第117話【王都への再出発と思わぬトラブル】

 翌朝、ぐっすりと眠っている僕の顔にリリスが手を添えて耳元でおはようの挨拶をしてくれた。


「ああ、おはよう。リリスもよく休めたかい?」


「ええ、それはもうぐっすりと……ね」


 少しばかり顔を赤らめながらリリスはそう答えて「着替えて朝食に行きましょう。集合時間に遅れたら皆に迷惑がかかるわよ」と向こうを向いてパッパと着替えを済ませていた。


 着替え終わった彼女はくるりとこちらを向いて「ほらさっさと着替える!早くしないと朝食に置いて行くわよ」と笑いながら僕を急かした。


 着替えの終わった僕達は朝食を食べるために1階の食堂に降りてくる。


「あっ、おはようございます。お部屋のベッドはどうでしたか?」


 テーブルにつくとすぐにライラが注文をとりにやってきて部屋の具合はどうだったかを聞いてくる。


「ああ、よく眠れたよ。これでまた今日からの馬車旅もやっていけると思うよ。

 あ、朝食もお任せでいいから2人分お願いするよ」


「はい、わかりました。すぐにお持ちしますね」


 ライラが厨房に下がった入れ代わりでライナが水の入ったコップを運んできた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。おはようございますです。お水をどうぞ」


「ああ、ライナちゃん。おはよう。今日も元気だね」


 僕達はライナからコップを受け取り彼女に挨拶をする。


「うん。ライナは元気だよ。

 ふたりは今日出発するの?」


「うん、そうなんだ。残念だけどきっとまたこの町に寄ることがあったらこの宿を利用させてもらうからね」


 僕がライナにそう告げると彼女はニコッと笑って「約束だね」と言ってお辞儀をするとライラと同じ厨房へと入っていった。


「お待ちどうさん」


 ライナの入れ替わりにがっしりとした腕をもつ男性が食事を持ってやってきた。


「うちを使ってくれてありがとうよ。朝食を食べたら出発かい?

 良かったらコイツを旅に持っていってくれ」


 男性はそう言って弁当をふたつテーブルに置いた。


「そんな、悪いですよ。こんな美味しい料理を出して頂いてお弁当まで貰うのは……」


「まあ、貰ってあげてくださいな。父の趣味みたいなところもあるんで……」


 僕が遠慮をしていると男性の後ろからライラが顔を出してそう言った。


「やっぱりライラのお父さんだったのか、今までの料理は……」


「うん、全部父の料理よ。美味しかったでしょ?ってまだ朝食を食べてなかったわね。

 冷める前にどうぞ味わってくださいね」


 すすめられるがままに朝食に手を付けた僕達は「美味い」と唸るしかなかった。


「――ありがとうございました。次にこの町に来た時は絶対に寄らせて貰いますね」


 会計を済ませた僕達は宿の主人に弁当のお礼と再会の約束をしてから待ちあわせの場所へと向かった。


「――どうかしたのですか?」


 待ちあわせの場所ではガリウム達御者のメンバーが馬車の準備を進めていたがどうも様子がおかしい。


「ああ、あんた達か。実は馬が1頭ほど昨夜のうちに怪我をしたらしくてどうしたものかと話していたんだ。

 今回の旅は距離が長いから、もし途中で怪我が悪化でもしたら立ち往生をしてしまう。

 代わりの馬を手配しようにもこの町にはそういった所がないんだよ」


 そう言ってガリウムはまた他の御者との打ち合わせに戻っていった。


「馬の怪我か……。流石に僕の治癒魔法も馬には効かないだろうな……。

 そもそも、女性……ではなく牝馬である必要があるだろうし」


「それ、本気で言ってる?」


 馬の治療もやってみようかとする僕にさすがのリリスも肯定をしようとはしなかった。


「まあ、言ってみただけだよ。さすがに馬の治療が人と同じとは思えないからね」


 そんな話をしていると打ち合わせを終えたガリウムが話しかけてきた。


「――待たせたな。少しばかり心配ではあるが代わりが居ないからにはこのまま進むしかない。

 そこで相談だが、万が一馬が動けなくなった時はすまないが馬車一台分の荷物をあんたの魔法で運んで貰えないか?

 もちろんその時は運び料は払う」


「その時、怪我した馬はどうするのですか?」


「可哀想だがその場に置いて行くしかないだろう」


「そうですか……。ところでその馬は雄雌オスメスどちらでしょうか?」


「は? あいつは牝馬だがそれが何かあるのか?」


 急に馬の性別の話になり戸惑うガリウムに僕は思わず提案をしていた。


「僕に馬の怪我を見せて貰えませんか?」


「ちょっとナオキ、本気で馬の治療を試してみるつもりなの?」


 後ろからリリスが僕の服を引っ張りながら小声で聞いてくる。


「まあ、失敗しても怪我が酷くなる事はないだろうし良い経験になるかもしれないだろ?」


「なんだ? あんたは馬の怪我を診る事が出来るのか?」


 ガリウムは意外そうな顔で僕に問うが僕は「いえ、基本的には人の治療しかした事はありませんよ」と正直に答えた。


 僕は呆れた顔をされつつも怪我をしている馬の側に行き人と同じように魔法での確認をしてみる。


「――状態確認スキャン


 これが効くならば治癒魔法も効くのではないかと考えながら結果をみると『強度の打撲』と診断された。


「あー、これは打撲ですね。このままでも安静にしていれば数日で治るでしょうけど重い荷物を引いて歩かせれば悪化してしまう可能性が高いですね」


「やはりか……。しかし、それが分かったとて治療が出来なければなんにもならない。

 さすがに治るまでこの町に待機する訳にもいかないのだからな」


 ガリウム達が代案がないかと考えていると僕は馬の怪我に手をあてて「完全治癒ヒール」と唱えてみた。


 人では心臓付近の魔力溜まりに手を添えないと本来の治癒魔法の効果が発揮しないのだが今回は馬だ。


 正直、効果は無いものと考えてかけた治療魔法が正常に発動した事に僕もびっくりしたが怪我の程度が軽度だったためかあっさりと完治をしてしまった。


「なんか、治ったみたいです……」


 僕の言葉にガリウムは「は?」と懐疑的な表情で馬の怪我の具合を確認するが確かに馬が痛がる素振りをしない。


「本当に治ったのか?」


「おそらく大丈夫だと思いますよ」


 僕の言葉に信じられないものを見たかのようなガリウムだったが、出発の時間が迫っていた事もあり「すまない、助かった。この礼は次の町ででもさせて貰う」と言い、出発準備に戻って指示を飛ばしていた。

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