第96話【リリスの臨時受付嬢講義④】
(一体なんでこんな事に……)
夕食をナオキ、リリス、ナナリーと共に済ませたクレナはリリスの薦める温泉に浸かりながらぼんやりと考えていた。
(先輩受付嬢のアンナさんが結婚して受付嬢を引退するから3級だけど一応資格を持っている私が繰り上がって第三受付を受け持つ事になったのよね。
それで、アーリーギルドマスターの肝いりでリリスさんが受付嬢の研修教官として私を指導する事になったけど彼女の指導はめちゃくちゃ厳しいから既に身体がきついのよね。
こんな状態ではまともに仕事が出来る気がしないわよ)
温泉に顔の鼻の下付近まで浸かった状態のクレナはどうにかして逃げられないかと一所懸命に模索する。
(そうだ!
明日は限界を越えてフル回転してみよう。
忙しすぎて倒れたらいくらなんでも優しく休ませてくれる筈よね)
なんとも間抜けな作戦を立てたクレナだったが本人は凄い名案だと思ってニコニコしながら温泉から上がり、宿題の書類を泣く泣くこなしてから眠りについた。
次の日のクレナは先日とは人が替わったかのようにキビキビと仕事をこなしていった。
「今日はなかなか良く動けてるわね。後はもう少し言葉づかいと書類書きが良くなれば一人でも任せられるんじゃない?」
クレナの豹変ぶりにリリスは驚いたが、彼女が早く一人前になれば自分も解放されるとあってニコニコしながら彼女の仕事を眺めていた。
「えっと、この書類はこっちの仕事と関連しているから……。
この人の依頼は明後日までに完了報告が必要……。
ああっ! これはこっちじゃ無かった……」
午前中はなんとかこなしていたが、午後になり人の波が押し寄せだすと途端にクレナの処理能力がパンクする。
「ほら、遅れ出したわよ。早く処理をしないと利用者さんが行列になっていくわよ」
「は、はい」
クレナは自身の限界を越えて無理矢理に身体と頭を動かす。
「ほら、笑顔が無くなって来てるわよ。
利用者さんにはいつも笑顔で対応しないと駄目じゃないの」
後ろからリリスが小声で注意をするが限界突破状態で仕事を回しているクレナは既に笑顔での対応など無理な相談だった。
「――もう駄目でふ……」
午後のラッシュを何とか乗り切り僅かな休憩時間に控室のソファで口から魂が抜けるような声を上げながらクレナがパタリと倒れた。
(ああ、これで暫く休ませてくれるよね……)
薄れゆく記憶のなかでリリスの声が聞こえた気がした。
「やっぱりそうなったわね。さっさと治して続きをやるわよ」
(鬼だこの人……。
でも、身体が動かないから諦めてくださいね)
クレナは疲れた身体に身を任せて意識の深海に沈み込んで行った。
「本当に良いのか? 本人の許可も取らなくて……」
朝、リリスから「午後の休憩時間頃に様子を見に来て欲しい」と頼まれていたナオキが眠るクレナを前にリリスに問いかける。
「いいからやって頂戴。
この娘の指導や体調管理は私が任されているんだから倒れたままだと研修が出来ないでしょ。
説明と責任は私がとるから早く治して頂戴」
「分かったよ。
(……なんだか周りがうるさいけれど、私が倒れたから騒いでるのかな?
どうでもいいからゆっくりと休ませて欲しい……)
「どう? 治ったかな?」
「もう少しだね……よし、もう大丈夫だと思うよ」
「ありがとう。なら今度は夜に宿でお願いするから今はもう次の仕事に行って良いわよ」
「了解。じゃあ頑張ってね」
(――何だか、胸の辺りが温かくなってきて、それが身体全身に巡って……)
「はっ!?」
クレナは身体を巡る『何か』が風のように暗い気持ちまで吹き飛ばしていく感覚を感じで目を覚ました。
「起きた? 身体の方はもう大丈夫でしょ?
そろそろ休憩時間が終わるから窓口に行かないと利用者さんが待っているわよ」
「えっ!? まだそんな時間なの?」
午後の休憩時間なんて30分くらいしかない筈で、とてもではないがあれだけの
そう考えながらクレナは身体の調子を確認するが、どこも
それどころか、今朝ベッドから落ちて出来た右肘のアザまで消えていた。
「リリスさん、私に何かしましたか?」
ソファから起き上がったクレナが側にいたリリスに問いかける。
「疲労が回復するおまじないをかけただけよ。
夜にもしてあげるから疲労の事なんて気にしないで全力でばりばりやるわよ」
その言葉を聞いたクレナは顔を青くするが体調が回復している為に身体はしっかり動かせた。
「――お疲れ様でした」
午後の業務も無事に終わりを告げて書類の残務整理をしながらクレナがリリスに話しかける。
「リリスさん。今日私が倒れたときに何をしたんですか?
確かに疲労も無くなってましたけど、朝作ったアザも治ってましたよ?」
「それに関しては宿に帰ってから話してあげるわ。
今日からはフルメンテをして毎日、今日と同じくらいのペースで仕事をこなしてもらうからね。
とにかく身体に覚え込ませる事が大切で慣れたら疲労の度合いも少なくなってくるから大丈夫よ。
とりあえず、今日みたいな事が起こらないとも限らないから数日は万が一の準備はしておくわね」
笑顔でそう告げるリリスにクレナはげんなりとした表情で「はい」と言うしか無かった。
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