思い出していた。


        ー回想ー


 私には好きな人がいた。家が近所で昔はよく遊んでもらっていた。歳は1つ上で私は当時から彼のことが好きだった。けれど年齢が上がるのと同時にやりたい事や友人関係が変わり、私と彼が一緒にいることは少なくなって行った。中学三年の頃の私の中でも彼の存在は大きいままだった。彼は何とも思っていないことはわかっていた。それでも私は彼の後を追って同じ高校を受験し、合格した。

 彼にはすでに好きな人がいた。私はそれでも彼に振り向いて欲しくて髪の色を彼の好きな人と同じ色にした。それが間違った選択とも知らずに…元々愛想がいい方の人間でも無かった私への周りの評価は最底辺のものとなり、前からの知り合いがいた訳でも無かった私は孤立した。そして好きだった彼からはごめんと謝られてしまった。心底彼が好きだった私は彼のせいでは無いと言った。そうして私は恋が実る事もなく、ほとんどの人から距離を置かれ、生きづらい学園生活を送る事になった。


        ー現在ー


 帰ろうとし、起きあがろうとした時屋上の扉が開いた。

 ガチャッ

 入ってきたのは大きい道具を持った男子生徒だった。その男子生徒は私に気づく事もなく大きな道具に向かって作業を始めた。その光景に見覚えがあったがここで作業をしていたあいつはもうこの学校にはいない。よく見ると私に今朝、声をかけてきた男子生徒だった。

「こういう筋書きなんだね舞」

 友達の思惑に勘付いた私は彼にゆっくりと近づいて行った。

「何してんの?」

 ぶっきらぼうな口調で背後から声を掛けた。彼は振り返る事もなく答えた。

「舞台道具の補修です」

 彼は淡々と答えた。まるで去年のいなくなったあいつのような素振そぶりだった。

「あれ?これって…」

「これは安斎先輩が去年作った物です。文化祭でしかやらない演目の為に作られた特別な物です」

「へぇー そうなんだ。じゃあ頑張って」

 そう言って私は帰が帰ろうとしたら彼は振り返りもせずに言った。

「暇だったら手伝ってくださいよ」

「何で?」

 私がそう答えると彼は何をいうでもなくただ作業を進めていた。私の言葉になど興味がないようだった。その後ろ姿は去年の私に友達を作るきっかけをくれたあいつに見えた。

 彼が作業をしているのは舞台のセットの背景だった。それは私が一緒に描いた背景だった。そしてその背景には亀裂が入り割れた跡があった。

「壊れたなら新しいのを作ればいいんじゃないの?」

「俺には無理ですね。こんな大きな絵を描く事もできませんから」

「それでいいの?」

「元々大掛かりなセットを作る時は美術部と協力してやってたんですよ。あの人が特別なだけですよ」

「え?そうなの?あいつこのくらいできて当たり前みたいに言ってたよ?」

「みんながみんなあの人みたいに出来るわけじゃないんですよ」

「はぁー。そりゃそうだよね」

 そう言って呆れていた私の方を彼はやっと見た。

「あの人何も言わないような人なんで確信は無かったんですが、この背景って有馬先輩が一緒に作ってくれたんですよね」

「まあ少しだけ、だけどね」

「ありがとうございます。安斎先輩はなかなか態度に出す人では無かったんですがこの背景一式ができた時、嬉しそうにしてるのが俺にはわかったので」

 私を見るその顔があいつとダブった。恥ずかしくなり目線を逸らして言った。

「別に君に感謝されることじゃあないでしょ」

 私がもう一度彼の方を向くと目が合った後、私に微笑み掛け、また作業に入ってしまった。彼はそこから私に話しかけようとはしなかった。

 きっとこれ以上何かを言うつもりはないのだろう。私が朝逃げたから。私は知っていた、彼が去年の失敗を引きずっていることを。そして今年は目立たずにいようとしていた事も察しがつく。けれど不運にも六人劇のメンバーになり矢面に立つ事になり悩んでいる事も、頭では分かっていても心が踏み出せずにいた。

 私がそんなことを考えている間も彼は作業を続けていた。その背中に対し私は自分のことを話し出した。

「私がね髪の色を変えたのは好きな人に振り向いてほしくて何だ」

 彼の体がピクリと動いた。その後平静を装うように言った。

「そうなんですね」

 素っ気ない返事だったが私はそれから自分のことをダラダラと独り言のように話し出した。彼は聞いてるのか聞いてないのか分からないような返事をずっと返してくれた。彼の素っ気ない返事に気が緩み誰にも言うつもりもなかった昔好きだったピアノを好きなように弾いて怒られ辞めた話、差別的に見てくる教師の話、そして私が好きだった幼馴染の話。そんなことをダラダラ話しているうちに1時間くらいが経っていた。

「あ〜すっきりした!」

 彼の作業を覗いてみると今日では終わりそうになかった。 

 私は彼に話しかけた。

「ねえ?君はなんで六人劇を成功させたいの?」

 彼は手を止めたがこちらを見ることなく話した。

「たぶん後輩達に胸を張れるようにですかね。変かもしれないけど自分のために頑張ったりできないんですよ俺は…」

 今までの彼の言葉はどこか背伸びをしているようだったが今の言葉は彼の本心のように感じた。そしてそんな彼に私の心は共感していた。

「それじゃあ、行こっか」

「え?」

 私は彼を連れ首謀者のところへ向かった。

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