第14話
「あれ? 田端くんじゃない? こんなところで待ち合わせなんて、まさかデート?」
「そういう香織だって、結構なおめかしして、そっちこそデートだろ?」
クリスマス当日の駅前17時。待ち合わせ場所にキチっと現れた香織と田端。もちろん、私はその場にはいない。待ち合わせ場所が見下ろせる上階のホテルで、ニヤニヤしながら様子を見ている。
「かかったわね、アホどもめっ」
ともあれ、その二人がそれ以上言葉を交わすことはなかった。そりゃあそうだ。待ち合わせ場所で待ち合わせている相手以外と喋るのは、なんとなく仁義にもとるように思えるだろう。
しかし、待ち合わせ時刻から5分過ぎ、10分過ぎても相手が現れないので、どちらもそわそわし始める。う~ん、この小市民ぶり。堪えられないわっ。
しかしいつまでもこの被虐的な喜びに浸っていても仕方がないので、二人のスマホ宛てに、それぞれにメッセージを送る。
「何て送ったのかな?」
傍らに立っていた代官山が訪ねてくる。
勝手に偉そうな口を利くんじゃないよっ――とムチを振るいたかったが、いきなり暴力もアレなので素直にスマホの画面を見せる。
『は~い。こちらはマコトちゃん! ちょっち一身上の都合で今日行けなくなっちゃったんだ。ごめんね~(ペコリ)。でも、このままおしまいにするのは忍びないので、横にいる香織とデートにいっちくり~申し訳ねぇ~』
代官山が眉を顰める。一応、香織の方に送った文面も見せておく。
『は~い。こちらはマコトちゃん! ちょっち一身上の都合で今日行けなくなっちゃったんだ。ごめんね~(ペコリ)。でも、このままおしまいにするのは忍びないので、横にいる田端クンとデートにいっちくり~申し訳ねぇ~』
代官山の不審な目に、
「下僕の癖に女王様に向かってなんだその目はッ」
と恫喝。傍らからハリセンを持ち出し、目ざとい代官山がそれを見て期待をした素振りを見せたので、また戻した。まだまだ放置プレイの境地に達するには遠いようで不満げな顔。罰が罰として機能していないのが、マゾヒスト操縦の問題点かもしれない。
「……とにかく、こんなので彼らは納得するのかい?」
「これくらいの困難を乗り越えてくれないと、シナリオが転がっていかない。ここは手出し無用で、くっつくのを期待するわ」
遠目から二人を眺めると、二人してお互いのスマホを見せ合い、「じゃあしょうがないよね。知らない仲じゃないしね」という雰囲気が醸成された。
そのまま、手は繋がないまでも、アベックな雰囲気を垂れ流し始めた。
「ほら、成功よっ。そうと決まれば……」
たっぷり貯めて、
「尾行よッ」
はあ、と代官山のため息。
「それがやりたかっただけじゃないか……」
「お黙りっ。口答えするとどうなるか……」
ムチを顔面の前でピシっと鳴らす。
するとパプロフの犬よろしく、代官山の下半身がテントをおっ勃て始めたので、
「……やっぱ止めた」
「ええ~っ。生殺しは勘弁してくれよ~」
「うるさい、とにかく尾行なのよっ。ほら、走った走ったッ」
不満げな代官山をアベックにけしかける。私はこの暖房の利いた部屋で、のんびりと報告を待つとする。安楽椅子探偵だ。
ふと窓の外を見やると、二人が死角に入りそう。
「ああほら、見失いそうよ。さっさと急ぎなさいっ」
仕方がないので、ムチを打つ。馬じゃあないんだから、そんなんで興奮するなよなと思うが、
「はひぃ! 喜んでェ!」
この上ない速さで代官山が疾けて行った。
――馬よりも扱いが楽かもしれない。
☆
ホテルの一室に、続々と連絡が入る。
「二人が肉まんを食べている」
「二人がアイスクリームを食べている。寒いのに!」
「二人がタピオカを食べている。まだ有ったんだ!」
「二人が唐揚げを食べている。あそこ、タピオカ屋から鞍替えしたばかりではなかったかな?」
食べすぎでは、という野暮なツッコミは置いておいて。
「どうやらタピオカは二人で一つのタピオカを分け合っているみたいね。ストローが太すぎて食べづらそうなことこの上なさそうだけど、なかなか仲睦まじいじゃないのよ」
好感度を一日で上げて貰わなくてはならないのだが、果たして結構上手くやってるらしい。
「映画館に入った。早速ポップコーンの列に並んだ」
「よし、そこから別動隊を向かわせるから一旦休んでよしっ」
「ちょっと僕も見たかったから、入ります。金ローで同じ監督の作品が放送されていたので」
「了解。まんまと手法に引っかかってんじゃないわよっ、このマヌケッ」
「ピッ」という電子音とともに、交信終了。映画館では携帯の電源はオフにしないといけないからね。
ふう、と一瞬椅子に深く腰掛けるが、すぐにばっと身を起こす。休んでいるヒマはない。この二時間で、畳みかけるように手を打たなければならないからだ。
実のところ、今日一日で好感度を上げることに注力してもよかったが、なんと言っても、こっちにはカジノで貯めた金がある。お二人には、金に糸目をつけずに早い所くっついて貰うに越したことはない。
スマホを取り、別動隊に連絡する。
「あーもしもし。こちらコールサインウルズ2。各隊はそれぞれ配置につき、速やかに目標を施設に誘導すること」
「「「了解!」」」
深く息をつき、こんどこそしばしの休息。
――映画、私も見たかったなあ。
☆
けたたましい携帯電話の音で目を覚ます。
「もしもし、こちらウルズ1」
「こちらウルズ6。映画、思ったよりイマイチだった。絵はきれいだけれど、現実と非現実の境界がイマイチで、まだまだジブリの感動には劣るかな」
「それには同意しかねるけれど――」
今ここでポスト宮崎駿の議論を展開するつもりはない。
「――で、目標は?」
「予定通り、パンフレットを買っている。解散の雰囲気が若干出ているが、大丈夫か?」
「大丈夫、予定通りよ。感想戦がどこかであるはずだから、即解散の心配はないでしょう。あなたはそのまま陰ながら見守りなさい」
「了解。健闘を祈る」
ピ、と通話を切る。
ここまでは完全に予定通りだ。別にこちらが手を貸すまでもない。もともとその気があった二人だ。手なりで上手くいくだろうとは思っていた。
しかし、ここからは違う。手なりでは成しえないところまで話を進めなければ、勝利とは言えまい。
上着を颯爽と羽織、階下へと向かう。一応、この目で二人の動向を確認したい。
やはり二人は小洒落たカフェで感想戦をしていて、どうやらそれも終わったようだった。
店から出た二人を遠巻きに観察する。どうやら、駅の方へと向かうらしい。
スマホに指令を発する。
「ゲーボ7と8は、地下鉄の8番出入り口の前で作戦アルファを展開しなさい」
「「了解」」
店から出た二人を追う。雰囲気から見るに、とうとう解散らしい。腕時計に視線を落とすと、午後9時。
――さあお遊びはここまでだ。逆転ファイターが躍動するわよ。
双眼鏡の視線の先で、二人のヤクザ屋さんの間で「ドンッ」という鈍い音が飛び、
「おうおうおうおう、お前どこに目付けてんだよッ!」
「ああん、誰に向かって口利いとんねんこのガキがッ!」
クリスマスの幸せムードは、一瞬にしてヤクザ屋さん同士の一触即発ムードに書き換えられる。
「随分偉そうな口利いてくれるじゃねえか。どこの誰だっつうんだよ」
金髪の大男が一歩前に出る。
「言わなわからんのかいこのガキがっ。ワシらをどこの組のもんと思とんねんワレェ!」
少し背の低い筋骨隆々のスキンヘッドが関西弁で答える。夜の繁華街にサングラス、どうみてもその筋の人である。
こうなるともうどうにも止まらない。喧騒が広がり、人々が徐々にその場から去っていく。
もちろん、香織と田端も例外ではない。
「ちょっと、これ危ないんじゃない? 一旦別のところに避難しようよ」
「そ、そうだね。入口は別にあるようだし」
二人はそそくさと、目を付けられないように距離を取っていくが、
「何見とんねんワレェ。さっさと去ねッ!」
とスキンヘッドが一喝。群衆が蜘蛛の子を散らすようにワッと駆ける。
その中に二人の姿を見届け、金髪がスマホを取り出す。
「こちら、ゲーボ7。任務完了。ターゲットは南の繁華街に戻りました」
「こちらウルズ1。了解した。ゲーボ3チーム、4チーム、5チーム、6チームは所定の位置で作戦ベータを展開。ゲーボ7、8は最終目的地前に移動」
「ゲーボ7、了解」
「ゲーボ8、了解」
「ゲーボ3以下、了解」
「各自、健闘を祈る。交信終わり」
スマホを切り、散った蜘蛛の子の中から田端と香織の様子を見る。確かに繁華街に向かったようだ。
こちらも後を追う。
☆
さて、逃げた田端と香織であるが、あっちに逃げれば、
「どこに目え付けてんねんゴラア!」
「ナメとんかいゴラア!」
とヤクザ屋さん同士がまたいがみ合っていたり、またこっちに逃げれば、
「120分2000円ぽっきり!! お通しなし! どうですかー」
と客引きの執拗な勧誘にあったり、路地で一息つこうものなら、
「……アイス一袋、3万円。二人分なら5万円にしておくよ」
と顔色の悪い売人がいたり。
もちろん、全て私の差し金だ。
そして布袋のギターのような街をあっちに行ったりこっちに行ったり、気づけばいかにもなホテル街に二人は迷い込んでいる。
「……どうする?」
香織が田端に尋ねる。右を見れば、出るわ出るわの愚連隊。鉄パイプが標準装備でおまけにチェーンもついている、そんなろくでなしブルース的な方々。間違いなく、裏路地で出会いたくない集団ナンバーワン。
「いや、どうするって言っても……」
答えつつ田端が左を見れば、これから抗争どうでしょう、といった出で立ちでしょうかという様子のヤクザ屋さん一家。ファッションを指示したつもりはないが、白いスーツはどこで買っているんだろうか。こっちも間違いなく、繁華街で出会いたくない集団ナンバーワン。
ナンバーワン同士がかち合うとき、そこでは真のナンバーワンが決まる。その真ん中にいるのが、ラブラブリーなカップル、という図式。
「さて、お二人はどうするのかしらね……?」
と、二人を先回りしたラブホの上階から見下ろす。ちなみに、窓がないので非常階段から双眼鏡。
眼下の彼らは、まだまだ煮え切らない様子。
「でも……ねえ?」と田端が言えば、「うーん」と香織が答える。
二人の正面には堂々と煌々とした看板。どギツい原色に「ご休憩、2時間3000円から~。クリスマス記念で半額サービス中!」の文字。
クリスマスでラブホが安くなる不可解な経済学は私の指金であるが、それはさておき、ちょっと二人で入るのは気が引ける様子の田端。
――男だろ、ガツんといっちゃえよっ。
よくよく見てみると、香織はまんざらでもない表情。ところが田端は踏ん切りがつかない様子……このフニャチン!
あまりに香織がかわいそうかつ、業がもう煮えた。
スマホに向かって、
「総員、突撃ィ~!」
号令をかけると、双方の集団が唸り声をあげて突撃を始める。天下分け目の関ヶ原が、今このラブホテルの前で開催されようとしている。
「わぁっ、とりあえず、もう入っちゃおうよっ。危ないしッ!」
香織が田端の手を掴んで、なし崩し的にホテルに引きずり込む。
双眼鏡でよくよく表情を見てみると、恐怖心は微塵もなく、ラッキークッキー八代亜紀的な表情。
「――女狐の方がしたたかね!」
二時間後。たっぷり休憩を取った二人がホテルから出てくるところを、ばっちり激写。
――腕なんか組んじゃって、もう、お楽しみでしたね!
☆
翌日、期末テストの返却日。
クリスマスの気分はさておいて、次々と返却されるテストに一喜一憂する生徒。もちろん、私は一喜一憂しない。高校生のテストなど一蹴できる……が、全科目満点とか取って悪目立ちするのは得策ではない。狙って平均点の近い所に落ち着ける。本人の日記を見るに、得意科目も不得意科目もそれほどバラツキがなかったので、無難に落とし込むのがこの場合の正解だ。
「さーて、マコトちゃんの出来栄えはどうでしたか?」
私のテストをひらりとひったくる香織。傍から見ていても、見目麗しい女子高生同士のやり取りは微笑ましいだろうし、それをやっている自分も超楽しい。百合、最高ッ!
「……毎度面白みがない点数ばっかり取るわねアナタ」
机上にテストが返ってくる。こういうタイミングでウケはいらない。私はそういうキャラクターではないのだ。
「そういうアンタはどうなのよ」
お返しっ、とばかりにテストをひったくる。
「あ、やめなさいよちょっとなにすんのよバカー!」
社会のテストを見る。平均点の半分くらい……かな。
「ちょっとっ!」
英語のテストを奪う。点数から察するに、茶魔語の勉強をしていたのだと思うしかない。
「もうッ」
数学のテスト。下一桁は平均点よりも高い。高いほうの桁は存在しないのが大問題。
三枚のテストをまとめて返す。無言で。
「ええと……他のも見る? もうちょっと良いんだけど」
バツが悪そうに香織が聞いてくる。
「いらない」
漫画とかゲームの七不思議の一つで、なぜここまで学力が乖離した人間が同じ高校にいるのかというところがある。要すれば、桜木花道と木暮公延が同じ学校にいるのはおかしい理論だ。
なんにせよ、ここまでアホだと人生楽しいだろうな。
「アンタ毎日楽しそうね」
独り言に近かったが、香織イヤーは地獄耳だったようで。
「そう、実は毎日楽しいのよ!」
とのたまった。
じゃあものはついでと、
「もしかして、ゆうべはお楽しみでしたね?」
カマをかける、もとい事実を元に的確に突っ込むと、
「……マコトアイなら透視力?」
驚いたような顔。
まあ、悪魔の力(金)は身につけたんだけど。
曰く、最近彼氏が出来た。お相手は田端くん。アンタクリスマス来てくれなくてむしろ良かったわ。ラッキーチャンスでしたわ。そんでもって、なんだかんだありまして、
「流れで、彼とCまで行きました。Cまでスムースでした」
「それはE気持ちだったでしょうね?」
「ついてこいよと言われたもので……。初めて本気の恋だよとも言われました」
「言い訳なんて汚いぜっ」
とにかく、こうなれば噂は光の速さより速い。五反田の耳にもすぐ入ったようで、帰り道で私が楽しそうに走り寄るのを受け入れてくれた。
つまりは、見事恋の障害の排除に成功したのである。これで最大のライバルを始末できたので、あとは来年の春までにゲッチューまごころするだけで、任務完了だ。来年の春まで、というのは新学期になると謎の転校生とかかわいい新入生とかが出てきて大変面倒なことになりがちなので、それまでに片を付けておくべき、という少女漫画知識の活用した結果のタイムラインだ。
ここからは好感度を上げるだけ。ラストスパートに入る。
とその前に、悪い虫がいないかだけ最終チェックをする必要がある。何の気なしな風を装って、喋り出す。
「ところで、ナオトはクリスマス何してた?」
ピクっと一瞬肩が震える。やましいことをしていたのか?
「いやあの、実は中学の先輩に呼び出されて――」
キャーっ、不潔! これだから男って嫌いなのよ――という意思表明として背中をベシベシ叩く。
「いや、男の先輩だっての――で、呼び出された先にうようよチンピラがいて。なんでも極道と抗争をやるってワケわかんなかったんだけど、先頭のリーダーっぽい人がいきなり雄たけび上げて、そしたら向かい側でもヤクザ屋さんみたいな集団がいて、そっちもそっちで大声上げて突進してきてさ。結局、先頭がかちあったところで握手して終わったらしいけど……ととにかく、全然いいこと無かったよ。日当出るらしいけど――ってオイッ」
五反田が話終わる頃には、もう涙そうそうで抱き着いていた。
「申し訳ない――生涯一度しかない高校二年生のクリスマスをワケの分からないことに消費させてしまって……」
慌てふためく五反田。
「いやっ、別にそんなマコトのせいじゃ全然なくって、誘う相手もいなかったし……」
はい、身元がクリーンな確認いただきました。しかし攻撃の手を緩めてはいけない。
「ゴメンね……香織と遊びに行く予定を先に立てちゃって。お詫びってワケじゃないんだけど、初詣、いかない?」
できる女は、ピンチをチャンスに変える。奇襲ってのは2回続けるからこそ奇襲になるんだ。抱き着いただけでは終わらない。
「うんまあ、いいけど……」
勢いに飲まれてかどうかは分からないが、五反田は了承。
「よかったっ、ありがとう!」
とびきりの笑顔で返事。
「うん、まあ……」
夕日に照らされていても分かる、頬の染まり。こんな初心な男を、策略を持って落とすのは若干気が引けるが、むしろ天然で諸々展開している少女漫画の登場人物こそ、危ないだろう。分かってやっている方が誠実だ。
抱き着いたまま帰るわけにもいかないので、手を組むくらいで勘弁しておいてやる。このペースで好感度を上げて、絶対に三月までに落とすぞっと、夕日に向かってそう決意する、そんな12月末日。
☆
後日、五反田の元にクリスマスの日当が送られてきた。五反田が封を開けると、
「こんなに!?」
なんと驚きの5万円。エキストラにしては、破格の金額。
無論、送り主は私その人。カジノでバカ勝ちした資金はまだまだ潤沢にあるので、当人にとっては痛くもかゆくもないのだ。これを活用して、「早く私を落としてね!」というメッセージも、もちろん込めたのだけれど、気づいてくれたかしら。
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