家元への挑戦

 庭園の鹿威しが、思い出したようにかこんと音を立てた。普段は耳に心地よいその音も、茶室に漂う緊迫した空気の前では、場違いなものにしか聞こえない。

 若宮は呆気に取られて木場を見つめていた。突然喋り出した地蔵を見るような目つきだ。そして花荘院はと言えば、相変わらず身動ぎ一つせず、峻烈な視線を木場に注いでいる。その迫力を前に木場は気圧されそうになったが、拳を握り締めて堪えた。ダメだ。ここで怖気づいたら、あの人を追い詰めることは出来ない。

「……私を告発する、だと?」

 花荘院が低い声で言った。無言で木場を見据える顔は、いつもにも増して恐ろしく見える。

「つまり、君はこう言いたいのかね? 私があの愚劣な男を手にかけ、その罪を次郎に着せたと?」

「……そうです」

 木場はゆっくりと頷いた。部屋には冷気が漂っているのに、こめかみを汗が伝う。

「黒川は13年前に楓ちゃんを誘拐した。そしてガマさんが現場に踏み込んだため、パニックに陥って楓ちゃんを殺害した。黒川は心神耗弱を認められ、懲役12年の刑を言い渡された。自分から見ても軽すぎる量刑です。当然、あなたは刑に納得がいかなかったでしょう。だから黒川が出所するのを待って、自分の手で裁きを下すことにした。

 でも、あなたが恨んでいたのは黒川だけではありませんでした。楓ちゃんを死なせる原因を作ったガマさんのことも、同じように恨んでいたはずです。

 だからあなたは、ガマさんに罪を着せることにした。自分の人生を破滅させた2人に、同時に復讐を果たすために」

 若宮が懇願するような視線を花荘院に寄こした。否定してほしいのだろう。だが、花荘院は瞑目したまま押し黙っている。鹿威しが、再び場違いな音を立てる。

「……よかろう」

 花荘院がようやく体勢を動かした。座布団の上に座り直し、ひたと木場を見据える。

「聞かせてもらおうではないか。私がいかにしてあの愚物を殺めたか。そしていかにして次郎を罪人に仕立て上げたか……。つまびらかに説明してもらいたい」

「わかりました」

 木場はゆっくりと頷いた。隣から茉奈香が心配そうな視線を送ってくる。木場は口の両端を上げて応えて見せた。本当は口から心臓が飛び出しそうなほど緊張していたが、相手に気取られてはならない。

 若宮はなおも立ったまま、木場と花荘院の間で視線を左右させていたが、やがてすとんと座布団の上に腰を落とした。彼もまた、この対決の行く末を見届ける覚悟を決めたのだろう。

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