第76話 閑話 カドアとミツカ
※※※其方※※等に※※※※※我が※※欠片を※※※託す。
はぁ? なに?
其は※※※枷を※※※※外せる唯一の存在にして※※※※我が※※※希望なり。
誰? 何が言いたいの?
※※※※※大切に育てよ。
私に何かをさせたいの? それなら、もう少しわかり易く話してくれない?
ちょっと、何か言ってくれない?
反応なし? 本当に言いたい事だけ言って消えたの?
「これだけじゃ何もわからないわよ!」
私は叫びながら目を覚ました。勢いよく体を起こすと、私は辺りを見回して誰も居ないの確認する。当然だ、この家には私とミツカしかいない。
朝が弱いミツカは、私が起こしに行かないと目を覚まさない。居間なら兎も角、私達の部屋は仲間達にも入られない様にしてある。故に、誰かが部屋に侵入して、寝ている私に語り掛ける事は有り得ない。
「はぁ、夢……だったの? まったく、まだ暗いじゃない」
訳のわからない夢を見せられた挙句に、いつもより早く目が覚めた事で、私は少し苛立っていた。
「まぁいっか、忘れちゃおう。それより支度」
敢えて言葉にする事で、心がその通りに動く時がある。私はベッドから降りると大きく背伸びをする。そして手早く着替えて階段を下り、居間へと向かった。
居間の灯りを点けると、玄関の戸を叩く小さな音が聞こえる。私は戸を開けて、小さな音を立てた主達を迎え入れる。彼らはひらひらと舞いながら、テーブルの上に降り立った。
彼らは私達しか知らない言葉を使い、各地へ散った仲間達からの伝言を伝える。彼らにご褒美の蜜を与えた後 私からの伝言を覚えさせる。そして彼らは再び飛び立ち仲間達の下へと向かう。
「他人に自慢できるのが虫を使う技なんて、我ながら地味よね。でも、役に立っているから良いわよね」
これを思いついた時は、「なんて画期的な意志の伝達方法」だと得意になった。早く飛ぶ鳥では目に付く、けれど虫ならば、力の流れや気配に敏感な人でさえ気が付かない事が多い。宮殿内に潜む目を掻い潜る事が出来たのも大きい。
少し宮殿内が落ち着いて来たとはいえ、慎重を期するべきである。故に現在はこんな方法で仲間達と連絡を取り合っている。但しこの方法には大きな欠点がある。それは、時間がかかり過ぎる事だ。
「まぁ、私ではこれが精一杯よね。改良方法を、イゴーリに相談しようかしら」
そう思った所で未だに相談出来てない。宮殿内に入るのが怖いんじゃなくて、イゴーリが常に忙しそうにしているから。まぁ、直ぐに出来ない事に時間を掛けても無駄だし、私は戸棚の上に置いてある籠に向かって話しかける。
「さて、君達も頑張って働いてくれたら、ちゃんとご褒美をあげるからね」
私は虫達に言葉を覚えさせて籠から放つ。ひらひらと飛び立つ様子を眺めつつ、未だ残る眠気を取り払う為に大きく背伸びをする。やがて窓から光が刺しこんで来る。私は階段を上りミツカの部屋へ向かった。
戸を開けると、こんもりと盛り上がっている布団の塊が目に飛び込んで来る。どんな寝相なんだろうといつも思う。
「ミツカ、そろそろ起きなさい」
一言だけ声をかけても、何の反応もない。まぁ、これで目を覚ましてくれたら、毎朝の私の負担が少しは減るんだろうけど。
二回目に声をかけた後は、問答無用に布団を引っぺがして体を揺さぶる。そこまでして、ミツカはやっと目を開ける。私達もそこそこ良い歳になろうというのに、朝のミツカは子供と変わらない。腕を引っ張り立たせた後、ミツカはゆらゆらと体を前後させながら着替え始めた。
「ねぇ、カドア。昨日、変な夢を見たの」
「偶然ね、私もよ」
「あのさ、『託す』とか『育てろ』とか変な事を言われなかった?」
「そうだった様な気がするけど、あんまり覚えてないわね」
「カドアにもそんな事が有るのね」
「当たり前でしょ。ましてや夢なんて、目が覚めたら忘れちゃうものよ」
「そうよね。でも、大切な夢だった気がするの」
「ミツカ。夢の話しよりも優先すべき事が有るわよね」
「わかってるもん。ソウマ君に報告でしょ?」
「夢が気になるなら、パナケラに相談してみましょ。報告のついでにね」
「わ~い! だから好きよ、カドア」
「先ずはご飯ね」
「うん、準備するね~」
着替えを終えたミツカは、バタバタと足音を立てて部屋を出ていく。私はミツカの背中を眺め、夢の内容を思い出していた。
とぼけてみせたけど、私は夢の内容を覚えている。知らない誰かに話しかけられていた。そして私に語り掛けたのは、恐らく私達と同一の存在ではない。理由は会話が成立しないどころか、人間の気配を感じられなかったから。
理解しようとしなければ話す言葉がわからず、一方的に伝えられるだけでこちらの問いには反応しない。夢だからと言えばそれまでだが、何か不可思議な感覚を覚えていたのは確かだ。
ただ、夢自体より気になっているのは、私の体に起きた異変だ。私は何を託されたんだろう。何を大切に育てれば良いんだろう。結局は、私の体に在る『私以外の力』の正体を突き止めないと、始まらないんだろうけど。
「気になってるのは、ミツカじゃなくて私ね。ふふっ、本当に相談してみようかしら」
話を合わせる為だけに口から出た言葉が現実になる。そんな予感に私は少し笑ってしまった。そして、ミツカが待つだろう居間へと向かう。
☆ ☆ ☆
カドアはねぇ、あんな事を言ってたけど気になってるはずなんだよ。だって私、気が付いちゃったんだもん。カドアのお腹辺りから違う力を感じるんだよ。私もだけどね。
もしかして、赤ちゃんだったりして。ははっ、流石にそんな訳は無いか。だって、男の人とそんな事になってないし。カドアだって、そのはずだよ。
でもさ、もしそうなら凄い事だよね。エレクラ様に報告すべきかも。いやいや、エレクラ様にはちゃんと報告しないとだね。
カドアが言った様に、宮殿に行ったら医療局に寄ってみよう。パナケラちゃんなら何かわかるかもしれないし。ただ、本当に赤ちゃんが出来たらどうしよう。私に育てられるのかな? 大切に育てろって言ってたよね。何か特別な赤ちゃんなのかな? いやいや、まだ赤ちゃんだって決まった訳じゃないね。
「それで。朝食の用意は?」
「うぁ、カドア!」
「まだの様ね」
「ごめんね。今すぐ作るよ」
「手伝うわ」
「ありがとう」
一緒に準備をすると楽しくて、一緒に食べると美味しくて、時間があっという間に過ぎちゃう。
「今日は宮殿に行くんでしょ?」
「うん。一通り見回りをした後にね」
「それで? パナケラの所には行くの?」
「やっぱりカドアも気になってたんだね」
「そんな事ないわよ! ミツカが心配してたから!」
「私、そんなこと言ったっけ?」
「うるさいわね!」
「まぁまぁ、カドアはエレクラ様に連絡して」
「あぁそうね。確かに、エレクラ様には報告した方が良いかもね」
「そんな訳で行ってくるね。カドアも診て貰える様に段取りしとくから」
「ありがとう、ミツカ」
「良いってことさ」
私はカドアに向かって手を振ると、扉を開けて外に飛び出した。そして直ぐに裏通りに入り姿を消す。
まぁ、私はこれくらいしか得意な事が無いんだよ。それに威張れる訳でもないし。リミローラに教えたら、直ぐに私より上手くなったんだよ。才能が有る子は違うよね。だからって、あの子達だけが命を張る理由にはならないけどさ。
「さて、今日も頑張って働きますか」
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