第41話 海の幸は凄いんだよ

「ミサちゃん。次はこれを切ってね」

「ん」

「あれ? もう切ったの? 凄いわね!」

「ふふ」

「およ、ミサが嬉しそう!」

「あら? カナちゃんもお手伝いしてくれるの?」

「うん! 頑張るよ〜!」

「カナちゃんは普段からお料理してるの?」

「カナのご飯は絶品」

「そっか〜、凄いんだね〜」

「えへへ〜、そんな事ないよ〜」

「ふふ、何だか妹が出来たみたいね」

「ん、お姉ちゃん」

「わ〜い、お姉ちゃんだ〜!」


 ミサちゃんは静かに、カナちゃんは飛び跳ねながら、私に抱き着いてくれた。そんな二人が可愛らしくて、思わず抱き締めてしまった。


 本当にこんな妹が出来たら、どれだけ幸せでしょうね。でも私は、ただ甘やかすだけの『駄目な姉』になりそう。

 そして私は、「わ〜い」ってはしゃぐカナちゃんを見ながら、ミサちゃんに「甘やかし過ぎ、駄目」って窘められそう。


 だけど、それでも良いかと思わせてくれる。それは、この子達が優しいからだけじゃない。私の命を救ってくれたからだけでもない。父と母がいた頃の懐かしい記憶を、呼び覚ましてくれるから。


 家族がバラバラになった訳じゃないけれど、互いの事を想っているけれど、一緒に居られないのはやっぱり寂しい。私は家族が揃っていた頃の優しい時間を忘れたくない。


 母を失った頃から、兄は周囲からおかしくなったと言われた。だけど私は、どうしても皆が言ってる事が正しいと思えなかった。


 だって兄は昔も今も、家族を大切にしているから。そして私達も兄が大好きだから。


 小さい兄は兄の為に嘘をついた。周囲と歩調を合わせる事で、兄の居場所を守ろうとした。それが返って兄を追い込んだ。

 小さい兄はそれを悔やんでいる。そして兄の為に、病気になった私の為に、寝る間を惜しんで仕事をしている。


 そして兄は、街の人達に何を言われても、蔓延する病気をどうにかしようと駆けずり回っていた。そんな兄だから、カナちゃんとミサちゃんに出会えたんだと思う。


 明るく笑うカナちゃん、大人の様に理知的なミサちゃん。この二人がどうやって街を救ってくれたのか、私は想像もつかない。でも、私にだって理解している事は有る。二人の瞳には純粋が広がっている。

 

「二人共、お料理の続きをしよっか」

「ん」

「お姉ちゃん、何を作るの?」

「トマ仕立ての野菜スープとご飯かな。両方共、貰ったばかりの魚と貝をいっぱい使うからね。そうだ。ナコとお芋でサラダも作るよ」

「ねぇミサ。盛り沢山だよ、凄いね」

「楽しみ」

「ふふ。良かった」


 お姉ちゃんとお料理するのは楽しいです。知らなかった事をいっぱい教えてくれるんです。

 後ね、ミサにぎゅ〜ってされると滾りますけど、お姉ちゃんにぎゅ〜ってされると癒やされます。ふわっとして良い香りなんです。

 

 それと、ミサの包丁さばきがとんでもないです。街までの道中で色々と有りましたから、そろそろ達人の域すら超えてるかも知れません。お姉ちゃんもびっくりです。


 そして、お姉ちゃんはお料理の達人でした。「え〜、そんな事ないよ〜」って言いますけど、そんな事あります。あっという間にお料理が出来上がっていきます。お腹がぐぉ〜って鳴ります。ミサのお腹はく〜って可愛く鳴ります。


 出来たお料理を順にテーブルへ運びます。ウキウキです。でも、私は思い出しました。おじさんをほっぽらかして、台所に行ったんです。


 当のおじさんは、ぼんやりと窓の外を眺めてます。お歌を口ずさんでます。寂しそうです。


「おじさん?」

「カナか。料理、出来たんだな。偉いぞ」

「おじさん! しっかりして! 傷は浅いよ!」

「お前は俺の同士だろ? 振り向かずに進め!」


 優しくて、少し寂しがりや。そんなおじさんの手が、ダランと力が抜けた様になります。それからゆっくりと目を閉じました。


「おじさ〜ん!」

「ん? カナ、何してるの?」

「だっておじさんが!」

「もう、兄さん! 料理が出来たのに寝ないでよ!」

「おじさんは眠かっただけ?」

「紛らわしい事をした罰。おじさんはご飯抜き」

「おい! ちょっと待てよ! 構って欲しかっただけだろ!」

「兄さん。子供みたいな事をしないで!」


 そしておじさんは、お姉ちゃんにお説教されました。ちょっとお料理が冷めました。でも、美味しかったです。


 ☆ ☆ ☆


「そっか。大っきい怪物と魚の毒が関係してるって事ね?」

「可能性は高い」

「それじゃあ、どうやって怪物は毒を蔓延させたんだ?」

「わからない。だから、お姉ちゃんに教えて貰おうとした」

「俺じゃなくてか?」

「まあまあ。ミサはお姉ちゃんが好きなんだよ」

「あら、嬉しい」

「それも今はいい。何か可能性を教えて」

「そうだな、怪物の糞を食ったとか?」

「おじさん。お魚さんって、そんなの食べるの?」

「兄さん。変な事を言わないで! カナちゃんが信じちゃう!」

「でも、惜しい気がする」

「あのさ、お姉ちゃんはどう思う?」

「そうね。海には目に見えないほど小さい生き物が、いっぱい住んでるのよ」


 その『目に見えない小さい生き物』は、お魚さんの糞や死骸を食べて生きてるの。それで、お魚さんが小さい生き物を食べるのよ。

 怪物の分泌物に『何らかの有害物質』が含まれてたとして、小さい生き物を媒介にして広がる可能性は有るかもね。


 ただね、例えば今回みたいな『海の生き物には影響が無くても、人には害がある物質』なんて意外と存在するし、それを食べて海を綺麗にしてくれる、お利口さんな生き物も存在してるの。


 但し、その生き物自体が食べる量なんて、高が知れてるからね。結局は、毒を撒き散らす原因を取り除かないと、根本的な解決にはならないと思うわ。


「お姉ちゃん。毒を食べる生き物は他にもいる?」

「そうね。貝の仲間にいるわね」

「それはどの位?」

「数って事? 時期的にそれほど多くないわ」


 この瞬間、ようやく私はミサちゃんの知りたがっていた事に気が付いた。


 港はここだけじゃない、他でも同じ病気が流行ってる可能性が高い。この街はこの子達が救ってくれたけれど、他の街はどうする?

 だからミサちゃんは、解決策を考える為に海の事を知ろうとした。凄い子としか言いようが無い。


 でも、全てをこの子達に任せるなんて出来る訳がない。この子達だけに負担をかけないで、大人が知恵を出し合って解決すべきなのよ。

 

「先ずは、町長に事情を説明した方が良さそうね」

「それなら、ひとっ走り行ってくる!」

「待って兄さん! 説明は私が行くわ。それに、今の状況だけを説明しても混乱するだけよ!」

「何でだ!」

「病気の原因が魚に有るとして、どう対処するつもりなの? カナちゃんに頼るだけ? 違うでしょ!」

「ん。結界以外の対策を考えるべき」

「でも、時間はかけてらんないぞ! 死人が増えるだけだ!」


 兄さんの言う通り。確かに時間が無い。今も他の街では、母の様に病気で死ぬ人が増えているかも知れない。そして私は二人に視線を送った。


 助けて欲しいなんて、私の身勝手な願い。そして、抱き締めたくなる程に優しい二人に付け込もうとする、浅ましい大人の姿。

 でも、この子達はそんな事は関係ないとばかりに、事態を解決しようと考えている。助けようと手を伸ばしてくれる。そのおかげで私は救われた。


 私はこの子達に何も返せないだろう。でも、お姉ちゃんだから、せめて先頭を歩かなきゃ。

 

「ねぇ、ミサちゃん。町長へ説明する時に、付いて来て貰えないかしら?」

「ん。一緒に説明する」

「俺は?」

「兄さんは、カナちゃんにシャチの生息域を教えてあげて。それと、クラゼリーとアラ貝の発生状況を調べて欲しいの」

「あぁ、わかった」

「ねぇ、お姉ちゃん。クラゼリーって?」

「さっき説明した、海を濾過して綺麗にしてくれる生き物よ」

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