第11話 カントリーロード-11

 夕食の時間になっても鉄子は帰って来なかった。絹代はリビングでテレビを見ながらも時計が気になって内容が頭に入らなかった。好きだったドラマの再放送であったにもかかわらず。ひょっとして迷子になったのかもしれないと思いながらも、迎えに行く気になれず、ただうずくまってテレビと対峙していた。


 玄関のドアが開いた音がして、ほっとすると、父親の帰った声が聞こえた。ひょっとして一緒なのではないかと思っていると、美津江に呼ばれた。キッチンに行くと直之と美津江しかしなかった。

「絹代、テッちゃんは?」

「ん、出ていったまま。帰ってないの?」

「帰ってないのって、あんた、一緒に行ってあげたらよかったのに。迷子になったんじゃないの?」

 そんなこと言ったって、と絹代は思った。帰宅してあっという間に着替えて飛び出して行った鉄子を追うことなど絹代にはできなかった。まるで生きている時間の尺度が違うかのような、あっという間の出来事だった。

 絹代が黙って俯いていると、直之が、

「探しにいこうか?」と誘いかけた。ようやく行動するきっかけを得た絹代は、直之と一緒に部屋を出た。


 マンションの出口に降り立ち、道に出ようとすると鉄子が立っていた。

「テッちゃん、どうしたの」と言う直之に鉄子は照れ笑いを浮かべながら答えた。

「おら、ここまで来て、どこがどこの家だかわかんなかっただ」

 鉄子の言葉に言われて見上げると確かに同じような建物が三棟も並んでいるマンションの前に立つと、昨日来たばかりの鉄子にはどれがどれだかわからないのも無理はないと思った。

「ここまでは迷わなかったの?」

「ん。おら、道は一回通ったら覚えるんだ」

「部屋がわかんなかったの?」

「ん。何号室かも覚えてなかっただ」

 鉄子はからからと笑っている。直之も絹代も緊張が解けて顔を見合わせてふふと笑うしかなかった。


 部屋に入ると美津江が心配そうに迎え出た。随分汚れたわね、と言いながら招き入れる美津江に鉄子は少し照れ笑いを浮かべながら詫びを入れていたが、直之の説明を聞いてあきれたように笑顔になった美津江の前で恥ずかしそうに俯いた。

「あら、テッちゃん、それ何」

 美津江は鉄子の手にあったビニール袋を見つけて訊ねた。

「あぁ、これ、拾っただ。ちょうど便利だったんで」

「何が入っているの?」

 絹代が訊くと白い袋に手を突っ込んでガサガサいわせながらすっと手を差し出した。

「きゃあ!トカゲ!」

 絹代の目の前に突き出された鉄子の手にはトカゲが摘まれていた。

「んにゃ、これ、カナヘビっていうんだ。おらんとこじゃ、あんまり見かけんかったども、ここはたくさんおるんな。おらんとこは、本物のトカゲがいっぱいおるんじゃ。トカゲってのは、尾っぽがずっと長くて、青緑しとるやつじゃ」

「一緒よ、そんなの」

「んにゃ、これはトカゲよりヘビに近い仲間なんだ。足のあるヘビってとこだ」

「やめて、気持ち悪い!」

「気持ち悪いか?んだども、こいつらこうやって目を塞ぐと、ほら、だらっと動くのやめるんだ。面白かろ」

「いや!もう、やめて!」

 鉄子は渋々袋に戻した。袋の中でガサガサと音がしている。

「何匹いるの?」

「こいつは、五匹ぽっちだ」

「他にも何か獲ったの」

「あとはブンブンと、カマキリと」

「その中にいるの?」

「んにゃ、ブンブンだけだ。こいつは丈夫だから一緒にいれても大丈夫だ」

「いやぁ、捨ててきてぇ!」

 絹代の絶叫に圧倒されて鉄子はゆっくりと部屋を出て行った。絹代は廊下に身をすくめたまま鉄子が出ていくのを見ていた。美津江はそっと絹代に寄り添い、静かに声を掛けた。

「絹代、テッちゃんも悪気があったわけじゃないから。あんまり、強く言っちゃだめよ」

「でも、あんなの家の中に入れるなんて、信じらんない」

「でも、たぶん、テッちゃんは、そういう生活してきたのよ」

「そんなの、あたしは、嫌!我慢できない」

 いつになくはっきりと主張する絹代に感心しながら直之は言った。

「まぁ、絹代、少しずつわかってもらおう。テッちゃんも、わたしたちがあんな生き物に馴染みがないことも、まだわかってないんだ」

 次第に落ちついてきた絹代は静かに頷いた。と、鉄子が帰ってきた。

「捨ててきただ」

「ごめんね、テッちゃん。せっかく獲ったのに」

美津江の言葉に鉄子はあっけらかんと答えた。

「んにゃ、あいつは食えねえから、いいんだ。今度は食えるもん獲ってくる」

絹代は悪寒を感じてまた身を竦めた。

「いいよいいよ、そんなに気を使わなくても」

「んにゃ、でも、今日もけっこういろんな野草やきのこを見ただ。あんなのでも、だめか、キヌちゃん?」

「ん……、そのくらいなら」

「そっか、よかった。おらも、なんか役に立ちてえから」

「いいのよ、テッちゃん。あなたもわたしたちの子供と同じなんだから、ね」

「そうだ。まぁ、何にも気を使うことなんかないさ」

「あんりがとぅ」

 あっけらかんと笑う鉄子を見ながら、絹代はじっとしたまま反応できなかった。ただ鉄子を見つめて、どうなるんだろうという不安だけが絹代につきまとっていた。

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