第18話 カントリーロード-18

 鉄子が学校で生活を始めて一週間が経った。その間、絹代は母に言われるままに時々差し入れを持っていったが、鉄子は全く屈託なくそれを受け入れ、自分で炊いたご飯と味噌汁のおかずにした。その屈託ない笑顔を見ていると、段々と絹代は鉄子と一緒に居たいような気持ちになっていった。

 今日も一旦帰宅した後、差し入れを持って学校に戻った。そして家庭科室の鉄子に運んだ。

「あんりがとう。いつもすまねえな」

「何言ってるのよ。本当なら一緒に暮らしてるはずなのに、こんなことになっちゃったんだもん。気にしなくていいよ」

「んだども、おら、申し訳ないだ。お母さんによろしくな」

「ん。言っとく。あとね、洗濯物があったら出しなさいって」

「んん、大丈夫だ。おら、ちゃんと洗ってる」

そう、と言いながら、屈託なく言ってのける鉄子を見ていると思わず笑いが溢れた。鉄子はそんな絹代に気づいて、

「なんかおかしいか?」と訊ねたが、絹代は、別に、と言いながら、鉄子を見守っていた。

 鉄子が食事の準備をしているのを覗き込みながら絹代は言った。

「楽しそうね」

鉄子はニコニコしながら答えた。

「ん。そんでもねえ。これが、普通なんだ」

「ん、そうね。普通なのよね」

「キヌちゃんは、料理すんの」

「あたし?あたし、ダメ。ホント下手なの」

「んだども、おらよりは上手かろう?」

「全然。いつもママに手伝いなさいって言われて、勉強があるからってごまかしていたの。でも、こうしてテッちゃんが料理しているのを見ていると、楽しそう」

「そんなもんか?ん…おら、こんなことは、毎朝顔洗うのと同じだと思ってるから」

「あたしもここで生活しようかな」

「一緒に寝袋で寝るか?」

「うん。楽しそう」

「んだども、別にキャンプしてるわけでもないだ。楽しいなんて思ったら、楽しくなくなった時、嫌になるだ」

「ふーん、そう。そんなもの、ね」

「おらはこれのほうが普通だってだけだ」

「いいな、テッちゃんは」

「なにが?」

「ん?なにが、って、そういうところが」

「そっか?」

「ん。全然気取らないし、カッコなんか気にしないし、自分の意見をはっきり言う。その上、みんなの人気者だし」

「そうかなぁ?」

「そうよ。誰もテッちゃんをいじめようなんて気にならないわ、あたしと違って」

絹代は目線を遠くに置いたまま続けた。

「あたしなんか、暗くていじいじしてるから」

「キヌちゃん、いじめられてるのか?」

「……ん」

「誰だ、そんなことするやつは」

激昂している鉄子に驚き絹代は言葉を濁した。

「ん……でも、あいては、いじめてるつもりはないんでしょ」

「んだども、キヌちゃんは嫌なんだろ?」

「ん…。でも、いいのいいの。…我慢してるから」

「誰だ?おら、文句言ってやる」

「いいの…」

絹代はすっくと立ち上がり、笑顔を鉄子に向け、

「じゃあ、あたしもお腹空いたから、帰ってご飯食べる。さよなら」

と言って部屋を出て行った。

 残された鉄子はお茶をすすりながら、絹代の出ていった扉を見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る