第26話【検証結果についての推測】

「そろそろ治療が終わるけど何か気になる事があった?」


 魔力の注入の感覚を確かめながらじっと目を閉じていたリリスがずっと掴んでいた僕の右手から手を離して「ありがとう」と一言僕に言った。


「いや、こちらこそありがとう」


 彼女の胸から手を離しながら僕は何故か意味不明のお礼を言っていた。


「えっ? いま何か言った?」


 治療の終わったリリスは考え事をしていたらしく、僕の言葉はよく聞こえていなかったようだった。


「いや、『お疲れ様』と言っただけだよ」


 慌てて誤魔化す僕だったがリリスはまだ何かを考え込んでいた。


「それで何か分かったのかい?」


「そうね。とりあえずナオキさんの治癒魔法は万能だということが分かっただけね。

 久しぶりに呑んだお酒のせいで少しばかり気分が悪かったんだけど今はスッキリしてるわ」


 リリスは自分の胸をさすってみたり頭を振ってみたりしていたが特に問題ないと判断していた。


「今日のところはこのくらいでいいかな」


 リリスは何か色々と考えていた様子だが自分の中で落ち着いたのだろう今日の検証は終わりを迎えた。


   *    *    *


 ――次の日も同じように無料診察を開始していたところ、昨日治療したおばあさんが食べ物を持ってやってきた。


「昨日は病気を治してくださりありがとうございました。

 これは、ほんの気持ち程度ですがお昼にでも食べてください」


「ありがとうございます」


 僕はおばあさんから食べ物を受け取るとお礼を言った。


「あら、ラヒーニョの干物じゃないですか」


 リリスが僕の受け取った物を横から覗き見て言った。


「これを知ってるのかい?」


「そりゃあね。領都ここではどうか知らないけれどカルカルの酒場では定番のお酒のツマミだったから知らない人はいないんじゃない?

 軽く炙って身をほぐしてから骨を外したら軽く塩をふって小皿に盛り付けると完璧ね」


(昨日の状態を見るからにリリスはお酒が好きなんだろうな。

 これは今日も思いやられそうだ……)


「おやまあ、この干物の一番美味しい食べ方を知ってるとはお嬢さん結構イケる口なんだね。

 私はあまり呑まないからお酒は無いけれど、この先の酒屋に女性に評判の甘口で口当たりの良いお酒を売っているのよ。

 でも、アルコール度数は高めだから呑みすぎないように気をつけるんだよ」


「なんですって!?

 それは絶対に買いに行かないといけないわね」


 リリスの目が鋭く光った気がしたがあえて見なかった事にしておいた。


「さて、そろそろ次の患者さんを案内して貰えるかな?

 待合室も結構待ってる人がいるみたいだよ」


 僕の言葉にリリスは「あっ、ごめんなさい。すぐに案内をしますね」と仕事モードに切り替えた。


「――今日は遅くなりそうだな」


 待合室の人数から今日の残業は確定しそうだと僕はひとつ伸びをして診察室へと向かった。


「本日の診療は終了です。申し訳ありませんが明日の診療開始時にお越しください」


 あまりの人の多さについにリリスがストップをかけた。


 もう、夕刻の鐘はとうに鳴っておりこのままでは夜刻の鐘まで鳴りそうな勢いだったので流石に切り上げる事にしたのだ。


「明日、もう一日だけ無料診察の時間を取りますのでこの整理券を持って早めに来てください。

 整理券を持たない方はお昼の受付までになりますので間違えないようにお願いします」


 時間が足りなくて捌き切れなかった人達はリリスから整理券を貰ってそれぞれ帰路についた。


「今日もお疲れ様だったね。

 凄い数の患者さんだったけど大きなトラブルが無くて何よりだよ」


 僕がリリスを労っていると、突然彼女が叫んで走って行った。


「大変! 早くしないとお店が閉まっちゃう!」


 まっしぐらに酒屋に走って行くリリスを見ながら僕は「本当にお酒が好きなんだな」と呟いた。


「良かったぁ! 間に合ったわよ!」


 十数分後には機嫌良くお酒の瓶を抱えたリリスが戻ってきた。


「どのお酒か良く分かったね。初めて買うお酒だったんだろう?」


「お店で聞いたらすぐに出してきたわよ。

 人気が高くて品薄状態になってて最後の1本だったそうよ」


「それは運が良かったじゃないか、日頃の行いのおかげかもしれないね」


 僕は微笑みながら診療所の戸締まりをしてから夕御飯の準備をする事にした。


「買ってきたからには呑むんだろ? アテは貰った干物でいいな?」


 もともと生前は一人暮らしをしていた事もあって料理を作ることに抵抗は無かったが、いかんせん電子機器レンジが無いため『焼く』か『煮る』がメインになっており、覚えていたレシピも合う調味料がないなど半分以上が作れないという歯痒い状態だった。


「とりあえず干物だけは焼いておくか……」


 僕はかまどに火をいれて貰った干物をじっくり炙っていく、ガスと違ってかまどの火は安定しないので気を抜いたらすぐに黒炭ダークマターになってしまう。


「まあ、こんなもんか……」


 干物を焼き上げた僕は聞いていたように身をほぐしてから骨を外し、小皿に盛り付けてから塩を軽くふったものを彼女の前に置く。


「待ち切れないだろうから先に呑んでて良いぞ。

 僕はついでに軽く夕食を作ってくるから出来たら一緒に食べよう」


 僕はそう彼女に告げると台所に戻って行ったが、それが大きな失敗だったと気づくのは料理を作り終えた後の事だった。

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