第45話 海と旨味は少し似てるね

 パナケラさんのお話を聞いてたら、知らない間に手をブンブン振ってました。パナケラさんはえへへってしてます。好きになりそうです。


 でもね、本当は呑気に歩いてる場合じゃないんです。お外が凄くドロドロしてます。もう何ていうか、すっごくドロドロなんです。覗いたらオエってなります。きっとミサが怖がってます。


「カナちゃん、大丈夫よ」

「大丈夫って?」

「お外の事は大人に任せて、カナちゃんとミサちゃんは海の事集中してね」

「そうなの?」

「そうよ。それで、何とかなりそう?」

「何が?」

「大っきなお魚とか」

「ん〜、ミサが居ないとわかんないよ」

「そっか〜」

「それよりパナケラさん。ミサの所に早く行こ!」

「それは良いけど、何で?」

「ミサが怖がってるからだよ」

「わかるの?」

「うん。だってミサの事だもん」


 そして私は、パナケラさんの手をぎゅってしながら走りました。本気の走りです、びゅ〜んです。


 パナケラさんはちゃんと隣を走ってます、流石です。その代わりに、おじさんは置いてけぼりです。「ちょっと待て! 場所わかってんのか? 先に行くな!」って叫んでました。

 でも大丈夫です。おじさんの役目は、案内係の他にもきっと有ります。だから安心して後から来てね。


 この街は思ったより大きいし、家がいっぱい有る辺りは迷子になりそうだけど、ミサが何処に居るかはわかるんです。

 それに走ればあっという間なんです。ミサの匂いがする建物は、もう見えてます。あそこの他よりちょっと大きい建物です。


「ミサ〜!」


 ガバって扉を開けたら、ミサがお姉ちゃんと一緒に座ってました。やっぱり怖かったみたいです、ミサが青い顔をしてます。上目遣いで私を見ます。

 お姉ちゃんは目を真ん丸にしてます。『えっ? なに?』って感じだと思います。後は『隣の女、誰よ!』って所でしょうか。


 私はミサに飛び付いて、ぎゅ〜ってしました。ミサもぎゅ〜って返して来ました。流石にミサでも、あのドロドロは怖いと思います。実は私も怖かったです。でもミサを抱き締めてたら、落ち着いて来ました。


 その間、お姉ちゃんとパナケラさんはご挨拶してました。大人だし「あんた誰よ!」、「あんたこそ何なのよ!」なんて言い合いはしないんです。

 それと、美人さんが並ぶと絵になるみたいで、男の人が何人か見惚れてました。その美人さん達は、視線なんてなんのそのです。直ぐに難しいお話をし始めてます。


 そして私は、ミサの手を取ってクルクルと回ります。いっぱい回っても目は回りません。されるがままのミサも良いです。お外のドロドロや大っきなお魚が、どうでもよくなってきました。


 そんな時です。私が開けっ放ししてた扉から、腕が太い男の人が飛び込んで来ました。そして声を張り上げます。


「ミサってのはどいつだ?」


 声が大き過ぎて、頭が少しクラクラします。


「聞こえねぇのか? ミサだよミサ!」


 声は建物中に響き渡ります。この人からは、脅かそうとか怖がらせようなんて気持ちは感じません。でも、何か焦ってます。


 ただね、耳がキーンってするんです。流石です、これが海の男なんだと思います。声が兵器です。

 でも、もっと流石なのはお姉ちゃんでした。一言で海の男さんを黙らせてしまいました。


「静かになさい! 落ち着いて要件を言いなさい!」


 私とミサは、思わず拍手してました。私達に釣られて、パナケラさんも拍手してます。

 でもね、私は知ってるんです。こういう時に限って、ドタバタし始めるです。


「カナ。お前、何でそんなに足が早いんだ?」


 そうです。おじさんが遅れて到着しました。そして、建物の中は一気に騒がしくなりました。

 みんな好き勝手に話してます。ほとんどの人は、あ〜だのこ〜だのとおじさんを問い詰めてます。一方ではお姉ちゃんが、頑張って説明してるっぽいです。


 たださ、うるさくて声が聞き取り辛いです。おじさんは首を傾げてます、ミサは耳を塞いでます、私は少し楽しくなってきました。

 だって、てん屋さんと椀屋さんが揃い踏みですし、私はここで何が起きたか知らないし。


 但しこの時、おじさんは冷静だったのです。実は凄い人なのかも知れません。おじさんはパンパンと手を叩き、みんなを静かにさせます。そして海の男さんに近寄りました。


「親方ん所の。取り敢えずお前が説明してくれ。俺は事情がよくわかってない」

「仕方ねぇな。あのな、港に女だか男だかわかんねぇ、変なのが来たんだよ」

「はぁ? 誰だよそいつは!」

「知らねぇ。そいつが言うには俺達は臨時の職員になって、そいつの手伝いをする事になったらしい」

「お前はそれを真に受けたのか?」

「仕方ねぇだろ。何だか逆らえない雰囲気だったしよ。兎に角そいつと、ぼけっとした女に従えって事らしい」

「それとミサがどう関係してんだ?」

「だから知らねぇよ。連れて来いの一点張りだ。今はお前の弟が相手してる」


 ほうほう、つまり『お姉さん風お兄さん仕立。変を添えて』ですか、実に趣深いですな。そして私が思うに、『ぼけっとした女』とはパナケラさんでしょうな。だって調査って言ってましたし。

 私が見上げると、パナケラさんはえへへってしてました。当たりみたいです。

 

 私の視線に釣られたのか、みんながパナケラさんを見てます。目が「お前かよ」って言ってます。ミサの溜息が私の首筋をくすぐります、みなぎって来そうです。お姉ちゃんは何だか苦笑いしてます。


 単に話す機会を逃しただけで、本人には隠す気はないらしく、ちゃんと説明してくれました。海で起きた色々を解決しに来たそうです。因みに『お兄さん的お姉さん』は、パナケラさんの妹らしいです。


 解決とは言いますけど、多分パナケラさん達は率先して何かしてくれるとは思いません。だってミサを呼んでる位だし。パナケラさんが私に色んな事を教えてくれたのも、そういう事なんでしょ?


「私の予想は当たってると思うよ」

「ん、きっと当たり」

「えへへ。私もミサみたいに賢くなってるんだよ!」

「調子に乗るから褒めてあげない」

「え〜、っていっか。ミサが少し元気になったし」

「ん」


 おう、なんて可愛いんでしょう。ミサが頬をスリスリして来ます。今なら大っきなお魚もグーで倒せそうです。

 ミサから離れたくありません。ずっとくっついていたいです。いつもなら邪魔とか暑いって言うのに、今のミサは大人しいですもん。


 実は、私がミサに満喫している間に、お姉ちゃんとパナケラさんに連行されてた様です。現在、港に向かってます。


 どうせ行くんだし良いけどさ。それに例の妹さんにも会えるし。だってさ、話を聞く限りイゴーリさんは『素直になれない、ちょっとひねくれた人』っぽいじゃないですか。実に楽しみです。


 まぁ実際に会ってみると印象が違うのは、よく有る事かも知れません。


 遠くから見たイゴーリさんは、怖い顔をして漁師さん達を叱りつけてました。その時までは、到着した私達を「おいコラ! 遅えんだよてめえ等!」って怒鳴りつけると思ってました。


 イゴーリさんは私達を見つけると、ドスドスって音をさせて近付いて来ます。でも、何だか違和感が有ります。


「ねぇ、あの人がイゴーリさんだよね?」

「多分」

「怒ってなくない?」

「ん。口が悪いだけで至って冷静」


 お姉ちゃんは美人で優しい、パナケラさんは美人でふんわりなので、怖い美人は貴重なんです。だから、イゴーリさんへの期待が高まってるんです、主に私の中で。

 

 近付く度に、ごごごって雰囲気を感じます。でも残念な事に、罵倒の言葉はありませんでした。


「パナケラ! 遅い! 何してたんだよ!」

「何って、二人を連れて来たんじゃない」

「時間がかかり過ぎ! 外で何が起きてるかわかってるだろ?」

「わかってるから、頑張ったんだもん」

「はぁ、もういいよ。後は任せるからね」

「タカギの援護に行くの?」

「どいつもこいつも弱過ぎなんだよ!」

「イゴーリは強いもんね」

「うるさい!」


 おお、これが姉妹の会話ですか。安心と信頼の何とかですね。私達とはちょっと違う感じで、中々よいです。


 ただ、この時の私は浮かれてました。そして重要な事を忘れてました。今、結界の外で何が起きてるかを。

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