第28話 カントリーロード-28

 放課後、勉強会も終わって絹代は鉄子に声を掛けた。

「じゃあ、あたし、一回帰って差し入れ取ってくるね」

「もう、遅いし、今日はいいだ」

「大丈夫よ。雨も上がったし、自転車で戻ってくるから」

 その横から太田と田口が首を突っ込んだ。

「なぁ、テツ。これからちょっと遊びに行くんだけど、アンタも来ない?」

ふさぎ込んでいる鉄子を見かねていたのだった。

「今からけ?」

「そう。ちょっとだけ、ゲーセン寄るだけだよ」

「んだども、もう遅いだ」

「まだ、こんな時間じゃねえか。なに言ってんだよ」

「いいじゃない、テッちゃん、行ってくれば」

「んだども」

「おい、キヌ。オマエも来いよ」

「え?いいの?」

「いいよいいよ。一緒に来いよ」

「…でも、あたし、差し入れ取りに帰らないと…」

「そんなの後でもいいじゃないか。テツに直接取りに行かせりゃいいんだよ」

「そうね。テッちゃん帰りにうちに寄ってよ。そしたらママも喜ぶし」

「…ん、おら…」

「よし、決まり!行こう行こう」

「テツ、ゲーセン行ったことねえだろ。モグラやワニなんか引っぱたいたらすっきりするよ。こんな天気なんか」

「おら、あんまりお金ないんだ」

「いいよ、可愛い後輩のためだ。おごってやるよ。キヌ、あんたも」

「え?ほんと?」

「ホントホント、おいで!」

 四人は賑やかに出て行った。その光景を見ながら大河内が、

「下校途中でゲームセンターに寄るのは禁止なんだけどな、校則で」と呟くと、

「いいじゃないの、それでテッちゃんが元気になるのなら」と、葵が言った。大河内は、葵のほうを見ながら、そうだねと答えた。


 どんよりとした雲が覆いかぶさっている夕方だった。いつになく薄暗くなった道を大河内と葵は一緒に下校しながら鉄子のことを話していた。

「どうして最近元気がないんだろう」

「天気、だけじゃなさそうね」

「キヌちゃんもよくわからないって言うんだ」

「せっかく、テッちゃんのおかげで楽しい勉強会ができるのにね」

「うん」

 話題が途切れかけたとき、不意に葵が言った。

「大河内君って、最近楽しそう」

「えっ、そうかな?」

「前は、嫌々会長やってたみたいだったけど、最近は楽しんでるみたい」

「そうでもないよ。ただ、前は何もやることがなかったから。ほら、学内行事の時だけじゃない、生徒会が活動するのは。だから、面白くなかったんだ、たぶん」

「そうよね。先生の指示のあるときだけ仕事があったんだもんね」

「それに比べれば今のほうがよっぽど楽しいよ。忙しいけどね」

「でも」葵は遠くを見ながら言った。「この間の、いじめ問題の時の大河内君カッコ良かったわ。あんなにはっきりと先生を非難できるなんて」

「あれは…まぁ、勢いで」

「ね、大河内君」

急に向き直って葵は言った。

「大河内君、あたしのことどう思う?」

「どうって?」

葵はきっと顔を引き締めながら大河内の顔をじっと見つめて、ひと言ひと言確かめるように言った。

「あたしのこと嫌いじゃなかったら、つきあってもらえない?」

大河内は歩を止めて葵の顔を見てそして目を逸らした。

「そんな、急に言われても」

「ごめんなさい。女の子からこんなこと言うの、変かもしれないけど、こないだからずっと…ひっかかってて、言わずにいられなかったの。……だめ?」

しおらしく身をすくめる葵を前に、大河内は言った。

「…ごめん。僕、他に好きな娘がいるんだ」

葵は小さく頷くと、

「そう、それじゃしかたないわ」と言った。その笑顔が爽やかで、大河内は一層辛かった。

「ねぇ、訊いてもいい。その娘、どんな娘?あたしの知ってる娘?」

「…ん」

「誰?」

「それは、ちょっと…」

「教えてもらえないの?」

「うん。…やっぱり」

葵は、少しうなだれたような仕種をすると、顔を上げ、

「今日はお疲れさまでした。さようなら、また、明日」と言って走り去った。大河内はその場に立ち尽くしたまま葵を見送った。見送って、葵の姿が角に消えると、ようやく歩き出すことができた。


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