第103話【閑話 ナナリーの助手奮闘録③】

「ナオキ様、今日もお疲れ様でした。

 実はちょっと相談と言うかお願いがあるのですが聞いて貰えますか?」


 初めての助手経験を得て少しだけ自信をつけた私は一週間ほど経った日の仕事終わりにナオキに対してあるお願いをした。


「ーーーナオキ様、私に治癒魔法をかけてくれませんか?」


「ん? どこか身体の調子が悪いのかい?」


 私の言葉にナオキは心配そうに私の顔を覗き込んだ。


 ――どきっ。


 尊敬する彼の顔が私の間近にあり、思わずドギマギして顔が赤くなる。


「顔が赤いな。

 熱があるのかもしれないな、良いよ治癒魔法をかけてあげるからそこの椅子に座ってくれる?」


 私は頷くとそこにある椅子に座ってナオキを見つめる。


「あっ、分かってるだろうけど魔力溜まりの箇所に手を添えるからその行為について同意をしてくれる?」


「あ、はい。もちろん私がお願いしているのですから……」


 私はそう答えると彼がやりやすいように胸を突き出して目を瞑った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。

 じゃあ手を添えるね」


 彼の声がした後、胸に手のひらの感触が伝わってきた。


「――完全治癒ヒール


 この一週間に何度も聞いた彼の魔法の言葉。

 私が同行しただけでも10人以上の普通では治らない怪我や病気を持つ人達を救ってきた。

 私も前にアザの治療をして貰ったが本当に人生が変わってしまうほどの衝撃だった。


「そろそろ魔力の注入が始まるからリラックスして受け入れてね」


 ナオキの言葉が終わると同時に手を添えている胸の辺りからじんわりと温かくなって行くのが分かる。


「凄く気持ちが良いです。身体中の筋肉がほぐれていくような感じがします」


 私は彼の魔力を少しも逃すまいと胸に添えている手に自分の手を重ねて『ギュッ』と押し当てる。


「ナ、ナナリーさん。

 そんなに強く押し付けなくても大丈夫ですよ」


 私の行為にナオキの顔が赤くなる。

 いつも患者の胸を触っているのに全く動揺した所を見たことがなかった私はちょっと意地悪をして見たくなり、彼に質問をした。


「やっぱり触れるのに胸は大きい方が嬉しいですか?」


 私のとんでもない質問に彼は赤くなった顔をさらに赤くして答えてくれた。


「からかうのはそのくらいで勘弁してください。

 確かに僕の治療にあたる患者さんは女性ばかりですが、そのような事を考えながら治療を行う事は無いように気をつけていますので……」


 出来るだけ平静を装いながら彼は笑顔を向けてきた。


「ごめんなさい。

 あまりに気分がリラックス出来ていたので言葉が緩くなってしまいました」


 私はそう言うと治療が終わるまで目を閉じて彼の手を握り続けた。


「終わったからもう手を離しても大丈夫だよ」


 魔力注入が終わった事を伝えられた私は目を開いて彼の顔を見ながら名残り惜しそうに手を解放した。


「うーん」


 椅子から立ち上がった私は大きく伸びをしてみたりぴょんぴょんと飛び跳ねてみて身体の調子を確認する。


「凄い……。

 全く身体の違和感が無くなってるし、このお肌のすべすべ感は何? ありえないんですけど……」


 部屋に備え付けられていた鏡で自分の顔を見ながら肌の調子を見ると溜まっていた疲れや目の下に僅かに見れた隈もすっかり無くなっていた。


「これって、リリスさんは毎日受けてるんですか?」


「ああ、彼女が希望してるからね」


「いいなぁ……。

 出来る事ならば私も毎日受けたいくらいですけど、ナオキ様の彼女特権ですもんね」


「なら……」


「ああ、いいんですよ無理にやろうとしてくれなくても。

 そんな事をして貰ったらリリスさんにも悪いですし、それこそ私がナオキ様から離れられなくなっちゃいますからね」


 私の言葉にナオキが反応したのを被せるように私が否定する。


「ごめんな。

 なんか余計な気を使わせたようだ」


「いえいえ、リリスさんは同性からみても凄く魅力的な人ですから仕方ないですよ。

 私が彼女と競っても若さと胸の大きさくらいしか勝てそうも無いですからね」


 私はそう言うと自分の両手で胸をフニフニと揉みながら意地悪く笑った。


「それと、余計なお世話かもしれないですけど、本当にそろそろリリスさんとの関係をハッキリさせた方が良いと思いますよ。

 今回の治療が一段落したらおふたりは別の街に行かれるのでしょう?

 多分、どの街に行ってもナオキ様の魔法を見れば女性が寄ってくるでしょうし、権力者が取り込もうと動くでしょう。

 そして、それはリリスさんも同じですよ。

 今回のギルドの件ではっきりしましたが、彼女はギルド受付嬢として優秀な能力を持っていますのでどこのギルドでも欲しがるでしょう。

 そんな彼女を守れるのはナオキ様しか居ないのですよ。

 その辺をよく考えてあげてくださいね」


 私の言葉にナオキは真剣な表情になり何かを考え込みだしたので私はそっとポットから紅茶を淹れてテーブルに置き、彼の思考が止まるのを待ち続けた。


 ――10分も経っただろうか、彼は突然大きく頷くと私が座る椅子に向かって歩いて来た。


「ありがとう」


 彼は私の前に来ると私の両手を握りながらお礼を言い、頭を下げた。


「どういたしまして」


 私は胸に刺さる痛みを誤魔化しながら彼に微笑んだ。


   *   *   *


「あーあ、私が先に出会っていればなぁ……」


 ナオキの帰った自分の部屋でベッドに寝転びながら呟く。


「いけない、いけない。

 ふたりを応援するって決めたんだからもうクヨクヨしてられないわ。

 これから私はギルドマスターの娘として彼とのつなぎ役となるべく友好関係を築いていかなければならないのだから。

 そう、ただの知り合いではなく仲の良い友人として……」


 そう心に誓いながら深い眠りについた。

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