第3話 デーレスへ
森は危険だ。
野生動物に魔物、慣れていない人間であれば、すぐに狩られてしまう。
狩るつもりで来たのに、いいカモになる、こんなことはよくある話。
「全然当たんない!」
イラリアはゴブリンに遊ばれている。
ゴブリンが反撃に転じた。
残念な造りをした棍棒でイラリアを殴ろうとしている。
「あっ」
イラリアは避けるのに失敗しそうだ。
私はゴブリンを森の奥深くに蹴り飛ばす。
猛獣の鳴き声とキーキーというゴブリンの声が聞こえる。
イラリアが危なくなるたびに私がゴブリンを蹴飛ばすので、猛獣が瀕死の重傷を負ったゴブリンを捕食しに来ているのかもしれない。
「次」
木の陰に隠れていたゴブリンが一匹、イラリアの前に出てきた。
「師匠、どうやって、ゴブリンを従わせてるんですか?」
「そこの紐見えますか?」
私が指さした先に木と木の間にピンと張られた紐がある。
「さっきから気になっていたんですけど、その紐何ですか?」
「この紐の先でこのゴブリンの集落の長が待機していて、これを引っ張るとその首が落ちるように出来ています」
「え? 怖っ」
「試しに引っ張ってみましょうか?」
私はフライパンを振り上げ、ピンと張っている紐に振り下ろそうとする。
ゴブリンが一斉に出てきた。
そして、キーキー鳴きながら、全力で土下座をしている。
イラリアが私の服を引っ張る。
「師匠、流石に可哀そうなので止めてあげたらどうですか?」
「可哀そう? イラリアの訓練のためにやっているのに。だから、これはイラリアに責任があるんですよ?」
ゴブリンが一斉にイラリアを見る。
「ひっ、人のせいにしないでください。私はこんなことはお願いしてません」
「仕方ないですね」
手を払い。
解散の合図を出す。
ゴブリンが一斉にこの場から逃げ出す。
「やっぱり、追い込んで全滅させましょうか」
「やめてあげてください。まさか、ゴブリンに同情する日が来るなんて……」
「教祖様、ここにおいででしたか」
イラリアの村を襲ったゾルジの部下がいた。
イラリアが私の後ろに隠れる。
「私の後をつけてきたんですか? あなた、残念な主に仕えるのに飽き足らず、ストーキングの趣味もあったんですね。これは教育的フライパンが必要なようですね」
「師匠、教育的フライパンって何ですか?」
私は男をフライパンで殴る。
「グッ」
「師匠! 何してんですか? え、何でこの人、笑顔で倒れてるの。意味が分かんない」
「信心深き優秀なフライパン教徒は私のフライパンの重い一撃を喜んで受け入れます。だけど、私の一撃が重すぎるので、それに耐えるために石頭になります。フライパン教徒か判別するなら、頭部を強打するんです。世界的な常識ですよ、知らないんですか?」
「ローカルな共通認識は常識って言いませんよ?」
「で、何か分かったことがあるんですか?」
男はゆっくりと立ち上がった。
「1週間後にダーバラに攻め込むようです。なので、武器と傭兵を集めていて、村人はそれが理由で連れ去られたそうです」
「イラリアの両親はそこにいましたか?」
「そこまでは……」
腹に蹴りを入れる。
「役に立たないですね。何のための頭なんですか? さっさと調べてきてください」
「ありがとうございます!」
男は気絶した。
「起こすのも面倒だし、村に帰りましょうか」
「置いてって大丈夫?」
「運が悪ければ残念な結果になるでしょうね。助けてほしいですか? なら、料金が必要ですよ?」
「別に結構です。でも、金額だけ聞いていいですか?」
「金貨一枚」
「高っ! それだけあれば、少なくとも、半年は最低限の生活ができるじゃないですか!」
「私、自分を安売りするつもりないので。そんなことより、早く帰りましょうか」
村に帰り、森で狩った動物の肉と道中に見つけた山菜を調理し、食事を済ませた。
肉の中にはゴブリンを捕食しに来た猛獣の肉が入ってるかもしれない。
適当にフライパンを振っていたら、仕留めていたので、真相は分からない。
「イラリアってレベルどのぐらいですか?」
「レベルは9です」
「低いですね」
「そういう、師匠は?」
「100です」
「100! 冗談はやめてください。本当は何ですか?」
「100です」
「それって、伝説の勇者よりも高いレベルですよね?」
「伝説の勇者って何ですか?」
「知らないんですか? 当時の魔王と相打ちした勇者ですよ。その勇者のレベルが92です」
「雑魚なんですね」
「人前では言わない方がいいと思いますよ」
森で睡眠をした男は無事に森から脱出できたようで、後日イラリアの両親について情報を提供してくれた。
イラリアの両親はデーレスの兵舎に閉じ込められているようだ。
助け出すべきか否か、私は悩んでいるが、イラリアが金貨を払うということで助けることにした。
弟子なので特別に利子はつけない事にした。
「また、関所ですね。通行料がムカつきますね」
5キロごとに配置されている関所で1人当たり銅貨12枚。
デーレスに着くまでに銀貨2枚以上が飛んでいく。
「確かに高いですね」
「次の関所は関所破りをしましょう」
「あ、見えてきましたよ。脇道に移動しましょう」
「え? このまま通りますよ」
「おい、止まれ。2人だな。銅貨30枚だ」
大銅貨3枚ということか。
「銅貨ですね。これでいいですか?」
腰についている財布から取り出すふりをして、予備動作なしに、関守の頭をフライパンで殴る。
「師匠!」
私の信仰心と遠心力の合わせ技に関守は嬉しさのあまりなのか、衝撃のせいか、4メートルほど離れた場所に着地していた。
「見事な飛行でしたね。ボールの適性があるのではないですか?」
「テメェ!」
奥から関守の10人がわらわらと出てきた。
「何ですか? フライパンで熱い語り合いをしただけじゃないですか!」
「私には師匠が一方的に話しかけているように見えました」
剣を振り上げて斬りかかってきた男の顎を下からフライパンで打つ。
男は面白いほど空中で回転して、倒れた。
仲間がやられたことが確認できると次々と関守が襲ってきた。
近づく関守の頭を一人ずつ殴打し、関所を占領した。
他に通行人もいないようなので、口留めに勤しむ必要はなさそうだ。
「師匠、ここどうしますか?」
「占拠して、通行料をとってもいいけど、デーレスに行かないとですし、燃やそうと思います」
「この寝てる人たちはどうするんですか?」
「改宗しようか、関所と一緒に燃えてもらおうか、迷ってます」
「燃やすんですか?」
「そうですね。私としたことが情けないことを言ってしまいました。布教活動は一生懸命にしないといけませんね」
「私はそんなことが言いたかったわけじゃ……」
「ちょっと時間を貰います」
私は関守たちを茂みに運び、フライパンで熱心な布教をする。
響き渡る殴打の音に私は心地よさを得ることができた。
ついでに、関守たちは私の熱心なフライパンへの思いを理解してくれたようで、今は私の足元で祈りをささげている。
「どうするんですか? その人たち」
「11人ですね。ロレンツィオ・ゾルジ。あなた方の主ですね?」
「かつての主です。今はフライパン神のみです。ああ、罪深き我々をお許しください」
一心不乱に祈りをささげている。
「では、ロレンツィオ・ゾルジの首をとりなさい。あなた方の信仰心を示せるのはそれだけです」
「分かりました。おい、行くぞ」
「いってらっしゃい」
関守は先ほどとは別人の動きをしながら、デーレスの方向へ走っていった。
「……フライパン教徒って、ヤバい人しかいないんですか?」
「優秀な殺し屋と取り立て方に定評がある闇金融業者、あとは傭兵が多くいますよ」
「ヤバ人の集まりじゃないか」
「次の関所も陥落してるといいですね」
「さっきの人たちでゾルジを倒せるんですか?」
「無理じゃないですか?」
「捨て駒ってことですか?」
「関所破りがめんどいから、先回りしてやってくれるかなって。本部の殺し屋を送り込めば、間違いないでしょうけど、離れてますからね」
「本部ってどこですか?」
「説明がめんどいので、また今度、説明します」
「え~」
「それよりも、先に進みましょ?」
しばらく歩くと、旅に慣れないイラリアの足が限界を迎え、近くの村で休息をとることにした。
本当は一気にデーレスまで行きたいが、イラリアが歩けないのなら仕方ない。
ゾルジの部下として潜伏している信者たちを使い、情報を集めることにしよう。
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