第88話【想定外の事態とロギスの診断】

「ママ!? どうしたのいきなり?」


 そこに現れたのはナナリーの母親のアーリーだった。


「アーリーさん。お邪魔しています」


 アーリーの姿を見た僕は思わず頭を下げて挨拶をする。


 ナナリーの家なのだから当然アーリーも居ておかしくないのだが突然現れた彼女に僕は驚きを隠せなかった。


「ナナリー。ちょっといい?

 なんだか知らないけれどさっきロギスが尋ねてきて『あんたと話がしたい』と言ってきてね。

 来客中みたいだからまた今度でいいと言って帰ろうとしたから面倒なんで引きずってきたのよ」


 そう言うアーリーの後ろから真っ青な顔のロギスが申し訳なさそうに現れた。


「ロギスさん、お久しぶりですね。

 私にお話があるそうですが、この場で話せる事ならばお聞きしますが他の方に聞かせられないような内容ならば彼女の治療が終わってから別室にてお聞きしますけど、どうされますか?」


 ナナリーの言葉にロギスはあからさまに動揺する。


「あ、いや無理にふたりきりにならなくても良いのだが、この場で言うのも……」


 歯切れの悪い返事をするロギスに意図の分からないナナリーは首を傾げる。


 逆にロギスの慌てている意味の分かる僕とリリスはなんとか話を出来る状態にしようと考えを巡らせる。


「あの……。

 お忙しいならば治療はまたでも良いですけど……」


 リノがおずおずとこの場から逃げようとして治療の延期を訴えた。


 その声に反応したロギスがリノを見てポロリと彼女に言った。


「リノさんじゃないですか。今日はどうしたのですか?

 もしかして何処か体調の悪い所があるのですか?

 俺に治せるものならば直ぐに調薬をしますので言ってくださいよ」


 ロギスの言葉に僕は「ロギスさん、リノさんと知り合いなんですか?」と思わず聞いていた。


「あ、ああ。

 俺がよく食事に行っている食堂の娘さんだ。

 いつも明るく迎えてくれる気のいい彼女だが前に比べて笑顔が少なくなっていたのか気になっていたんだ」


「なるほど。

 それならば、いつもよく見ているロギスさんならリノさんの状態がどうか分かるんじゃないですか?」


「俺が診るのか?」


「ええ、初対面の僕よりも薬師で面識のあるロギスさんが診てくれた方が彼女も納得するのではないかと思いまして……。

 どうです? ちょっと協力して貰えませんか?」


 僕の提案にリノもロギスも戸惑っていたが先にロギスが答えを出した。


「俺に診せてくれないか?」


 ロギスの言葉にリノは驚いたがロギスの真剣な表情を見て小さく頷いた。


「じゃあソファよりもこっちの椅子に座ってくれ、同じ目線で診た方が良く分かるんだ」


 リノを椅子に座らせたロギスは彼女の顔をじっと見据えて目の動きから息づかいを感じ、手をとって脈拍を確認する。


「リノさん。すまないが化粧を落としてはくれないか?

 今のままでは顔の細かい変化が拾いきれないから正確な診断が難しいんだ」


 つい先程ナオキが断られた事をロギスがリノにお願いする。


「そ、それは……」


「頼む。俺は薬師として患者の事で見逃しをする訳にはいかないんだ。

 俺は患者に対して顔がどうとか肌がどうとかを言う事はない。

 ただ、俺の持つ知識で患者を救えるかどうかだけを考えて診察しているだけだ」


 ロギスの真っ直ぐな目にリノは戸惑いながらも「わかりました」と小さく答えた。


「ありがとう。

 ナナリーさん、彼女のサポートをお願いしてもいいですか?

 俺が洗面所について行くよりあなたにお願いした方が彼女も安心出来るでしょうから」


「わかりました。

 リノ、私が手伝うから一緒に行きましょう」


 ロギスの言葉にナナリーがリノを連れて洗面所へと向かった。


「――しかし、びっくりしましたよ。

 まさか、こんな所でロギスさんに会うとは思わなかったですからね」


 ナナリーとリノが部屋から出た後で僕はロギスに話しかけた。


「いや、すまない。

 俺も全くの想定外だったんだ。

 調薬部門の報告に来たついでにナナリーさんに少しばかり話を聞いてみようと思って居場所を聞いただけだったが、アーリー様がいきなり家に居るからと俺を引っ張って来てしまったんだ」


「いえいえ、別段問題は無いですよ。

 あなたのおかげでリノさんが化粧を落とそうとしてくれているのですからこちらとしてもありがたいと思っています」


「彼女は悪い病気なのか?」


「病気といえば病気なんですがコンプレックスと言う精神的なものですね。

 おおもとは顔のソバカスのようですが……」


「ソバカス……。

 そう言えば前までは彼女にはソバカスがあったが最近は見た憶えが無い。

 そうか、化粧で隠していたからなのか……」


「――お待たせしました」


 僕達が話していると洗面所からリノとナナリーが戻ってきた。


 リノはやはりソバカスが気になるらしく、恥ずかしそうに下ばかりを向いていた。


「ありがとう。ではもう一度診させて貰うよ」


 ロギスはそう言ってリノの頬に軽く触れながらじっと彼女を診察した。


「……特に病気は見つかりません。

 ただ……」


「ただ……。何でしょうか?」


 ロギスの言い方にリノが不安になって聞き返す。


「女性にこう言って良いのか分からないが、肌が荒れてせっかくの可愛い顔が勿体ない事になっていると思う」


 ロギスの言葉にリノはカッとなり思わず言い返してしまった。


「そんな気休めを言わないで!

 このソバカスだらけの顔が可愛い?

 そんな事を言ってくれた人なんていやしないわ!

 他人事だと思って……思って……」


 リノは目に大粒の涙を溜めてロギスに訴える。


「すまない。俺の考えが甘かったようだ。

 確かに俺には君のソバカスを治してやれる手段が無い。

 だが、君のようにまだ若い時から化粧に頼って健康を犠牲にするのは薬師として見逃し難い事だったんだ。

 君を傷つけるつもりは毛頭無かったのだが、今回は俺の勝手だったようだ」


 ロギスはそう弁明するとリノに頭を下げて謝った。

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