第14話 カントリーロード-14
絹代が怖れていた数学の時間がやってきた。数学の桜井先生は、にこにこしながらランダムに生徒を指名し、黒板の前に呼び出して宿題の回答を書かせた。最後の問題に鉄子が指名された。鉄子は「すいません、やってきてません」と言いながら立った。先生は、「試しに、やってみなさい」と言って、鉄子を招き問題を解かせた。鉄子は素直に黒板の前に立ち、教科書を片手にうなりながら問題を解き始めた。昨日絹代が手こずった問題の一つだった。まわりの生徒が順番に書き終えて席に戻る中で、鉄子は少しずつ問題の解答を書いていった。そうして教室中が雑談に包まれ始めたころようやく書き終えた。先生は、一つ一つの問題に注釈を入れながら添削していった。そして、鉄子の問題も添削したが、回答は正解だった。
「上杉…鉄子さんね、まぁ正解だね」
その時また感心した声があちこちから上がった。絹代も思わず声を上げそうになった。
自分の回答は間違っていたのだった。ちょっとした計算ミスのせいだったが、絹代はノートを見たまま、もう訂正する気にもならず、次のページをめくった。
昼休み、鉄子は男子と一緒にバレーボールをするために校庭に出ていた。絹代は、古木や西野の会話をぼんやりと聞いていた。窓際から絹代を呼ぶ声が聞こえた。
「ねぇ、絹ちゃん。見てよ」
声の主は朝丘だった。
「ほら、鉄ちゃん、元気に遊んでるわよ」
―――そんなことどうでもいいのよ。
と思いながらも、絹代は愛想笑いを返した。
「絹ちゃんも遊んできたら」
―――あなたが行けばいいわ。
絹代は睨むわけでもなく朝丘を見ていた。朝丘は、今日はひとりでいる。変だなと思いながら、立ち上がって、珍しく、朝丘の近くへ寄った。朝丘は、ほら、と言いながら、鉄子とクラスの男子そして朝丘の取り巻きの女子が遊んでいるところを指さした。鉄子はひときわ元気に見える。絹代はじっと鉄子を見た。
「元気よね。鉄ちゃんて」
朝丘の問い掛けに絹代は静かに頷いた。
「絹ちゃんも行けばいいのに」
「あたしは、運動は嫌いだから」
「遊びじゃない」
絹代は少しむっとして朝丘に言い返した。
「朝丘さんはどうして行かないの?」
「あたしは、今日はダメなの」
あっと思って絹代は悪いことを言ったなと思った。それでも謝ることはできなかった。謝るどころか何も言えなかった。じっと鉄子の方を見て、見つめているふりをしてごまかそうとした。
「絹ちゃんも大変なんじゃないの。あんな子が一緒に住んでると」
「ん…まぁ……」
「全然タイプが違うものね。でもだんだん感化されてきて、そのうちヘビでも追い掛け回したりして」
あっ、まただ、と思ったときはもう逃げ出すことはできなかった。
「最近、絹ちゃん、ちょっと訛ってきてない?」
「…そんなことないよ」
「そう?あたしには、訛ってきてるように思うけど」
朝丘はいつものような小悪魔のような表情になって絹代の様子を伺っていた。絹代は逃げ出すこともできないまま、ぐっと耐えた。
「一緒の部屋で寝起きしてて、一緒に学校通ってたら、ま、無理もないわね。そのうち、おら、なんて言ったりして…」
絹代は何も言えなくなっていた。じっと校庭に目を向けたまま動けなかった。
「そしたらみんなから可愛がってもらえるかもね」
そんなことして欲しくないと思いながらも、どこかほっとしていた。鉄子が訛っていなかったら鉄子はこんなにもみんなに受け入れられないんだと思うと安堵の気持ちが湧いていた。絹代は黙って鉄子を見た。鉄子は子供のように大声を上げながら目を輝かせて遊んでいる。朝丘は絹代の横でにやにやしながら絹代の様子を見ている。
「ねぇ」朝丘が問い掛けた。
「もしかしたら、家じゃあ方言で喋っているんじゃないの?」絹代はむっとしたが、 相手にすればするほどつけ込まれそうだったので、そのまま黙っていた。
「試しに、あたしに喋ってみてよ。田舎弁で」
絹代はぷいっと背を向け席に戻った。後ろで朝丘が笑っているような気がして泣きたくなった。
―――みんな鉄子が悪いんだ。
絹代はそう思うことで辛うじて自分を支えることができた。
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