第11話

 翌日から私の猛攻は始まった。もはややけくそと言われても弁解の余地はない。

「狙うはただ一つ、玉の輿よ!」と香織に宣言する。別段宣言の必要は何が、言葉には言霊というものがある。

「ハア~? アンタ、何言ってんのよ~」

 二限と三限の間の休み時間、抹茶オレをストローで吸いながらの、眠気眼の返事。

「わたし色々考えたのよ。恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃないって。これからは将来のことを考えなきゃいけないって、ようやく分かったの。そして目が覚めた」グっと拳に力を込めて、

「お金で愛は買えるのよ!」

「それがこの前まで学園のイケメン二人を侍らしていた女のセリフかねェ」

「うっ」返答に困る。確かに学園のイケメンの寵愛をここ数日受けていたことは否定しない。しかしそれは正当な対価――彼らの下心を操るという高度なテクニックの――ではないだろうか。

「君たちがキャーキャーと彼らを囲っていた間、私はせっせと彼らの気を引くために努力をしていたのだよ。ギャップ萌えとか意外性、その他諸々の手法。あなたたちに――それができてよ?」

「うるさいわねぇ。結果しか見ないのよ。アンタが男侍らせてたのは事実で、それがあいつらの気に障ってるのも事実。それをまず認めてもらわないと困るのよ。そんでもって、私を巻き込まないでちょうだいな」

 アゴで教室後方の扉を指す。見やると、筋骨隆々のお供を引き連れて、ファンクラブの方々がずらり。袖を切り裂いてタンクトップにしている女子高生は流石に初めて見たな。時はまさに世紀末なのか。澱んだ校舎の隅で僕らは出会ったよ。

「この教室に、大崎マコトというものはおるかっ」

 タンクトップの一人が叫んだので、

「いかにも私が大崎マコト。しかし人の所在を尋ねんとするとき、まずは自ら仁義を切るのが筋ではないか。恥を知り給えっ」

 凛として応戦する。立ち上がった私とタンクトップの目線に火花が散り、そして拳と拳がセッションしようとせんところで、

「おやめっ」

 タンクトップの脇、小柄な縦ロールがこれも凛と宣言する。ひと目みただけで分かる。コイツがボスだ。

「自分より発します。お控えください」と殊勝だ。そう言われるとこちらも、

「お控えください。こちらが若輩故、お控えください」

「当方よりお伺いしております。お控えください」

「再三のお言葉、逆意とは心得ますが、手前、これにて控えさせていただきます」

「早速お控え下すって有難う御座います。手前、粗忽物故、前後間違えましたる節はまっぴらご容赦願います……」

 ノリノリで仁義を切り始めた縦ロールは、要すれば五反田ファンクラブの二代目であること。全く、足が痺れちゃったよ。

 して、両者顔を上げたところで、

「で、代官山ファンクラブの新会長の武者小路美麗様がなんの御用で?」

 縦ロールが立派な会長に尋ねる。

「美麗でよくってよ」そう言って、髪をふぁさっとかき上げる。長い金髪が揺れた。

「五反田親衛隊の会長から言伝がありましてね。『大崎マコト』に気を付けろ、と。あいつは災いを生む。悪の芽は早めに摘むべし……とね!」

 後ろに控える助さん的女子高生が、指をボキボキと鳴らす。ビジュアル的に圧迫感があるのは否めない。どこかで見たことがあるようなビジュアルだけれども、ええと――。

「あ、その後ろの助さん、五反田親衛隊の豆タンじゃないか。鞍替えかよ?」

 助さんこと豆タンに突っかかる。が、答えたのは美麗。

「だから言ったじゃありませんか。五反田親衛隊の会長から言伝を賜ったと。その際に、親衛隊も譲り受けたんですよの。なにせ、会長は私の姉ですからね。助さんは代々受け継いでおりますのよ」

 なるほど。よくわからんが、とにかくそういうことなのだろう。

「その姉は、もう親衛隊をやらなくていいのか?」

 その瞬間、ちょっと苦々しい顔の美麗。

「お姉さまは――ちょっと成績が芳しくなくて、その……学校の方から籍を外れるようにというか、ダブるか退くかの二択をせまられまして――」

 ああ~、いるよね、そういう活動をし過ぎて成績がすんごいことになる人。お嬢様でもいるんだ、そういう人。

「――わかったわかった。皆までいうな。武士の情けだ。そっちの助さん角さんは成績は大丈夫なのか?」

 お付きの人の心配もしてあげる。なにせ、親玉がそういう活動に従事していたのだ。部下も大変だろう。

「あ、この人たちはいいんですの。もう何回かダブってるので、今さら増えたところで……ねえ?」

 そう言って助さん角さんを見やる。女子高生離れした体躯が頷く。

 そりゃあ女子高生も離れるわな。実際離れているわけだし。

「と、とにかく」

 ゴホン、と仕切り直す。

「今日はご挨拶――もとい、先制攻撃に来たってワケね?」

 半歩バックステップ。迎撃の態勢をとるが、

「ノンノン」と美麗が白くて細くて長い魚肉ソーセージのような指を振る。「お姉さまは随分武闘派で鳴らしたらしいわ。ある日はチェーンを振り回しながら、隣町の女子高を襲撃したり。またある時はすっぱ抜かれた週刊誌編集部に特攻をかけたり――」

 それ見たことか。こいつらには血で血を洗う闘争本能があるのだ。私は拳に力を込める。

「ちょっと、何力入れているのよ。今のは先代の話ですわよ。私はそういう先代の思想こそ受け継ぎますけれども、暴力に訴えるのは是としませんのよ?」

 助さん角さんを従えて何を言うとんじゃ、と反論しようとすると、

「今日は友好の証。ご挨拶に訪れただけですわ。そういう宣言だと受け取って欲しいのだけれども……」

 高飛車な目つきは変わらないが、どこはかとなく本心のようにも思える。

 私の思考は、このファンクラブをどう使うかというとこに飛んでいる。

 田端も五反田もダメな以上、もはや消去法として代官山しかない。しかし、季節はもう秋も過ぎゆく頃合いで、果たして正攻法でこのボンボンを落とせるのかどうかが非常に疑問符である。だって牧野つくしでも一年くらいかかってるんだぜ?

 ということで、こいつらは味方に付けるより他はない。

 がっ、と美麗の手を掴むと、

「ありがとうッ。いやもうホントに嬉しい! やっぱり代官山様ってこう、神々しくってオーラがある、って感じ? 生まれついての貴族階級ってやっぱりいるんだな、って私初めてお見かけしたときからそう思っていたのよ。代官山様を一目見た後は、他の男どもなどはゴミクズ、月と産業廃棄物ほどの差分がありますわよね? ね!?」

 勢いに任せて、に抱きつく。

「な、なにも私たちはそこまでは言っていないけれど……」

「いや、私たちは志が同じ仲間じゃない! ファンクラブっていう形態は理解できないけれど、価値観は同じよ! そうよね? ね!?」

 美麗が平手でパンパンと背中を力なく叩く。

「ロ、ロープッ……」

 ほいさ! とばかりにギュッと締め上げる。少し小柄な美麗は「ばたんきゅ~」で、目がバッテン。

「あらあら、お休みになられたご様子で。しかしこの大崎マコト、過去には拘らなくってよ! これからは仲良くやっていきましょっい!」

 拳を天に突き上げ、助さん角さんそのた大勢のファンクラブの皆さまを従えて、

「学校一のお金持ちは~?」

「「「代官山様~!」

「学校一のイケメンは~?」

「「「代官山様~!」

「白馬が似合う高校生と言えば~」

「「「代官山様~!」」」

 よく訓練された兵隊共に、

「それではご唱和願います。一、二、三」

「「「ダァ~!」」」

 見よ、この教室を包み込むグルーヴ感。天に劈く乙女の咆哮を、君は見たか聞いたか知ったか。

「「「みっさっわっ! みっさっわっ! みっさっわっ…」」」

 天のスパルタンXに届け、この重い。これが私達のアンセムよ。


 腕の中でぐったりとしている美麗はさておき、彼女たちとはいい関係を築けたハズである。代官山を攻略せんとするときに、大きな障害になろうかというファンクラブの存在を、ここで無力化できたのは大きい。一般の生徒は烏合の衆なので、親玉さえ押さえてしまえばどうとでもなる。

 学年のアイドルをオトすにあたり、ファンクラブやその他大勢のファン共の掃除は大きな課題になる、と狙いを定めたときに気付いていた。

 正攻法で行けば、代官山の攻略ルートは次のようになるはずだ。


 まず、ファースト・インプレッション――これは偶然、あるいは偶然にほど近い状況でなくてはならない――で、「他の女とは違うぞ感」を出す必要がある。

 要すれば、イケメンの金持ちはワーワーキャーキャー言われ慣れているので、自分に振り向かない女に興味が湧く、という寸法だ。古今東西手垢でべったべたの手法だが、まず有効だろう。ちなみにここの部分は、食堂の邂逅により、序盤でクリアしている。

 そして、ひょんなこと――例えば、日直が一緒だとか、委員会が同じだとか――で、少し会話する機会を得る。そこで、やはり「あんたなんか興味ないわよ感」を出す。ベストなのは向こうから「俺の女にしてやる」と言われることだが、そこは能動的にはどうにもならない分野なので深追いはしない。間違っても、コイツと付き合いたいなんて微塵も気配を出さないのがミソだ。

 そうして何度か二人だけの空間を、偶然――に見せかけた意図的な――何回かこなすことで、ファンクラブに目を付けられる。

「あんた、貧乏人の分際で代官山様に近づこうなんて、百万光年はやいんだよ!」

 この言葉とともに、机に落書きがしてあったり、あるいはトイレの個室で上から水をぶっかけられたりするのがよい。

 そんな古典的ないじめを受けつつ、「でも私負けないから感」を出していると、徐々にいじめがエスカレートしてきて、ボンボンの耳に入る。ボンボンの方は、「ふーん、ま、俺には関係ないけどね」とか言っちゃって、でも気になっちゃって、最終的にはサっと助ける。「コイツ、俺の女だから手を出すなよ」とか言っちゃうタイプの動き。

 そこから助けて貰ったお礼で、ケーキやクッキーを焼いて、実家にお伺いしたところミラクルな豪邸で、彷徨ったところを助けられる……などなど、こうなればもうルートに乗ったようなものだ。何も案ずるところはなく、ゴールに突撃できるだろう。

 しかし、ここで大きな問題がある。そう、最終盤に、ファンクラブの女どもにも公認を貰わなくてはならないのだ。これがなかなか骨なイベントで、公の前でボンボン君に「こいつは俺の女だから!」と改めて宣言してもらわなくてはいけないのだ。前述のその場逃れのコメントだけでは、大衆は納得しない。うっかり付き合っちゃっているのがバレて、もう一度手厳しくいじめられた後で、もう一押しすることで晴れて公認カップルになり、校内でも睦まじく手を繋いでイチャイチャすることが出来るってモンですよ。


   ☆


 そして、私にはそんな段階を踏むような時間は残されていない。二回も「いじめ→俺の女だから」サイクルを繰り返さなければいけないとか、そんな面倒なことは出来ない。様式美は見ている方は楽しいかもしれないが、やっている方は時間がかかってまどろっこしいことこの上ない。私、前戯はそんなにやらなくても直ぐ濡れるタイプなので。

「美麗ちゃん、じゃあね~」

 教室後方からダブリの助さん角さん、その他ファンクラブの一味が大きく手を振る。どうやら彼女たちとは信頼関係を築けたようだ。タンクトップの助さんに米俵のように担がれた美麗の心境は知らないが、これで面倒な工程はすっ飛ばせるはずだ。


   ☆


 それからというものの、私の冬は勉強そっちのけで「いかに代官山の気を引くか」という動きに注力することとなる。

 東に行きつけの店があると聞けば毎日のように通い詰め、サブリミナルの如く彼の視界に入る。西に彼が体育の授業をやっていると聞けば、これもまたさりげなく視界に入るようにする。決してファンクラブのメス猿共と一緒に応援はしない。差別化が図れる女、それが私大崎マコトだ。もちろん彼がゴールを決めた瞬間には、一瞬微笑んだような顔を作るのを忘れない。

 そういったサブリミナル的な積み重ねをした後に、仕上げとして彼の駆る愛馬の「白王号」と交通事故を起こせば――つまりは当たり屋になるのだが――フラグは立つ。

 果たして、初冬。木枯らしが二十号程度を数え始めた頃合いに事件は起こせた。

 その日白王号は若干虫の居所が悪かったようで――毎日のストーキングでそれくらいは分かるようになった――今日がそのXデーになるのではないかと期待していたところ、間抜けなファンクラブ会員が馬の視界の範囲で、ジャンプ傘を大きく開いた。馬が嘶き各馬一斉にスタート! 

 悲鳴が校内に広まる。馬術部があるので校庭を馬が闊歩しているのは珍しくはないが、暴れ馬がいる状況は珍しいと見えて、阿鼻叫喚の一歩手前の状況だ。

 そして第一コーナーのあたり、馬術部員を数人振りほどいて私の元に白王号が突進してくる。

 私は両手を大きく広げ、それを受け入れんとする。

 400キロ対およそ50キロ。どちらが勝つかは少々物理が苦手な生徒でも、結果は導き出せるだろう。。

 地響きを立てて突進してくる白王号。気分はさながらテリーマン、今の私なら新幹線だって止められる気分――だったのだが、毎朝給餌に来る私を見つけてか、白王号は私を見つけると駆けるのをやめ、歩みを緩め、そして目前に迫る頃には止まっているようなスピードで、私に頭を差し出すではないか。

「学園のナウシカ様よ! その者、青き衣を身にまとい金色の野に……」

「いやいや、アレこそは伝説の厩務員! 手に触れた馬皆ダービーを制するという……」

「ウマ娘だ! あいつ絶対課金してやがる!」

 そう我こそはリアルウマ娘――もとい、トレーナーです。ナリタブライアンでもハルウララでもなんでもござれ。でも、ゴールドシップだけは勘弁な。

 おもむろに鞄から取り出したニンジンを馬にやっていると、

「おお、我が白王号よ。そんなところにいたのか」

 王子の風格で、焦りを全く見せずに代官山が到着。愛馬の顔を撫でようとしたところで、

「ム……こら白王号。そんなものを食べちゃあダメじゃないか。昼食はペディグリーチャムと決まっていたじゃないか。こら、離さないか」

 ニンジンを咥えたままいやいやをする白王号。普段犬のエサ食べてるのかよ。気の毒すぎる。哀れな白王号はニンジンを離さない。ぶんぶんと首を振る。

 そしてその目線の先には、

「あれ、そこに見えるは大崎マコトクンじゃないか。うちの白王号がお世話になっているようだね」

 よし、計画通り。早朝から哀れな白王号にニンジンをやり続けた甲斐があるってもんだ。無論、おくびにも出さないが。

「あ、代官山さん。このお馬ちゃん、随分かわいらしいですね」

 馬の頬を撫でながらにこやかに挨拶をする。

「おや、我が白王号を気に入ってくれたかのかい? 実はこの馬はね、バロン西の……」

 そこから延々と自慢話が続くが、的確に相槌を入れる。やっててよかったウマ娘。馬のことなら大体それなりの相槌が打てる。問題は、馬の顔が分からず美少女の顔が瞼に浮かぶことだが、無論全くもって問題ない。

「……で、朝の給餌やら毛づくろいが随分大変であって――」

 ――きた! ここがチャンス。

 そう、私が勉強そっちのけでサブリミナルだけしていたワケではない。鬼のようにノックの雨を降らせつつ、朝は朝でこの馬の様子をニンジンやりつつ伺っていたワケは、この代官山の弱点を探ることだったのだ。

 この代官山、なぜか学校に専用の馬小屋を持っており、毎朝登校後に随分な時間をお馬様に費やしていたのだ。そして、それが彼の負担になり、若干受験勉強も覚束なくなってきている――というのは、彼の定期考査結果や模試の結果をちょっと失敬して見て分かっていた。というか、金持ちなのに推薦じゃないんだね、この人。

「私、実はお馬さんが大好きなんですっ。もしよければ、代官山さんに代わって毎朝お世話したいな、と思っていたんですよっ」

 このアプローチをとることが、性交――もとい、成功への最短経路であると私は信じている。将を射んとする者はまず馬を射よとはまさにこのことで、文字通り馬から射て、彼のハートをゲットプリキュア、というこの寸法。

「おお、そうなのかい。でも、この白王号は大変気難しい馬で、ちょっとやそっとじゃ人には――」

 白王号と私は無言で目を合わせる。そして、白王号が私ににじり寄り、私は再び頬を愛おしそうに撫でる。

「なんと! これは驚いた。白王号が人に懐くとはっ。屋敷の者には誰一人懐いてはいなかったのに……」

「私も驚いちゃって。でも、こんなに可愛いらしいんですもの、是非ともお世話して差し上げたいですわ」

 無論、大してかわいいとも思っていない。ただ、馬にあるまじき粗食をしていた白王号と、毎日ニンジンを持ってくる私の利害が一致しただけだ。存外この馬は頭が良いようで、私の若干ハラグーロな腹の内を見抜いている様子だったが、それでも私にまたにじり寄ってきた。

「こら、くすぐったいんだからっ」

 きゃっきゃうふふを代官山の前で繰り広げる。馬も馬で必至だ。ドッグフードがよほど腹に据えかねているに違いない。

「ううむ……あいわかった! 君に白王号の世話人としての仕事をお願いしようッ」

 馬がヒヒーンといななく。これは、喜びのいななき。


「ちなみに、一つお伺いしてもいいですか?」

「なんだい、マイハニー?」

 戯言は華麗にスルーして、

「あの、先ほど白王号の世話で随分お忙しいと言われていましたが、もし大学入試の勉強でお忙しいのでしたら、推薦制度をお使いになられてはいかがですか?」

 ああ、そのことかと代官山は髪をかき上げ、

「僕はね、実は結構評点が低くて推薦枠に収まれなかったんだよ」

 意外であった。こんな品行方正――とはちょっと違うが、やんごとなき生まれの方の評点が低いということがあるのか。卑しい身分の先生のやっかみだろうか。そうだとしたら、少し同情する。

「それはなぜですか」

「それは――」

 少しもったいつけて、そして、

「いやなに、授業中教室に執事がいるのがおかしいと言われてしまってね。とは言っても、彼はずっと僕に仕えてくれているし、無下にすることもできない。テスト中だけは辞めてくれと言われるが――」

「言われるが?」

「――彼のアドバイスがなければ試験で良い点が取れないじゃないか!」

 ……同情して損した。


 結局、私はウマ娘のトレーナーとしての職を頂ける運びになり、

「じゃあこれ、小屋の鍵。明日から宜しく頼みますね」

 と言い残し、代官山はさっそうと去っていった。馬は私と離れがたいようであったが、

「よしよし分かった。今日のランチはチュールにしよう、それでいいだろう。な?」

 という無慈悲な代官山に連れ去られていった。

 ヒヒーンといななく叫びは、代官山には喜びに聞こえたようだが、私には今度のものは悲しみにのいななきにしか聞こえなかった。愛と悲しみの旅立ちである。馬に同情するようになったら人間おしまいかもしれないが、彼の悲しみを癒すことで、私のえもいわれぬ辛さも少しは和らぐかもしれない。

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