第67話【置いて行かれたふたり】

「おふたりはこれからどうされる予定ですか?」


 床から立ち上がったバークが僕に問いかける。


「これからの事……ですか?」


 僕はその言葉の意味が理解出来ずにリリスの方を見た。


「ナオキ。あなた何時いつから寝てたと思う?」


 リリスの言葉に僕の中で魔力枯渇を回復するのにかかる時間を思い出して改めて聞いた。


「どれだけ寝てた?」


 その言葉にリリスは「丸一日よ」と淡々と答えた。


「はぁ、丸一日か……。

 まあ、仕方ないかな蘇生魔法を使ったんだし……」


 そう呟いた僕は『ある事実』を思い出した。


「そう言えば、僕達はバグーダに向かう馬車に乗っていて途中、この村に宿泊しただけだったよな。

 馬車は? 他の乗客を待たせてるんじゃ無いのか?」


 あせる僕にリリスが落ち着くように言ってから事実を伝えた。


「昨日、予定通りにバグーダに向けて出発しました。

 つまり、私達は置いて行かれたと言う事になるわ」


「そうですか、まあ仕方ないですね。

 誰の判断でそうなったのですか?」


 確かに予定の時間に集合出来なかった僕達が悪いから仕方ないだろう、だいたい誰も僕が丸一日寝てるなんて想像出来る筈がないのだから……。


「私が先に行くようにとお願いしたのよ」


 僕の様子から何かを悟ったリリスが僕の疑問に答えてくれた。


「正直言ってナオキがいつ目が覚めるか分からなかったのが一番の理由だけど、他の人達にはそれぞれ予定通りに町に向かうのが対価を払って馬車に乗った人達の権利だと思ったから置いて行って構わないと話したの。

 他の人達は恐縮していたけど御者の人も護衛の人も決まった日数で仕事を請け負っているでしょうから迷惑はかけられないでしょう?」


 リリスの説明に僕はうなずき「そうだな」と納得した。


「これからの事は後でお話するとして、まずはお食事をされませんか?

 妻を救って頂いたお礼もまだ全然出来て居ませんし、食事をしながらこれからの事を決められても良いかと思います」


 バークの『食事』という言葉を聞いた僕のお腹が鳴る。丸一日寝ていたので当然何も食べて居ないからお腹も空くはずだ。


「ありがとうございます。

 ではお言葉に甘えて頂きたいと思います」


 僕はそう言うとベッドから起き上がってリリスと一緒に食堂へと向かった。


 食堂のテーブルについた僕達の前に飲み物を持った女性と少女が厨房から現れて飲み物をテーブルに置いた後、深々とお辞儀をした。


「この度は、助けて頂いて本当にありがとうございました。

 治療の対価には到底及ぶものはお出し出来ないかと思いますが、感謝の気持ちを込めておもてなしをさせて頂きたいと思います」


 ミナがもう一度深く頭を下げた後、少女が前に立ち僕を見上げた。


「お兄ちゃん。

 おかあしゃまの病気を治してくれてありがとうごじゃいました。

 メグは、メグは……」


 少女メグはそこまで言うと目に大粒の涙を溜めて僕にすがるように抱きつくと溜めきれなくなった涙をポロポロと流しながら言った。


「ありがとうでしゅ! ありがとうでしゅ! うわぁぁぁん」


 小さな少女には1年前から病気になり満足に愛情を受けられなかったかけがえのない母親が元気になった事で必死に母親の代わりを努めようと頑張ってきた辛い思い出が報われた事で感情の抑えが効かなくなっていた。


「うん、よく頑張ったんだね。もう心配しなくてもお母さんは大丈夫だからね」


 僕はそう少女メグに言いながら頭をそっと撫でた。


 そこへ料理を持ったバークが現れ、テーブルに並べると「どうぞ熱いうちにお召し上がりください」と言い、娘を抱きかかえて妻と一緒に厨房へと戻って行った。


「メグちゃん。良かったわよね」


「うん、そうだね。

 さて、せっかくだから出来立ての料理を頂くとしよう」


 料理は空腹の僕に優しいようにスープから消化の良さそうなものを中心に並べられていた。


「美味しい!」


 スープを一口飲んだリリスが感嘆の声をあげる。


「凄くあっさりとした感じなのに味の深みが凄いの。

 何をベースにしたらこんな味が出せるのかしら?」


 一口料理を頬張るたびに称賛と味の分析を繰り返す姿を微笑ましく感じながら僕も食事に手をつけた。



「――凄く美味しかったです。ありがとうございました」


 デザートまで全て平らげた僕達はバークに感想とお礼を言った。


「いえいえ、この程度では返し切られない恩を頂いていますから……」


 バークはそう言うと僕達のこれからの事について話をしてくれた。


「この度は妻の治療の為にバグーダへ向かう馬車を降りる事になりました事は本当にすみませんでした。

 あの馬車のような特別仕様ではありませんが、私も村長として馬車を一台保有しておりますのでバグーダまでの移動にはそれをお貸し致します。

 御者と護衛も準備をしますのですみませんがもう2日ほどお待ちください」


 バークの言葉に僕達は頷いて「分かりました。それまでは村の散策をして過ごしたいと思いますが、僕の治療が必要な方がいましたら教えて貰えると嬉しいですね」と情報提供をお願いした。


「分かりました。

 村の掲示板にお知らせを出しておきます。

 何かあったら私の方に連絡が行くようにしておきますね」


「お願いします」


 僕はバークにそう言って部屋に戻った。

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