第104話【プロポーズと初めてのキス】

 このお話は100話目の続きになります。前の流れが気になる方は100話目を再読くださいませ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「実は大事な話があるんだ」


 僕はそう彼女に切り出すとポケットから小さな箱を取り出した。


 その小箱を開くと真紅の石が嵌め込まれているシンプルなデザインのネックレスがひとつ収められていた。


「綺麗な宝石ね」


 リリスは箱ごと僕から受け取るとはめられている宝石の美しさに見とれて言った。


「まず、結論から言おう」


 僕は真剣な目で彼女を見つめながらはっきりと言葉で伝えた。


「僕と結婚して欲しい」


「えっ……?」


 その言葉を聞いたリリスは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、次の瞬間「嬉しい!」と言って僕の胸に飛び込んで来た。


 僕は彼女を受け止めながら両腕を背中に回して彼女の身体をしっかりと抱きしめる。


「本来ならば今回は『婚約』を先にして約束の1年後に『結婚』をするべきなのだろうけど、ある人に指摘されてこれからのふたりの事を考えた時、婚約者であるよりも夫婦である事が必要な場面が必ず出てくるだろうと思ったんだ。

 前に1年後に判断するなんて偉そうな事を言ってた僕だけど、もう君の思いは十分に分かっているつもりだし、僕の気持ちもこれから半年経って変わるとは思えない。

 だからこのタイミングで君と結婚をしたいとの結論に至ったんだよ」


 僕は彼女を抱きしめながらそう説明をする。


「本当に嬉しい。

 ナオキの事だから生真面目に自分の言った事を絶対に覆さないと思ってたからまだ半年はおあずけ状態になるのだと思ってたの」


 抱きしめていた手を緩めると彼女はするりと僕の腕から抜け出してネックレスの箱を側のテーブルに置いてから僕に目を瞑るように言った。


 僕はドキドキしながらも言われるままに目を瞑るとリリスの気配が近づいてきてそっと彼女の手が僕の頬に触れた。


 緊張する僕の唇に柔らかいものが重なる。


 10秒も経ったかどうかの時間だったが僕には果てしない時間に感じられる瞬間だった。


「約束だから今度はこっちにさせて貰いました」


 リリスの感触が離れて行ったのを感じた僕はそっと目を開けると頬を赤くした彼女の顔が目の前にあった。


「えへへ……。

 なんか上手い言葉が見つからないんだけど、これからも宜しくね」


 僕の頬に触れていた手を戻してパタパタと手で自分を仰ぐ彼女を見ると、とてつもなく愛おしく思えてきて今度は僕の方から優しく抱きしめた。


「本当に私でいいの?

 私よりもっと綺麗な人やもっとお金持ちの人、貴族や王族からも求婚の話があるかも知れないのよ?」


 僕の腕の中で少し震えながらリリスが聞いた。


「君が良いんだ。 いや、君でなければ駄目なんだ。

 まだ、こっちの世界に来てから半年くらいしか経っていないけど君以上に僕を理解してくれる人は居ないし、僕も君に何度も助けられているからね。

 こんなおじさんで悪いと思うけど、君とこれからもずっと共に生きて行きたいと思う」


 僕の言葉を聞き終わるとリリスは僕から離れて僕を見つめた。

 その目には涙が溢れていた。


「嬉しすぎて何を言おうとしていたか分からなくなったじゃないの」


 リリスはそう言いながらも暫くの間、嬉し涙を流していた。


   *   *   *


 少し落ち着いた僕達はこれからの事を話し合う事にした。


「実は、今日の治療で薬師ギルドからの依頼は全て終わったんだ。

 だから、今後もこの街で治療を続けるならば斡旋ギルド経由で情報を仕入れるか、自分で聞いて回らなくてはいけないんだよ。

 やっぱり条件が『薬師ギルドにも手が負えない患者』にしてるから思ったよりも少ない人数しか対象者が居なかったんだろう。

 まあ、重症で困っている人が少ないのは喜ばしい事なんだけどね」


 僕はそう言いながら椅子に座り直して紅茶を一口含んだ。


「私の方もアーリー様からの依頼は完了したし、直ぐにやらなければいけない事は無いからナオキ次第で次の町に行っても良いかと思うわ。

 薬師ギルドとの兼ね合いもあるし、治療を必要としてくれる人が居る町に行った方がやりがいがあるでしょうしね」


 リリスも町の移動に同意をする。


「ならば、明日にでも教会に行って婚姻の儀式をしてから旅の準備を始めようか」


「えっ? えっ!?

 そんな、いきなり婚姻の儀式なんて……」


 僕の言葉にリリスは顔を真っ赤にしながら手を頬に添えてくねくねと照れ笑いをしながら僕の周りを歩き回る。


「ん?

 いきなり過ぎたかもしれないけど、こういった事はきちんとしないと駄目だと思うから僕としては受けて貰えると嬉しいな」


「わ、私もそのほうが嬉しいから……是非お願いします」


 リリスはいつもの冷静さが何処へやらといった感じで僕の手を握りしめながら言った。


「なら、決まりだ。

 明日は仕事無しで朝食後にふたりで教会に行こう」


 僕はそう言うとほっとした表情でリリスの頭を撫でた。


「えへへ、凄く嬉しい」


 そう答えるリリスがふとテーブルの上に置いていたネックレスを見て僕に聞いた。


「そう言えば、このネックレスはいつ用意したの?

 ついている宝石が凄く綺麗だけど何だか物凄い魔力を感じるんだけど……。

 もしかして魔法が付与されている魔宝石とかだったりして……」


 感の鋭いリリスはそのネックレスの台座にはめられている宝石を見抜いた。


「さすがリリスだね。

 この魔宝石の存在を知っているとは思わなかったよ」


 僕が素直に感心すると、彼女はちょっと照れた表情で答えた。


「確かに魔宝石は商業ギルドでこそ有名だけど斡旋ギルドや薬師ギルドではあまり知られていないからね。

 でもカルカルの斡旋ギルドでは商業ギルドの建物が隣だったから交流も結構あって情報もいろいろと入ってたの。

 魔宝石の情報はそこの知り合いと飲み会をした時に話が上がったから憶えていたのよ。

 でも、魔宝石って作るのが凄く難しいからめちゃくちゃ高いって聞いてたけど……」


 リリスはそう言いながらネックレスの魔宝石を見つめていた。

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