論証

「黒川が出所したのは今から1ヶ月前でした」

 木場が花荘院に向き直って話し始めた。

「あなたはおそらく、出所した黒川とどこかで偶然会ったんでしょう。13年も経っていますから、黒川の容貌も変わっていたようですが、それでもあなたには、彼が自分の娘を殺害した誘拐犯だとわかった。

 あなたは黒川を問い詰め、自分の直感が間違っていなかったことを知ったんでしょう。最初はその場で報復を考えたかもしれませんが、そこで今回の計画を思いついたんです。

 あなたは黒川を、事件当日にあの自然公園に来るように命じた。どういう手を使ったかはわかりません。従わなければ、誘拐殺人犯であることを勤務先にばらすと脅したのかもしれない。黒川に選択肢はなかったんでしょう」

「続いてあなたは事件の3日前、ガマさんを自然公園に呼び出すため、公衆電話から電話をかけました。家の電話を使わなかったのは、若宮さんに聞かれたくなかったからでしょう。

 ガマさんが電話に応じたため、あなたは名乗り、会って話がしたいと言った。13年間会っていなかった友人が、突然電話をかけてきた……。ガマさんの性格を熟知しているあなたなら、ガマさんが誘いに応じることはわかっていたはずです。あなたは待ち合わせの日時を3日後の22時に指定し、電話を切った」

「そして事件当日の20時過ぎ、あなたは若宮さんが部屋を出て行った後、こっそり屋敷を抜け出しました。机の前に、人に見立てた生け花を置いて……。自然公園まで車で行ったのか、それとも電車で行ったのかはわかりませんが、どっちにしても1時間はかかりません。あなたは21時頃に自然公園に着き、そして殺害現場である小屋へ行った。黒川とは途中で落ち合ったか、あるいは直接小屋で待ち合わせたんでしょう」

 話を進めながら、木場は桃子の証言を思い出していた。桃子は20時半から21時半頃まで、公園でガマ警部を探していた。少しでもタイミングが違えば、公園内を歩く花荘院や黒川の姿を目撃していたかもしれない。

「あなたは小屋で黒川と話をしたんでしょう。この13年間、あなたがどれほどの苦しみを味わい……報復の機会を待ち望んでいたことを。黒川は逃げ出そうとしたんでしょうが、あなたはその隙を与えなかった。持ってきていたナイフで心臓を一突きし、黒川は悲鳴を上げながら床に倒れました。あなたは黒川の身体を調べ、身元を示す物を持ち去った。黒川が誘拐犯だと知れたら、自分にも疑いが向くことになりますからね」

「その後、あなたはガマさんに会うため、公園の東側にある池へと向かった。ガマさんはすでに来ていました。

 あなたはガマさんと並んでベンチに座り、少し話をしたそうですね。そして、ガマさんの隙をついて首筋にスタンガンを当て、ガマさんを気絶させた。その後、ガマさんを小屋まで担いで行った……。池から小屋までは時間にして約10分、道は平坦ですから、人を担いで歩けない距離ではありません。ましてあなたは背が高いですから、そこまで難しい作業ではなかったと思います。

 そうして小屋に辿り着き、中に入った後、あなたはガマさんを死体の傍に下ろした。そして、手に凶器のナイフを握らせてから立ち去ったんです」

 そこまで一気に話したところで、木場は改めて花荘院の顔を見つめた。花荘院は瞑目したまま黙りこくっている。動揺した気配はない。

「……以上が、あなたの犯行計画の全容です」木場は話を締め括った。「逮捕されてから、ガマさんはずっと黙秘していました。自分はそれが不思議で仕方がなかった。

 でも、今ならその理由がわかります。ガマさんはあなたが犯人だと知った上で、あなたを庇っていたんです。……楓ちゃんを死なせてしまった、罪滅ぼしをするために」

 花荘院は何も言わなかった。眉一つ動かさず、呼吸すら止めているように思える。

「……なかなか興味深い弁論ではあった」

 花荘院がおもむろに口を開いた。相変わらず、その声色には微塵の揺らぎもない。

「淀みなく、無駄がない。だがわかっておろうが、全ては君の推測でしかない。君の語った物語が真実である証拠などどこにもない。違うか?」

 木場は口を引き結んだ。そうだ、証拠はどこにもない。唯一の物的証拠は桃子の拾った印籠だが、あれは花荘院が公園に行ったことを証明するものでしかない。しかも、印籠がいつ落とされたかはわからないのだ。

 だが――ここで立ち止まるわけにはいかない。取り調べ室でガマ警部から聞いた話の中に、必ず花荘院を追い詰める手がかりが眠っているはずだ。

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