第16話

「待ちに待った――っ?」

「「「修学旅行ォ!」」」

 耳に響く言葉は卒業式の練習ではない。いや、高校生なのだからそういう小学校の卒業式さながらの「呼びかけ」みたいなのはないはず。多分。

 ではなんなのかと問えば、高校二年生三月の半ば、校庭の大型バスの前。

 我々はかなりノリが良い高校生らしいので、修学旅行をかなり楽しむ気がマンマンである。一部の不良は気だるそうに「そんな小学生みたいなことなんかしてらんねーよ」と、これはこれで極めて正しい高校生をエンジョイしている。それでも修学旅行に行く気マンマンなのがかわいらしい。

 蕾が目立つ桜に見送られ、バスに乗り込む。

「ええと、行きは校庭からバスで新幹線の駅まで行って、そこから京都まで一直線。帰りはシンヨコの駅で解散ってワケね。行きは学校集合、帰りは駅解散。全く、統一すればいいのに。なんなら行きも駅集合にして欲しいわ」

 隣に座る香織が早くも梅干しを食べながら愚痴を言う。そんな露骨に乗り物に弱いなら、そういう主張も理解できる。

「行きは学校集合にして、少しでも先生の手間を減らそうとしてるんでしょ? 駅集合にしたら、迷う生徒も出るし、たむろしても他のお客様の迷惑になるじゃない? で、帰りはそんなの関係ないから、一刻も早く先生も開放されたいんじゃない?」

 妥当性の考えを述べる。しかし香織は、

「もっともらしいことをおっしゃいますが、実は違うんだな~」

 ニヤニヤしながら、全否定。なにそれ、ムカツク。当たらずとも遠からじじゃなくって? そのチッチッチって指の動き、やめろよな。

 香織曰く、何年か前までは帰りも校庭までバスを飛ばしていたらしい。ところがある年、修学旅行中に告白することが出来なかった男子生徒が、旅行後の校庭で告白して見事成功。それを聞いた翌年の生徒が、修学旅行後に告白する事態が続出したとのこと。

「――つまりそういう訳で、最近は駅で解散ということになったワケ」

「……いや、別に校庭で告白してもいいじゃない?」

「うんにゃ、それがダメなのよ。最初の男子生徒は告白したらしいんだけど、噂に尾ひれと背びれがついて、『修学旅行後に告白すると成功する!』という話になっちゃったらしくてね、でもそんなワケないじゃない。それで玉砕する生徒が増えたわけよ」

 それの何の問題が?

「……まだ分からないわね」

「もう、察しが悪いわねっ。告白を玉砕されたら成績が下がるじゃないのよっ。先生もそれに手を焼いたのよ」

 分かるかそんなもん。よっぽど手痛いフラれ方をしなければ、そんなことにはならないだろう。

 でも、気持ちは分かる。

「まあ、確かにキツいフラれ方するとそういうこともあるわよね。ゾっとするちゅうはあんまりぞ」

「そうや、けっこうくるものがあったぞ……って、別にそこまでは言ってないけど」

 とにかく、フられたら多かれ少なかれ、成績に悪い影響が出る。じゃあ、そもそも告白をさせなければよいのではないかと先生方が頭を捻った結果、駅で解散ということになったらしい。

「でも実は――」

 まだあるのかよ。

「告白した二人は、一時的に成績を落としたこともあったけど、最終的にイロイロあってみんな付き合うことになったってウワサよ」

「へ~。じゃあいいじゃんかよ」

「でもね、それにはとてつもない代償がつきまとうっていう話で、例えばある人は家のローンの支払いを願ったところ……」

「猿の手じゃん、それ。そういうの詳しいから、自信あるよ」

「いや、違うのよそれが。その話には続きがあって、死んだ息子がドアをノックしに来て……」

「自信が確信に変わりました。それ最後追い返すやつじゃん」

 はいはいわかったわかったワロスワロスと手を振る。もう梅干し女の御託にはうんざりだ。

 が、一つ有益な情報があった。修学旅行先ではなく、学校の校庭で告白するほうが、成功率が上がるということ。この情報は利用して然るべきだ。香織、いいこと言うじゃないっ!

 と、ふと気が付く。

「……ところで、『行きは学校集合にする理由は、先生の手間を省くため』っていう私の考え、別に間違ってないじゃないの?」

「あ……」と手を押さえる香織。

 ほれみたことか、ナメてんのかこのアマと凄んで見せるが、その時バスはもう駅。

「残念、時間切れ、ここで試合終了ですっ。それじゃあお先~」

「あ、こらっ」

 すたこらさっさとトンズラこいて、新幹線の乗り口に向かう香織。


 しかし残念ながら、修学旅行は団体行動なのである。

 のぞみ79号博多行き指定席の車内。

「あらあら香織さん、ご機嫌麗しゅう。お隣よろしくて?」

「げっ!」

 先ほどの続きとばかりに、メンチを切った表情で静かに語りかける。

「――タイムアウトのない試合のおもしろさを教えてあげますよ」

「やろォ……」

 そこからきっちり二時間一本勝負のお説教で、私のサディズムは満たされたのであった。まんまん満足!


   ☆


「寺なんか見て何が面白いんだよ」

 そんな男子生徒の声に、一同が納得する清水寺境内。

 大人になれば良さが分かると思っていたが、見た目は子供頭脳は大人な自分でも、

「ホント、だいたいどれも一緒ね」

 という言葉を漏らす。

 鞄から旅程表を取り出し見返すと、どうやら今日は一日神社仏閣三昧らしい。駅に着くやいなや東寺、伏見稲荷を巡り清水寺から平安神宮を経由して金閣寺、更には北野天満宮を通り京都御所、下鴨神社で一呼吸置いて銀閣寺、京都市動物園、ラストは青蓮院の夜景で〆る、と。

 いやあ、違いの分からない女には苦行だなあ、と旅程表を手に改めて思っていると、

「いや、一緒ではなくってよ」

 横から日程表を覗き見ていた元代官山ファンクラブ会長の美麗が言う。ちなみに、代官山が卒業したのでファンクラブは解散したとのこと。目的がはっきりしていて大変よろしい。

 曰く、神社仏閣にはそれぞれ歴史がありそれを踏まえて観覧することで楽しみが増え、かつ見た目は一見似ているようでもそれは現代の西洋風建築物に慣れた目線からの一元的な判断で云云かんぬん……。

 とめどなく溢れる歴女の言葉は、そのうち8割は耳に入らず、残りの2割は右から入って左に取り抜けた。

「わかったわかった。つまりは、美麗は神社仏閣に詳しいということね。じゃあその場所についたら毎度案内してちょうだい。それでいいでしょう」

 いい加減にストップをかける。が、露骨に不満そうな美麗。

 まあ機嫌が悪いのも仕方がない。今適当にあしらわれたこともそうだが、いつものお供もがいないという、二つの理由がそこにはある。

 ちなみに、お供がいない理由は、さっき新幹線ので聞いた。

「いつもの二人は? ほら、あの助さん角さん」

「――留年が確定した生徒は参加できないんだそうよ。……青春の思い出を彼女達から奪うなんて、かわいそうじゃありませんかっ」

 涙ながらに、どこからか取り出したハンカチを噛む美麗。かわいそうなので、シンカンセンスゴイカタイアイスを奢ってあげた。でも、本当にかわいそうなのはダブりの生徒を抱える次の年の担任だぞ?


 そういった経緯もあり、とにかくまたまたかわいそうなので、興味は全くないが質問をしてあげた。丁度、合コンでオタクにアニメの話を振るように。

「ほんで、今日の日程は美麗的にはどうなの?」

 ふうむ、と頷き一言。

「詰め込み過ぎですわね。特に金閣寺と銀閣寺を一日で両方見て回ろうという魂胆が良くなくってよ」

 確かに。十以上というのは回り過ぎ。誰だこんな日程を考えたアホは。修学旅行の世界記録でも狙ってるのか?

「一説によると、他校と抗争する隙を与えないために、こんな超過密日程になったらしいわよ。たまったもんじゃないわね……オエッぷ」

 梅干しを片手に香織がコメント。バス地獄は彼女には堪えるだろう。

「ごくせんか、ろくでなしブルースの見過ぎね」

 シュッ、シュッとボクシングの真似事を美麗と始めたところで、先生から移動の指示が出た。


 平安神宮。

「うどん屋の行列がエグいですわよ」

「京都の人は食べないという噂」


 金閣寺。

「某アニメで燃え上がってましたわね」

「ムダヅモの人のやつね」


 北野天満宮。

「ウシを撫でるといいですわよ。あと、参拝しても落ちるときは落ちるわよ」

「願掛けするくらいなら勉強しといた方がマシよね」


 京都御所。

「定義上京都のど真ん中にあるけど、正直観光地ではないわよ」

「正直過ぎる」


 下鴨神社。

「いわゆる鴨川デルタの近所ですわよ」

「けいおんのアレね」


 銀閣寺。

「銀ではなくってよ」

「うすうす気づいていたけど、そんなに寺社仏閣詳しくない?」


 京都市動物園。

「キョンとキリンを見るわよ!」

「そんなハルヒみたいな言い方されても。あとここ、キョンいないし」


 青蓮院(将軍塚青龍殿)。

「ふもとからめちゃめちゃ遠いわよ。でも循環バスがあるから一安心ね。タクシー使うなら、『将軍塚』って言ったほうが通じやすいわよ。山に向かう途中には廃墟スポットがあるから、マニアの人は必見ね。あと、大文字山からの夜景とそんなに変わらないわよ。ただ、告白するなら断然こっちね。雰囲気あるもの。境内には時折お香も焚かれていてポイント高いわね」

「急に詳しくなって怖い。でも歴女っていうか、ただの地元民の解説じゃん」


   ☆


「あ~疲れったっ」

 香織が布団に大の字。一緒に回ったはずだが、終始無言だったのは完全にバス酔いしていたからだ。不憫な子っ。

「一日みっちり京都を堪能しましたわね。晩御飯も京都っぽいものでしたし」

「京都っぽいものって言われても、まさか漬物盛り合わせではねえ。おいしいんだけど、そうじゃないっていうか」

「でも西京焼きってのもあったじゃない。ダイオージャ的な」

 美麗と香織と三人でしばし雑談。他の部屋員はどこかにほっつき歩いている様子。

「みんなどこに行ったんだろう」

 香織に尋ねる。時刻は夜の9時。消灯時間は近い。

「いや、さっき見送りしたじゃない。オトコを少々ってモンよ」

「なんですって。そんな夜這いみたいな……はしたないわっ」

「夜這いじゃないでしょ。こう……告白的な、そういうアレよ」

 しまったっ。私としたことが、重要なイベントチャンスをふいにしてしまった。

「なぜこんなことに……」

 天を仰ぎ悲嘆に暮れる私。その姿はさながらどうしてロミオなのなジュリエット。かわいそうな私。

「あら、さっきまでウィキペディアで楽しそうに今日行った寺社仏閣の情報を私と調べていたではありませんか」

「シャラップッ。この似非知識人気取りめっ」

「あ、ちょっと聞き捨てならないですわよ。センター試験の歴史の模試では64点もとれたんですから。その辺の高校生といっしょにしないでくれますか?」

「限りなく平均的高校生じゃねーか。しかもそれ日本史aじゃねーかよ。近現代史しか範囲じゃない簡単な方のやつ。むしろどっちかというとダメじゃねーか」

「ええい、うるさいですわっ。えいっ」

 と美麗が投げた枕は明後日の方向にいた香織にジャストミート。

「お、やるかコノヤロー!」

 という香織の応戦で、お決まりの場外乱闘の始まりだ!


 つややかな顔をした他の部屋員が帰ってきたころには、残された三人は既に意識を失っていた。肌つやが良くなって帰ってきた一人の証言によれば、「泥棒が来たのかと思ったが、まあいいっしょ、と思った。泥棒じゃなくてよかったね。あと、京都のラブホは景観条例の関係で見つけにくかった」とのこと。


   ☆


 なーんにも進展がなかった初日を終えた二日目。今日は気合十分だ。

「昨日はなんで連絡してくれなかったのよ」

 とラインで五反田に連絡すると、野球部の練習の一環として大文字山に登らされたあげく鴨川を泳がされたとのこと。練習メニューを考えたアホの顔を見たいと言われたので、ダレデスカそんなサディストおほほほほと軽快にこれをスルー。

「とにかく、今日はどこかで会いましょう。二人でねっ」

 文面でも凄んで見せる。正月からこのかた、バレンタインデーを経由して好感度をもう十分高めたはずだ。告白アクションがあっても全然おかしくはないし、もしそのアクションを起こせば、十中八九OKだろう。

 しかし、ここで大事なことはプロセスだ。経験上、おそらくすんなりした告白からは何も生まれない。ある程度の障害を乗り越えて、ようやく告白の機会が与えられたとき、そこに真実の――少女漫画的に十分なストーリーが乗ったという意味で――愛が生まれる。それこそが、セクロスへの大いなる、そして最終の一歩なのではないかと理解した。

 とすれば、とるべき戦略は一つ。すれ違い戦略である。


「前回はツンデレ。今回はすれ違い戦略。そのメソッドを、こたえてちょーだい!」

 梅干しをたらふく食べながらの香織。バス酔いには対処できるかもしれないが、塩分過剰摂取による腎臓の健康が心配だ。

 今日も今日とてバス移動。今日は一日奈良三昧ということで、古墳を見に行くらしい。美麗は「今日もわたくしが解説しますわよっ」と意気込んでいるが、雑談そっちのけでウィキペディアにかじりついている現状、全く期待できない。

「そもそも、私とナオトって割と全校公認でラブラブじゃない?」

「そりゃあ、家も隣で二人で登校して部活も同じで放課後は手をつないで下校されちゃあね、認めざるを得ないでしょう」

 そうなのだ。正月から好感度を高める作戦は、副次的に周囲からの公認も得られてしまっていた。元五反田親衛隊の会長からは、「美男美女で気付いたらしっくり来ていた。これからは二人の行く末を応援していきたい」と、結婚した声優をなじるファンに爪の垢を煎じて飲ませたいほどの殊勝なコメントを頂いていた。

「ところが、そうなってくるとなかなか告白っていうのは難しいもんなのよ。外堀が完全に固まっちゃって、改めて『付き合ってくださいっ!』って言うのも憚られると言うか……分かるでしょう?」

「めっちゃ分かる! 両津がマリアに好きって言えないみたいなもんよね」

「そう……なのか?」

 一瞬首を捻ると、隙を見て美麗が、

「ニコニコ寮に住んでたときですわね。でもそれ結構序盤じゃなくって?」

 的確な補足。

「美麗あなた、古墳のウィキペディア読んでたと思ったらこち亀のウィキペディア読んでるじゃない。それはこの世で最も無意味な活動の一つよ」

「まあ、そうなのだけれども……ちょっと気が散ったんですわよ」

 香織に諫められて、首をすくめてページをスワイプして戻した。戻ったところで「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のページから「麻里愛」、「麻生かほ里」を経由して「ナースエンジェルりりかSOS」に進んだところで、スワイプが止まった。全然脱線してるじゃねーか。

 ウィキペディアヘビーユーザーはさておき、

「とにかく、告白する機会をここで作ってあげようって魂胆なのね?」

 香織がそう総括する。

 しかし残念。それは二流のやることだ。

「違うのよ、それが。そんなことでいいなら学校でテキトーに告白させていたわ。それではお膳立てが整わないのよ。いい、『すれ違い戦略』なのよ。これの意味するところは告白の機会をこれでもかってくらい与えて――」

 タメる。タメにタメる。

「……与えて?」

 香織がしびれを切らして聞いてきたところで、

「――徹底的にそのチャンスを奪い取るのよっ」

 右手に大きな力こぶ、それを左手で添えて宣言する。

 ドーン、と決まったね。これが最後のチャレンジよっ。


   ☆


 その日、五反田の受難は続いた。

「マコトが大仏の柱の穴の向こうで待ってるって」

 と言われれば、穴をくぐりもちろんつっかえて、

「鹿せんべいの売店の前で待ち合わせだってよ。せんべい5袋用意して待ってろってさ」

 と言われれば、大量購入したあげく鹿に襲われる。

 最後には、

「ようこそおかえりな場所で待ってるってさ」

 という言葉を聞いて急行したが、待ち合わせ場所には誰も現れない。仕方がないので法被を買って帰った。

 もちろん、全部双眼鏡で見ていた。かわいい鹿! そしてかわいそうな代官山! でもあなたと私の幸せのためなの、ごめんねっ。ああ、罪悪感を感じざるを得ない……。


 その後も夕食前にラブホ街に呼びつけチンピラに難癖付けられる、夕食後に思い出のあの場所で……と言われて、思い出のあの場所が全く思い浮かばず徘徊し続け進路指導の先生のお世話になるなど、さんざんな目に逢わせた。

 もちろん好感度は若干下がったかもしれない。でも、これが必要な布石でありリスクだ。リスク以上の効果があれば、大きすぎるとは言わんのだよ。

 ちなみに、最後の五反田の徘徊は、この目では見てはいない。なぜなら、

「やっぱりマコトって着やせするタイプじゃん。ずるーい」

「あらあら、香織さんも……その筋の人には人気の幼児体系なんじゃあなくって?」

「なんだ喧嘩売ってんのかよ。そっちこそ和服が似合う体系しやがって」

「なんですって……いわせておけばっ」

 そして風呂桶でぱっかーんな、キャッキャウフフで忙しかったからだ。

 私にも振り回している若干の罪悪感がある。だからこうでもなけりゃあ、とてもじゃないけどやっていられませんよ。百合百合していて、その間だけは大変よろしゅうございました。

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