第81話【調薬師ロギスの来訪】

 打ち合わせから2日後、薬師ギルドのロギスが一通の依頼書を持って僕達の宿を訪れた。


「ほら、お望みのものだ。

 依頼人はうちのギルドマスターになっているが担当は自分だ。

 今回は患者と面識のある自分がついて行き、お前の治療を見せてもらう。

 もし、患者に何かあったら直ぐにこの町から叩き出してやるから覚悟しておくんだな」


(なんとも攻撃的な態度で圧力をかけてくる人だな。

 ただ、言っている事はそれほど的外れではないようだし、患者のためを思っての行動ならば何となく僕に通じるものがあるかもしれないな)


 僕がそんな事を考えながらニヤけていると、それを見たロギスはさらに憤慨ふんがいして口うるさく怒鳴りだした。


「分かったから少し冷静になろうか、君はそんな態度のまま患者の前に出るのか?」


 僕の言葉にロギスは「ぐっ」と小さく呻いて黙り込んだ。


「こっちだ。

 この先の角を右に曲がった突き当りの家に患者の少女が住んでいる」


「少女? 病気か? それとも怪我なのか?」


「それは家族か本人に聞くべきでは無いのか?

 それとも有名な治癒士殿は全て患者の情報を与えて貰わないと治療のひとつも出来ないのかな?」


 相変わらずロギスは挑戦的な言葉で僕を挑発してくる。


「真に患者のためを思うならば、今の時点で分かっている事を共有する事が必要だと思うがまあいいでしょう。

 聞き取りから病気や怪我の特定をして完璧に治療をして見せますよ」


 そんなやり取りをしながらも僕達は患者の待つ家にへと辿り着いた。


「邪魔するよ、薬師のロギスだ。

 昨日話をしたを連れてきたぜ。

 嬢ちゃんは奥の部屋か?」


(噂の治癒士?

 領都での治療話がぼつぼつ届いてきているのか?)


 僕が考えていると患者の両親がロギスに対して頭を下げて「こちらです」と僕達を奥の部屋に案内してくれた。


 部屋ではまだ10に満たないであろう少女が絵本を見ながらちょこんと座っていた。


「嬢ちゃん久しぶりだな。どうだ調子は?」


 僕に見せる態度とは真逆の柔らかい笑顔と優しい言葉使いに僕達が驚いていると、少女は絵本から視線を外してロギスを見てフルフルと首を横に振った。


「そうか、すまねぇな。

 俺の力不足でなかなか治してやれねぇで……」


 その言葉に少女はまたフルフルと首を横に振った。


 少女の行動とロギスとのやり取りを見ていた僕はある結論に達していた。


「彼女もしかして、声が出せないのですか?」


 その言葉に苦虫を噛み潰したような表情でロギスが「ああ」と短く肯定した。


「まあ、やり取りを見れば分かるよな。

 そうだ、ロシュは3年前から言葉が出なくなった。

 原因は不明だが直前に転んだ事だけ分かっているんだ。

 俺もできる限りの本を読んだし王都の薬師ギルドにも問い合わせたがどうしても原因は分からなかった」


 ロギスは手を固く握りしめて吐き出すように言う。


「俺達は調薬師だ、原因さえ分かれば対処のしようがあるが分からなければ全くの無力だ」


 その言葉を聞いた僕は(ああ、この人は根本的には僕と同じでただ目の前の患者を助けたいだけなんだな)と感じた。


「情報ありがとうございます。

 では、念の為に症状の確認をしますので、娘さんはこちらに横になってください。

 リリスは親御さんに治療の許可をお願いしてください」


「治療の許可? 一体あんたはどんな治療をするんだ?」


「おや、僕の治療方法まではまだ話が届いてませんでしたか。

 大丈夫です、痛くはありませんので気持ちを落ち着けて楽にしていてくださいね」


 ――状態鑑定スキャン


 僕はロシュの頭から足先までゆっくりと魔力のセンサーを潜らせていく。


「なるほど。原因が分かりましたよ」


「なんだって!? 原因が分かっただと!」


 僕の言葉に反応してロギスが叫ぶ。


「ああ、そんなに興奮して大きな声を出さないでください。

 彼女がびっくりするじゃないですか……」


「す、すまねぇ。つい……」


 僕がいさめると素直に頭をさげるロギスに原因を説明した。


「声帯の破損が主な原因ですが、もともとの体調不良と重なって炎症を起こして悪化し、治療が上手くいかなかったのではないかと推測します」


 僕はそこまで説明するとリリスに治療の同意は取れたかを確認した。


「ええ、問題ないですよ。両親共に承諾してくれましたので」



僕はその言葉を聞くと頷いてから「では、治療を始めます」と言って少女の魔力溜まりに手を置いた。


「――完全回復ヒール


 少女の胸の辺りに手を置いた僕の行動にロギスが『ぎょっ』とした表情となったが両親を始め、リリスも全く動じない状況に只々その場に立ち尽くしていた。


 魔力の注入が始まると全身が淡い光を帯びてきて、特に患部であろう喉の辺りの光が強く感じられた。


「これは何をしているんだ?」


 今まで見たことの無い治療方法とありえない現象にロギスは側にいたリリスに問いかけた。


「見てのとおり、魔法で患者さんの治療をしています。

 今は彼の魔力を彼女に注入しているところで、そうする事により破損部位の再生を可能としているのです」


 リリスの説明に驚愕きょうがくの表情をするロギスが呟いた。


「まさに神の如き能力。

 これが女神に祝福されし者の能力か。

 我らが決して望んではならない領域をいとも簡単に現実のものとする。

 まさに脅威であり尊敬を通り越して畏怖さえ覚えるものだ……」


 その呟きが聞こえてしまったリリスはロギスの心中を察して苦笑いをするしか無かった。

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