第13話 カントリーロード-13
スポーツテストの日がやってきた。夏を思わせる強い日差しの下、文句ばかり言ってなかなか校舎の影から出ようとしないでいる生徒たちの中から鉄子は生き生きとした顔で校庭に出た。絹代も鉄子につられるように足を踏み出した。鉄子はにっこりと笑みを向けた。絹代は緊張が解けて、リラックスした気分になって、微笑み返した。
2年生が全員朝礼台の前に集められ、学年主任の山元から諸注意を受けた後、男子と女子に分かれてそれぞれの項目のテストを始めた。
鉄子らのクラスは体育館へ向かい、握力や背筋力、垂直跳びなどの測定を始めた。感嘆の声が館内に響く中で、鉄子は次々と最高値を記録していった。野球部グラウンドでのソフトボール投げも、校庭での幅跳びも懸垂も全てクラスで一番の数値を残していった。
「すごいね、ひょっとしたら学年一かもね」
西野がそう言うと、河合は、
「それどころか、全学年で一番じゃないの」と言った。
鉄子は照れたような顔で軽く笑いながら、
「そんな…、…」と、もにょもにょと言葉にならない言葉を発していた。
「男子でも勝てないかもしれないわね」
西野が絹代に同意を求めると、絹代は小さく頷くだけだった。
昼休みに教室に戻ってくると、男子はすでに昼食を取っていた。河合が高塚に鉄子の結果を告げると、高塚は鉄子に近づいてきて記録用紙を見せてくれと言った。鉄子は、言われるままに渡すと、高塚はその成績を見ながら驚嘆の声を上げた。
「なんだよ、これ。すっげえ!」
その声に誘われるように平田たちも集まってきた。そして鉄子の記録用紙を見ながら、わいわいと騒ぎ出した。鉄子の記録は男子のそれと遜色がないどころか、凌いでいるほどで、西野の予想どおりクラスの男子で鉄子の記録を超える者はいなかった。
「ほんとにお前女かぁ」
平田の台詞にカチンときた鉄子は、
「おら、れっきとした女だ」と言いながら、服を脱ごうとした。
「ちょっと待って、テッちゃん!」と慌てて絹代は止めた。河合が平田に向かって、
「なによ、負けたからってそんな言い種はないんじゃない」
と、文句を言っている間にも、絹代はシャツを脱ごうとする鉄子の手を抑えるのに必死だった。
「ま、一応ブラジャーしてるみたいだし、女と認めてやるよ」
平田が憎まれ口をきいて身を引こうとすると朝丘らから怒号が飛んだ。
「なによ、その言い方は!」
「ちゃんと、謝りなさいよ!」
「どこから見ても、鉄ちゃんは可愛いじゃない!ねぇ」
朝丘が振り返って、鉄子と鉄子の手を抑えるため鉄子に抱きついている絹代にそう言った。と、鉄子はきょとんとした顔で朝丘の顔を見ると、急に照れてニヤニヤし始めた。絹代はあきれて鉄子の手を離し、笑顔の朝丘を見た。朝丘は鉄子に笑顔を向けている。絹代には向けられたことのない表情だった。絹代はぷいっと背を向けて自分の席に座った。そして弁当を取り出して、ひとりで食べ始めた。
午後のスポーツテストも終わり、下校時刻になった。絹代は鉄子の方に目を向けることができなかった。絹代は体育全般がダメで、今日の結果も散々だった。鉄子は午後も快調に好成績を上げ、結局総合的にも男子よりも体力があることがわかった。鉄子はみんなに取り囲まれていた。絹代はひとりで帰ろうと荷物を持った。
絹代が帰ろうとしているのを見つけた鉄子は、絹代を呼び止めると一緒に帰ろうと絹代に呼び掛けた。絹代は無視するわけにもいかず、その場に立ったまま鉄子が荷物をまとめるのを待っていると、どかどかと教室に人が入ってきた。
「あの子よ」と一人が鉄子を指さすと、入ってきた大勢が鉄子を取り囲んだ。
「なんな、あんたたちは?」
鉄子の言葉を遮るように一人が叫んだ。
「ねぇ、陸上部に入ってくれない?」
「待ってよ」と別の一人が言った。「バレーボール部に入ってもらうのよ」
「バスケ部よ」
「テニス部よ」
「テニスなんて、向いてないわ。絶対、陸上部よ」
「バスケは楽しいわよ」
口々に鉄子の周りで勧誘の声が上がった。
「ちょっとぉ、待ったぁ!」
男子の声が響いて教室が静まった。振り返ると柔道着の男子が入ってきた。
「彼女は、柔道部がもらった!」
しん、と静まった後、ブーイングが飛び交い、また口々に好き勝手な台詞が宙を舞い騒がしくなった。鉄子は話の中央で耳を塞いで黙って耐えていた。絹代は、長びきそうな様子を見極めると、ひとりで教室を出た。
家に帰って来た鉄子は妙に疲れた様子で部屋に入ってきた。絹代は机に座って宿題をしているところだったので、鉄子の様子を一瞥しただけでまた顔を伏せた。鉄子は絹代に気づかいながら部屋に入ると、ふうっと一息ついた。そしてもそもそと着替えるとそそくさと部屋を出て行った。静かにドアが閉じられ、鉄子が出て行くと絹代は顔を上げて鉄子の出て行ったドアを見た。そして鉄子の荷物を見ると、小さく畳まれた制服が鞄の横に、そっと置かれていた。
―――宿題、どうするんだろう。
絹代はさっきから手こずっている数学の問題に目をやりながら、そうつぶやいた。まったく宿題を気にせずに遊びに行った鉄子が羨ましかった。もし自分がそんなことをしたら、明日の授業は緊張で張り裂けんばかりの思いをすることになり、もし先生に当てられたら、満足に答えられず、朝丘らのターゲットにされる、に違いない。絹代は、また溜め息を吐くと、机に向かった。
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