第15話【伯爵家からの依頼②】
(随分と若い奥様なんだな……)
僕は伯爵夫人を一目見てそう思ったが、リリスの件を思い出して余計な事は口には出さなかった。
「――と言う流れで治療をさせて頂きたいのですが、何か質問はありますか?」
僕は傷の状態を確認して治療方法を説明していく。
流石に様子が気になるのか伯爵も部屋に来て僕の説明を聞いていたが、治療には胸に直接手を触れなければならないというくだりから段々と怒り出した。
「本当にそれで治るんだろうな? 嘘だったらお前を死刑にしてやるぞ!」
興奮したアーロンド伯爵が僕を怒鳴り上げる。
「あなた。そんなに声を張り上げないでくださいな。彼が
「むう。しかし……」
「『しかし』ではありませんよ。先日の事故で失った片腕を治療してくださる方に向かってその言葉は無いのではありませんか?」
「いや、だがな……。腕の治療をするのに患者の胸を触らないといけないなど今まで聞いたこともないぞ」
「確かにそれはそうですが、そうしなければならない理由があるのですよね?」
「はい。大変申し訳ありませんが治癒神様との契約によりそのような治療方法でしか出来ない事になっております」
僕が申し訳なさそうに契約プレートを提示して確認してもらうと女性は頷いて僕に言った。
「いいわよ。他ならぬ私が許可するから治療をお願いするわ」
「了解しました。この『治癒神の御手』にかけて必ず完治させて見せます」
その言葉を聞いた夫人は夫へ「あなた、悪いけど部屋から出ておいて貰えるかしら」といいローランド伯爵を部屋から追い出した。
伯爵は何か言いたそうにしていたが夫人の目を見て頷きおとなしく引き下がった。
「あの人が横で見てたら気が散って治療どころでは無くなるのが目に見えてるからね。
あの人、ああ見えて私の事を凄く大切にしてくれているから治療の為とはいえ、他の男性が私に触れるのを嫌がるのよね。
でも、いま何が一番優先されるかを判断出来ないようでは貴族としてまだまだですので我慢して頂かないと仕方ありませんね」
夫人はそう言うと「どうぞ治療をお願いします」と羽織っていたカーディガンを脱いで側に置いた。
「失礼します」
僕は夫人に断わると右手をそっと胸に手を添えた。
「
僕はいつもの
「暖かい手……」
夫人は右手を僕の手に重ねて強く胸に押し付ける。
「私の身体の中で何かが流れるように巡るのが分かるわ。
そしてその最終目的地は失った左腕ね」
夫人は話を続ける。
「この怪我は私の不注意によるもの。でも、あの人は全て自分のせいだと言い、私を責めはしなかった。
あなたから見ても私と主人、結構歳が離れているように見えるでしょう?
貴族にはよくある事だけど、初めは政略結婚だったのよ。
でも、あの人はそんな事は一言も言わずに『一目惚れだ』と言って私の前で片膝をついて求婚をしてくれたの」
「それは嬉しかったでしょうね」
何故か夫人のノロケ話を聞かされながら治療する事になっていたが僕はおとなしく相づちをうちながら治療を続けた。
「ええ、それは嬉しかったわ。歳こそ離れていたけれど大切にしてくれていたし、私の意見にも真摯に耳を傾けてくれる愛しい人。
でも、私の怪我で右往左往する主人に申し訳なくて……」
「そうでしたか。伯爵様を愛されているがための苦悩と自己嫌悪の日々だったのですね。
でも、それも今日までですよ。僕を探し出してくれ、こんな変な治療方法の者に託してくれたのですからその期待は裏切れないですからね」
僕は夫人へと流れ込む魔力がほぼ止まった事により、治療が終わる事を認識していた。
「あらあらあら。左腕が熱くなってきて腕の感覚が戻ってきてるのが分かるわ。まだ左腕は無いのに不思議ね……」
「その感覚のまま、左手で先程のカーディガンを掴んでみてください」
「ですが、私の左腕は無くなってしまっているのですよ?」
「でも、感覚は戻ってきているでしょう?
でしたら物を掴む事も可能です。僕を信じてください」
僕の言葉に夫人は無いはずの左腕で脱いだカーディガンを掴むイメージを想像する。
側に控えていたミリーナも固唾を飲んで見守っている。
ぎゅっ
夫人の見えない左手がカーディガンを掴んだ。
「えっ!?」
夫人がカーディガンを掴んだ認識をした瞬間、見えなかった左手がそこに存在していた。
「左腕が……私の無くした筈の左腕がある……」
「奥様!!」
サラの言葉に控えていたミリーナが駆け寄り彼女の左手をぎゅっと握りしめ、泣き出した。
治療が完了した事を認識した僕は、そっと夫人の胸から手を離し喜びで泣きじゃくるミリーナと入れ替わるように部屋の端に移動し、ふたりを見守った。
「奥様!良かった!本当に良かったです!」
「ええ、ミリーナ。あなたが彼を連れてきてくれたからよ。ありがとう。
そして、ナオキさん。治療をしてくれて本当に感謝するわ。
この恩はそれなりの形で返しますからね」
サラはそう言うと僕に微笑みながらお礼をした。
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