第13話
「おっはよ!」
12月の冬晴の朝、五反田の家の前でインターホンを押す。
これまで、女鬼軍曹や地獄のSM嬢など不名誉な渾名を拝命していたが、花丸元気印な牧野つくしなキャラクターが私の設定だった。それを活かさない手はない。ただし、間違っても「セックスしよ!」という明後日――アフリカ方向――の元気ではない。どちらかというと、「雨は夜更け過ぎにJRにて待つ」的な清純派の元気が求められている。ラッピングでもしてプレゼントでも持っていけばよかったか。いやしかし作戦初日でいくらなんでも――、
「……おはよう」
扉を開けて、出てきたのは寝ぼけ眼の五反田。なんだか不満そうだ。
「学校、行こっ」
それでもめげずに愛嬌を振りまくケナゲな私。
「……まあいいけど」
なんだよ、美少女が付き添ってやるというのに何が不満なのだ。
しかしとりあえず行動あるのみだ。右手で五反田の手を取り、つないでアツアツのカップルぶりをまずは既成事実として構築したかった。が、無情にも手は振りほどかれた。
「なんでよ、いいじゃない。減るもんじゃないしっ」
「バカ、香織が見てたらどうするんだよ。あいつ、結構嫉妬深いんだぞ」
香織? ええと……ああ、あのチュートリアルに出てきた娘か。しばらく出番がなかったので忘れていた。
「香織がどうかしたって?」
仕方なく手をつなぐのは諦めて、並んで駅まで向かう。初々しい高校生のカップルな距離感として適切だろう。
「いやさ、最近結構香織といっしょにいることが多くてさ」
なるほど。確かに五反田とはご無沙汰していた。ある時は鬼軍曹、またある時はSM嬢では、このジャニーズ青年のお相手をする時間は確かになかった。
「例えば、田端とお前を尾行した時あっただろ?」
「尾行って……白状しちゃうのね」
「いや、その」
図星を突かれて慌てるジャニーズ。それでもイケメンだ。やっぱり本命はどう考えてもこっちだったな。
うーん、と頭を捻って言い訳を思いついたようで、
「――そう、あれはデート、デートだったんだよっ。尾行じゃなくてさ。いやァ、俺も香織につき合わされちゃってさ、困ったもんだよタハハ――痛ぇっ」
無言でカバンを振り下ろす。嫉妬心が頭をもたげた――という訳ではない、お約束を履行したまでだ。
おーイタタ、と頭をさすりながら、
「いや、とにかくさ。そういう事が何度かあってさ、香織と良く会うよううになって、そのうち尾行――じゃなかった、なんでもないのに会うようになってさ、なんか気付いたらそういう関係、ってワケよ」
「ワケよ、じゃないでしょっ」
再び鞄を振り下ろす。
「痛ぇよっ」
「なによ、もう知らないっ」
ぷんぷん、と鞄をぶん回しながら一人で登校する。もちろん、ポーズである。そんなことでいちいちカッカしていては、主人公は務まらない。冷静に、好感度を上げる選択肢を撮り続けることが大事なのだ。頭は冷静に、股間は熱く。これがギャルゲ攻略のコツである。この場合は、「怒って見せる」という選択肢が最良だ。
しかし、あの泥棒猫をさっさと始末しないと、なかなかフラグが立たない。面倒なことをしてくれたな……許すまじ、女狐!
☆
とは言っても、女性社会でムラハチは致命傷なので、表面的には仲良くやっていくべきである。
そんなわけで、お昼休みはウキウキで香織と卓を囲む。仲良しこよしが楽しい学校生活のコツである。
そして宴もたけなわ、といったところで、
「なによ香織、水臭いじゃない。ナオトともう出来てるんだって? Aはした? Bまで行った? それとも、もうCも済ませちゃったりして……」
キャーっ、と自分の言った言葉で悲鳴を上げる。
「オバン臭い……というか、オジンっぽい?」
異星人を見るような目でこちらを見つめる。気にすんな。こっちの中身は懐古主義のおっさんだ。
ごほん、と咳払いをして、
「まあまあそれはいいじゃない。とにかく、ナオトとどこまで行ったのよ」
香織が嫌そうな、しかしまんざらでもなさそうな顔をする。
「いやそんな、何回か二人で出歩いただけよ~。そのうち一回なんかアンタの尾行じゃない」
「でもでも、やっぱりデートの後にはほら、そういうの、あるじゃない?」
「そういうのって?」
「ほら……ホテル街とか」
いやいやいや、と香織大きく頭を振り、大きなため息。
「ねえ、やっぱり頭打ったの、全然戻ってきてないんじゃない? 発想が大体おっさんのそれよ? 女子高生がデートの後ラブホ直行って、そんなことあるわけないじゃない」
「でも、デートに誘われてバージンじゃつまらないわけじゃない? パパやママは明日の外泊知らないわけじゃない?」
「ちょっぴり怖いけど……ってバカっ。貞操観念イカレてるのよ、あんた。こっちはキスより先に進めないどころか、キスもままならないんだから」
もうっ、とむくれた表情。
ふふふ香織よ、まだまだ若いな。Hの後にIがあるんだよ。とにかくAも済ませていないのには驚いた。要すれば、そんなに話は進行していない。一安心である。
とすれば、さっさとこの女狐を本命から引きはがす作業を、五反田の好感度を上げる作業と並行して行わなくてはならない。
そのためには、当て馬が必要だ。
「あなた、田端クンはもういいの? ぞっこんだったじゃない」
当て馬筆頭候補との最近の情事……もとい、事情を聞いておく。
「ああ、田端クンは……」
ぼうっと宙を見上げて、目線を戻して一言。
「アンタこそどうなのよ。田端クンとデートしていたんじゃなくって?」
Oh、失敗……。虎の尾を踏んだか。
「アンタねえ、あっちにカマかけこっちにカマかけ、こっちはいい迷惑なのよっ。大体ねえ――」
くどくどと女子高生からの説教が続く。ここで止めさせては禍根が残るので、とりあえず言わせたいだけ言わせておく。シュンとしたフリをして、キャッサバの粉を丸めたものをぶくぶくと啜る。
「――ねえ、聞いてんのっ」
「あ、ウン聞いてるよ……亜空間殺法の話でしょ?」
「流れ変わってるから、それ。もう、全然聞いてないじゃない。田端クンはともかくとして、代官山さんはどうなったのよ?」
「ああ、そのことね」
ふうむ、と考え込むフリをして、視線を床に落とす。
「ここにいるわよ」
「え、どこ?」
「だから、ここ」
指で机の下を指さす。怪訝そうな顔をして、机の下に顔を入れると、そこには、
「はーい、ハニー。でも今日は代官山じゃなくって、椅子って呼んで欲しいな」
「ええ……」
香織、ドン引き。しかしその視線すらもご褒美なようで、一瞬椅子が身震いする。
「こら、椅子の分際で感じてるんじゃないわよ、このxxx!」
ケツを平手で叩くと、二度、いい音がした。ケツからと、椅子の口からである。もちろん、香織は引き続きドン引き。やっぱり真正マゾヒストが世の中に受け入れられるのは当分先らしい。でも、本人がいいならいいじゃんね? 最近この椅子も成績も上がってるらしいし。
予冷のチャイムが鳴ったので、
「じゃあ、そろそろ教室に戻らないとね」
席を立つ。香織もつられて席を立つ。私の席も立った。
「こら、椅子が立つんじゃないよッ」
礼の高級なムチを取り出し、元椅子、現人間を打ち付ける。
「あひィ、失礼しましたァ! それでは教室でお待ち致しますゥ!」
そう言い残して、元椅子現人間は、再び椅子になるべく教室に駆けていった。
「……もしかして、教室でもアレに座ってるワケ?」
「うん。三年生はもう授業ないから大丈夫なんでしょ」
受験間近なので、三年生の授業は自由選択なのだが、
「いや、そういうことじゃないでしょ……」
「本人の希望だし、断るわけにはいかないじゃない」
「うーん、そういうモン、なのか……?」
トレイを持って考え込む香織。
「もう、授業送れるよ。ほらっ」
「ああそうね、うん。まあ、本人がいいって言うならねぇ……」
「ねっ。いいんだってばそんなこと気にしなくて」
実際のところ、「ねっ」で済む話ではないのだが、こっちとしても金を貰っているので仕方がない。人間椅子、座り心地もいいしね。ちょっと暖かいし。
しかしこれで明らかになった。香織はまだまだ田端に未練がある。ちょっと手が空いたので恋愛ごっこに五反田を突き合わせていただけなのだ。恋に恋して恋気分な女子高生を、元サヤに収めるのはそんなに難しいことではない。
☆
ところがどっこい、朴念仁の行動をコントロールするのは存外に難しいことを知ることとなった。
放課後、いつもの通り鬼軍曹をしようとグラウンドに出かけ、
「さあ、今日も野球するわよっ」
とノックの雨を降らせていた。これはもう、指導でもなんでもなくストレス解消。
血の涙でグラウンドが赤く染まったところで満足して一息ついていると、さわやかな顔で田端が現れた。
なんだよ、シゴキが足りねえってのかよし分かった貴様には特別訓練を受けさせてやろうとメンチを切――らなかった、危ない。そんなことをしている場合ではない。
「あら、キャプテン。延長戦のお願いかしらん?」
喋る内容に若干の物騒さはあるかもしれないが、にこやかに挨拶。
いやいや特段そんなことはないんだけれど、とやんわりと拒否した田端は、
「ねえ、マコトさん。最近忙しそうだけど……クリスマスの予定、どうかな? もしよければウチに招待したいのだけれど……」
あ、呆れた! こっちは足しげく一か月も代官山家に通っていて、とっくに縁が切れたと思っていたのに、まだ彼氏気取りでいやがる。別れた恋人に未練があるのは男の方、とはよく言われるが、典型的なソレだ。いや、そもそも別れたとも思っていないかもしれない。
「そうねえ……」
そう言いながらノックバットを構え、「イヤーッ!」と一閃。立ち上がろうとしていた内野手を狙撃する。「グワーッ!」という悲鳴とグラウンドに倒れ込む音が背中でこだま。
断るのは簡単だ。まったりとしていてそれでいてしつこくないのがこの男のいいところである。断れば、引き下がってくれるだろう。
しかしこのチャンス、最大限に活かす良い手を思いついた。チャンスは最大限に活かす、それが私の主義だ。
「空いてるわよ」
「ええっ、本当かい?」
おいおい、誘った本人が驚くなって。マスオさんかよ。
「でも……お家デートっていうのはナシね。ちょっと気が早すぎるような気がするから」
ふーむ、と考え込むフリをして、
「まあ街でブラついてから考えましょう。じゃあ、17時に隣町の駅前でいい? 銀玉の前」
「いや、是非とも。うん、そうだね。ちょっと気が早すぎたね。まずは町をブラブラと歩いてから考えよう」
うん、そうだそうだと合点がいったような、あるいは混乱しているようなで、わははははと笑いながら守備位置に戻っていく。
「よっしゃーっ、来いッ」
――あーあ、男って単純ね。
☆
もちろん、マトモにデートなんかするわけがない。
「香織、クリスマス空いてる~?」
翌日の昼休み、早速報告。
「うーんと……」
システム手帳(をぱらぱらとめくる動きを見せる。これはアレだ。予定表を見ているわけではなく、ピンクのかわいい手帳を見せるための動き。スマホでええやろがい。
「まだ今のところ予定ないかな」
わかってんでしょそんなこと。だって女子だぜ? クリスマスの予定なんか空で言えるでしょうに――という批評はぐっと呑み込む。かまととぶりやがって。
しかし朗報である。五反田の動きが遅くてよかった。というか、単純にシャイボーイなのか。甲斐性無しに乾杯。
「よかったっ。私もヒマなんだけど、デートしない? クリスマスに」
実際、女子同士のデートはしたい。百合百合したいというその気持ちは本物だ。だからその気持ちを大切にして、
「ねえ、お願~い」
と上目遣いでオ・ネ・ガ・イ。
「そうねえ……いいわよ。どこに行くの?」
YESッ、そうこなくっちゃ。心の中でガッツポーズ。スーパーインカムがなくたって、真摯にお願いすればなんとかなる。
「ありがとうっ。そうね、まずは銀玉に17時集合で、そのあとは街をブラついて……」
しかしこの計画が実際に行われることはなかった。
続くクリスマス、大崎マコトは待ち合わせ場所にはウソのように現れなかった。
……いや、実際ウソなんだけどね。
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