第77話 閑話 希望が産まれる時 前編
おぉ、相変わらず飛び回ってるみたいっすね。
わぁ! びっくりした、リミローラちゃんか。
言葉を使わずに話しかけるのは、私以外には居ないっすよ。
そう? 昨日、似た様な夢を見たよ。
そうっすか。それで、今日は宮殿に来るんすか?
夢の話しも聞いてよ!
う~ん、今度にするっす。それより、時間を空ける様にパナケラへ伝えておくっす。
それは助かるけど、どうして?
それはこっちの台詞っす! 親密な関係になった相手がいないミツカ姉に、どうやったら子供が出来るんすか?
やっぱり子供だと思う?
何が何やらわからないっすよ! 相手は行きずりさんっすか? でも真面目なカドア姉が、そんな事は許さないはずっすね。それに昨日までは、ミツカ姉の体に妙な気配がなかったっす。
それはね、夢のせいだよ!
それこそ夢物語ってやつっす。普通の生き物は、生殖行為をしないと子供が出来ないんすよ。そろそろミツカ姉も大人になって欲しいっす。
大人だよ! リミローラちゃんより、お姉さんだよ!
そうっすね。お姉さんだから、子供が出来ちゃったんすね。そんなお姉さんは、早くパナケラの診察を受けてエレクラ様に報告するっす。
☆ ☆ ☆
見回りを始めて少し経った頃、頭の中に声が響いた。あんな夢を見たばかりだから少しびっくりしちゃった。これとカドアの技を組み合わせれば、凄い事が出来そうなのにって思うよ。
それはともかく、いつもは気配を隠したまま互いに連絡事項を伝え合うんだけど、今日ばかりは違ったんだ。リミローラちゃんからは連絡事項の一切が無くて、いそいそと宮殿に戻っていった。
ただね、リミローラちゃんに言われてようやく、私の置かれた状況が異常だって気が付いたんだ。今朝のカドアは、敢えて私に何も言おうとしなかったんだと思う。私みたいに浮かれてたんじゃなくて、何が起きたか理解しようと努めてたんだね。
肉親の存在を知らないのは、私とカドアだけじゃない。リミローラちゃんやパナケラちゃん達だって知らない。家族といえばエレクラ様とカリスト様、それに同じ様に拾われて来た子供達だけなんだよ。そんなみんなが、私に家族の温かさを教えてくれたんだ。
ただ、一緒に育てられた子供達でも違う感情を持っていただろうし、ソウマ君が抱くエレクラ様とカリスト様に対する感情は、私と違って崇拝に近いと思うよ。ヨルンやヘレイは、どちらかと言えばソウマ君と似た様な感覚じゃないかな。
でもね、それぞれが大切にするものは少しずつ違っても私達は家族で、家族の為に頑張って来たんだよ。そして共通しているのは、エレクラ様やカリスト様の様に、誰もが自分の家族を欲しいと思ってる所だよ。
それは、私達にとって憧れなんだと思う。だからといって、機械的に行われている繁殖には興味が無かった。知識として知っていたそれには、感情というものが存在しなかったから。
それ故に、宮殿に残った六人の絆は自然と深まっていったんだと思うし、私はカドアに家族としての温もりを求めていたんだと思う。
私がそんなんだから、リミローラちゃんに気が付かされたんだよね。でもさ、やっぱり憧れなんだよ。もし、本当に新しい命が誕生するなら、「自分勝手だ」とか「こんな大変な時に何を」じゃなくて『嬉しい』って、みんなが思ってくれるはずなんだよ。
普通の人達との間に出来る、『生まれながらにして操られる運命にある子供』とは違うはずだから。
☆ ☆ ☆
ミツカが家を出た後、私は椅子に座ったまま暫く動く事が出来なかった。考えれば考える程に深みへ嵌っていく感覚が拭えなかった。
実の所、寝ている私に呼びかけられる存在には限りが有る。宮殿に残ったソウマ達、エレクラ様くらいだろう。可能か否かを問うなら、アレにも可能のはずだ。
でも、可能性が有った所で行うかどうか。少なくともソウマ達やエレクラ様なら、確実に伝わる方法を利用するはず。アレが私とミツカに接触する意味がわからない。
それなら、私達に語り掛けて来た存在は何か? 考えられるとすれば『セカイ』なのだろう。それであれば、この事態も納得が出来る。
だけど、生物としてはどうなんだろう? 子供と言うのは生殖行為なしで産まれるんだろうか? それとも異端というのは、いつもそうして産まれて来たんだろうか?
「こんな事なら、エレクラ様にお聞きしておけば良かった」
流石に、こんな事態になるとは考えてなかったから、質問のしようがなかったんだろうけど。そして私は重い腰を上げて、エレクラ様と連絡をする為の準備を始めた。
玄関の戸を叩く小さな音が聞こえたのは、準備を始めてから直ぐの事だった。戸を開けると虫がひらひらと舞い私の肩にとまる。
伝言の主はパナケラ、内容は「本日の夕刻に、ご自宅へ伺います。エレクラ様にご同席をお願いして下さい」とだけ。私は急いで儀式の準備を終わらせ、エレクラ様との連絡を行った。
☆ ☆ ☆
セカイを渡るのは途轍もない力を要する。私が儀式を行っても、言葉を伝える事しか出来ない。それに大きな力を使えば、私達の存在が普通の人達に知られる可能性が高くなる。
連絡を取るだけにしても、セカイを渡るにしても、アレや目達に見つかり辛い限定的な空間である事が望ましい。それは宮殿では難しく、首都以外の街では緊急の場合に対処が遅くなる。
だから、私が連絡係になっているんだけど。
「こんなに早くお越し頂けるとは、思っていませんでした」
「いいのよ、カドア。それにしても、こうして会うのは久しぶりね。元気そうで良かった」
「エレクラ様もお元気そうですね」
「ふふっ。ミツカは相変わらず、お日様みたいね」
「えへへ~、そうですか。おっと忘れ、あの、パナケラちゃんはもう半時程で来ると思います」
「そう。なら、少しゆっくりさせて貰おうかしら」
「はい。お茶でも」
「ありがとう。カドア」
優しい笑顔を拝見するだけで、幸せな気持ちになる。ミツカがはしゃぐ気持ちもわかる。ただ、こんなにお早い対応が『私の推測』に間違いがない事を証明している。それだけは少し複雑な気持ちになる。
なんで私とミツカだったんだろう。明るくて前向きなミツカなら、良いお母さんになれるかもしれない。でも、良いお母さんってだけでいいの? セカイに託されたとするなら、それはカリスト様と同じ異端って事でしょ? そんな大切な存在を、私が育てられるの?
いや、違う。だからエレクラ様が来て下さったんだ。
「カドア。そんなに暗い顔をしないで」
「申し訳ありません」
「いいのよ、誤らないで。それに、あなたなら大丈夫」
「そんな、私なんて」
「あなたは、真面目で思いやりがある。だから選ばれた」
「私より適任な人は幾らでも」
「あら? あなたは与えられた任務を放棄するような、無責任な子だったかしら?」
「いいえ、その様な事は」
「ありがとう」
「あの、エレクラ様? 私は?」
「ミツカ。あなたも、ちゃんと選ばれたのよ」
「えへへ~」
それから間もなくしてパナケラが到着した。そして慌ただしく診察が始まる。私は大した覚悟も無いまま、異端の母親となった。
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