最終話
暗転した意識。シェイクされたという感覚はなく、ただ目の前が暗転したという状況。しかし、恐怖はない。あるのはちょっとした高揚と達成感。
どこからか呑気な音楽が響いてくる。同時に、目の前にぼんやりとした映像が焦点を結ぶ。
保健室で起き上がったときの写真。そう、物語はここから始まった。
夕暮れの帰り道を三人で歩くシーン。よく見ると、少し私とナオトの距離が、香織からのそれよりも近い。手を握ってしまえっ、とアドバイスしたくなる。
食堂で親衛隊に絡まれるシーン。これもよくよく見れば、人類女子にはあり得ない骨格をしている構成員がちらほら見える。ギャグシーンだ。
総じて、これはエンドロールだ、と自覚が出来る。野球場のシーンや、ガジノでボロ勝ちしたシーンなどが続き、そして最後に桜の木の前でキスしたシーンで締めくくられる。同時に、BGMがパタリと止む。
そうか、これで達成したのか。名残惜しいがこれで終わり――と思いきや、今度は一転荘厳なBGMが流れ始める。
また写真が一枚流れてくる。桜舞い散る校庭から、手をつないだ二人をバックで撮った写真――あれ、こんなことしていないぞ?
そこからは出るわ出るわ、見たことがない写真。
街中を楽しそうに歩くシーン、合格発表の前で飛び跳ねるシーン、新居に二人で荷物を運びこむシーン、ちょっと薄暗い証明の中で二人が肌を寄せ合っている――というか、端的に言えば合体直前なシーン、麦茶合体なシーン、リクルートスーツを着て都会を走るシーン、またまた新居に引っ越すシーン――あれ、ちょっとお腹が大きいぞ?
また一瞬の暗転があったが、写真が中央に大写しになる。
結婚式での一幕のように見える。画面中央には、私とナオト。そして、見たこともない赤ん坊だが、どう見ても私たちの子供だ。その左右にはさきほど拍手をしていた香織や美麗、代官山などの友人が控えて、後ろの方にも親衛隊の方々が見える。見たこともない人もいるが、おそらく何週かしなければ出会えない方々だったのだろう。
そうか……これはエンドロールだ。それもノンクレジット版の。確かに中途半端に写真が左側に寄っていたし。いいもの見たわ。
画面全体に「fin」の文字。
――そうか、これは物語で、冒険だったんだ。でも、全力だった。それが溜まらなく嬉しかった。あの人たちがもういないなんて、少し信じられないけれど。
さあ、現実に戻ろう。画面の向こう側の現実が私を待っている。
冒険は、これで終わりだ――……あれ、合体できてなくない? できてないよね。ちょっと、スタッフの人っ。個室ビデオ屋でしょ、ここっ! ねえったら! ねえ……
☆
「はーい、お時間でーす。申し訳ありませんが退出願いまーす」
頭のテッペンから声が出ているような、ギャル系の店員が呼びに来る。
ヘッドディスプレイを外し、大きく頭を振って立ち上がる。
個室の扉を開けて、会計へと向かう。おっとその前にトイレに……青色の方だ。あぶないあぶない。間違えずに向かい、個室に座って小さい用を足す。
丁寧に手を洗い、手を拭く。鏡を見て、自分が何者かを確認する。
「そう……だよな、うん」
もう女子高生大崎マコトではない。そのことが一瞬信じられなかったが、それだけ没入感が凄かったのだろう。まだゲームが、自分の中で咀嚼しきれていない。
少し頭が痛い。ゲーム酔いかもしれない。とにかく会計を済まそう。
ギャル風の店員が無感情に、
「会員になっていただいたので……2時間パックで千六百五十円ですね」
鞄からさっとスマホを……違うな、ポケットの中だ。取り出して、タッチ決済を行う。まだ冒険に毒されているのかもしれない。抜け出すのは、ちょっと時間がかかるかも。
「あざしたー」
という店員のやる気のない挨拶に、にこやかに微笑む。
店の扉を開くと、自然と目が細まった。夕方の日差しが少し厳しい。でもそれが心地よい。
ドアのエレベータの閉じる音を背中に、大きく伸びをする。良いゲームだった。良い冒険だった。特に得るものはない。もしかすると、自分の欠陥が少し埋まったような気がするが――いや、それはまやかしだろう。ゲームから何かを得ようとする行為は、あまり褒められたものではない。一時の快楽に身を委ねるのがゲームの本質だろう。
自分には少し、厭世的や皮肉屋なところがあったかもしれない。いや、認めよう。そういう傾向はある。それはプレイングにも多少なりとも影響はした。そうした石橋を叩いて砕くプレイングが、毎日を退屈なものにしていた――なんて、そこまで大層なことは思わない。
それはそれでいいじゃないか。ゲームはゲーム、現実は現実だ。それは別個のものとして、素直に捉えよう。誰だって、自分の欠落を矯正するためにゲームなんかしたくないし、そんな風に体験を纏めたくもない。楽しかった時間が、汚れるのは嫌だ。
いい気分で帰れる。それが、良いゲームってもんじゃないかな――初めに思っていたものとは全然違ったけどね。
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