第10話【盗賊達の末路と救いたい命】

「ナオキさんは戦いの経験はありますか?」


 ミリーナがそっと僕に確認してくる。

 僕は学生時代には柔道を、救急救命士を目指す前には剣道を習っておりどちらも有段者の認定を貰う腕前だった。


「武道の経験はありますが、実戦経験はありません。

 ですが長めの棒があれば自分の身を守る程度には動けると思います」


 その言葉を聞いたミリーナは馬車の横に取り付けられた固定棒を外して僕に渡した。


「すみませんが少しばかり人数が多いのでおふたりを守りながらの戦闘は出来そうにありません。

 馬車を背にして向かってくる相手だけに集中して対処をお願いします」


「ミリーナさんは戦えるのですか?」


 見た目に華奢きゃしゃな彼女が大の男達相手に戦えるのか心配になり聞き返すとミリーナは「これでも私、伯爵様直属の護衛なんですよ。そして御者の彼もね」


 ミリーナはこちらに目配せをひとつすると凛とした表情で隠していたナイフを両手に男達に向かって行った。


「はあっ!!」


 ざしゅっ!!


「ぐわっ!?」


 ミリーナはひとりの男に向かって行ったとみせて急に右に飛び油断していた別の男の喉笛を綺麗に切り裂いた。


「ひとり……」


「なっ なんだこの女!? ただのメイドじゃ無かったのかよ!」


 男達は華麗に動き回るミリーナに翻弄され、意識が彼女に向いた瞬間に御者の男が投げたナイフがひとりの盗賊に突き刺さった。


「ゔっ!? いてぇ なんだってんだ!?」


 盗賊は刺さったナイフを見つめそう呻きながら絶命していった。


「ふたり……」


 5人いた盗賊達はものの数分のうちに2人が倒され、一方的に蹂躪じゅうりんして搾取さくしゅするはずの旅人から思わぬ反撃を受けて動揺していた。


「こうなったら皆殺しだ!

 まずは弱そうな残りの2人を狙え!」


 盗賊のリーダーらしき男が叫ぶと一斉に僕とリリスに向けて殺気が放たれる。


「おらぁ死ねやぁ!」


 盗賊のひとりが剣を上段に振りかざして袈裟斬りに振り下ろしてくる。

 剣道での試合ではほぼ負けなしの成績を残していた僕だが真剣を振り下ろされる経験はなく、防具を付けていない人間を硬い棒で殴る経験も勿論無かった僕は生死をかける覚悟が出来ていなかった。


「やあっ!!」


 咄嗟とっさに面である頭部への打撃を剣を持つ小手へ変化させてしまっていた。


「おっと、そんな棒切れじゃ俺様は殺れないなぁ」


 小手を狙った一撃は剣の根元に当たり棒を折られてしまった。


「実戦経験がないのが丸わかりだぜ!

 もっと殺し合いを経験しとくんだったな!後悔しながら死ね!」


 折られた棒に呆然としていた僕に男の剣が再び振り下ろされた。


「だめぇ!!」


 一体なにがおきたのか、振り下ろされた剣が僕を切り裂く瞬間に何かが僕と剣の間に飛び込んできた。


 ――ザシュ!!


「!!!」


 僕の目の前で何かが斬られその血しぶきが顔にかかる。


「リリスさん!!」


 他の盗賊達との戦闘中のミリーナが叫んだ言葉に何が起こったのかを理解し足元を見る。

 そこには僕の代わりに袈裟斬りにされ、血まみれで倒れているリリスの姿があった。


「うおおおおっ!!!」


 僕の頭は真っ白になっていた。目の前で剣を振り下ろしていた男に飛びかかり無意識に柔道の背負投げを極めていた。


「ぐはっ!」


 投げ飛ばされた男は背中を強く打ち、息が一瞬止まる。


完全治癒ヒール


 倒れた男の腕を掴み、胸元に手を押し当てると僕は唯一知っている魔法を呟いていた。


「ぐっ!? ぐわぁ!!」


 女性に対しては奇跡のような魔法だが男性には毒になる――。

 あの女神が言っていた条件。


 僕の魔法をかけられた男は投げられた打ち身が増幅されて体中の骨を砕き、内臓を破裂させて絶命していた。


「やあっ!!」


「はあっ!!」


 ミリーナと御者の男はそれぞれ残った盗賊に止めを指し、側に駆けつけてきた。


「リリスさん! リリスさん!」


 ミリーナが叫ぶがリリスは全く反応しない。


「リリスさん!」


 僕は倒れているリリスを抱きかかえて脈と呼吸を確認するも全く反応が無かった。

 僕は恐る恐る心臓に手を当てて鼓動を確認するも既にリリスの心臓は停止していた。


「うおおおお!」


 再び僕の頭は真っ白になり、前世の記憶のもとに心臓マッサージだ、心肺蘇生をしなければと斬られた彼女の服を脱がし血に染まった胸に手を押し当てた。


完全治癒ヒール


 無意識の中で必死に心臓マッサージを繰り返しながら魔力をリリスの体に浸透させていく。


「助けるんだ。絶対に助けるんだ。死なせるもんか。僕の全てをかけても絶対に死なせない!」


 鬼気迫る僕の様子に声をかけることも出来ないミリーナ達は周りに残党が居ない事を確認して盗賊達の遺体を処分する事にした。


 盗賊達の処分が終わり、僕に諦めるように促すためミリーナが側に来た時、ひときわ大きくリリスの体が光を放った。


「なっ 何? この光は!」


 ミリーナ達が目を細めて光の正体を確かめようとするが、光はどんどん強くなりふたりとも目を開けていられなくなった。


 ――1分はたっただろうか。辺りからはすっかり光は収まり、リリスに覆いかぶさるように意識を失ったまま倒れ込んでいる僕がいた。


「ナオキ様!? ナオキ様!!」


 ミリーナの声が辺りに響くが返事をする者は居なかった。

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