第40話 頼りになるのはお姉さんでした

 私達は、おじさんの後について歩いています。おじさんはゆっくり歩いてくれるんですが、たまにミサが追い抜きそうになります。おじさんがびっくりして「おうっ」ってなります。


「お前達は歩くのも早いのか? 子供なのに凄いな」

「お前達じゃないよ。私はカナだよ」

「ミサ」

「そうか、よろしくな。俺は……、ん? まぁいいか」

「それで、おじさんの家は何処なの?」

「白い壁の家が見えるか?」

「どうしようミサ、ほとんど白いよ」

「おじさんは役立たず」

「何だよ、最後まで聞けって」

「おじさんに言われたく無い」

「そんな事ないよ〜。おじさんはね、昂ってるんだよ〜」

「襲う気? 殺られる前に殺る」

「ミサ、怖いよ」

「やっぱりお前達、変わってるな」


 変わってるのは、おじさんです。優しくて、とても熱くて、何か足りなそうです。


「とても可愛いを足したら、カナになる」

「お〜。私はおじさんだったか」

「そんな訳ないだろ! そろそろ着くぞ!」


 そうして辿り着いたのは、真っ白い壁の家でした。周りの家も同じでした。ずらって並んでると綺麗です。でも壁が白いから、おひさまの光を反射して凄く眩しいです。


 ここに住んでる人達は、よく自分の家がわかるね。凄いね。私なら家に帰れないよ。だって、真っ白な迷路だもん。

 疲れて座り込んだら、「ふっ。やるな、お前。熱いぜ、俺の魂を燃やし尽くす程に」って言いながら、反射した光でドロドロに溶けちゃうんだよ。

 まぁ、お家の影に座れば、それほど暑くはなさそうだけどね。


 流石におじさんは落ち着いたのか、静かに玄関の戸に手をかけます。バーンといかないです。

 さっきまでのおじさんは『ぐおおおぉっ』て感じだったから、そこらじゅうの玄関を壊しまくるのかと思いました。そりゃあ、子供も目を覚ますよね。

 

 でも、やっぱりおじさんはおじさんでした。扉を少し開けた所で、お家の中から音がします。おじさんは、慌てた様に中へ入ります。

 扉はガンって音を立てて壁にぶつかり、跳ね返った勢いでバタンと閉まりました。そして私達は、外に取り残されました。

 

「ふっ、予想外だぜ!」

「カナ、何それ?」

「ケイロン先生っぽくない?」

「ケイロン先生はそんな事を言わない」

「そう?」

「ん」


 そんな訳で待ちぼうけです。お家の中から「うおぉぉぉ!」って猛獣の雄叫びみたいな声が聞こえます。おじさんは、また昂ってるみたいです。


 暫くすると静かになって、扉がゆっくり開きます。そしてヒョコッと顔を出したのは、なんと美人のお姉さんでした。


「ごめんなさい。兄が失礼をしたみたいで」

「大丈夫。待ったのは少しだけ」

「そうだよ〜。それでお姉さんは誰さん?」

「あのおじさんの妹よ。それより、あなた達がみんなの病気を治してくれたのね?」

「治したのはカナ」

「ミサが協力してくれたからだよ」

「そう。二人共ありがとう。さぁ入って、ご馳走を作るわ」


 お姉さんは腰を曲げて、私達の目線に合わせる様にして喋ってくれます。優しい人です。

 何よりニッコリとした時の表情が素敵です。何だか照れてしまいます。ミサの次に美しいです。

 私がモジモジしてると、お姉さんは優しく手を引っ張ってくれました。お姉さんが好きになりそうです。


 お家に入ると、おじさんがウロウロしてました。そして、お姉さんを見つけると駆け寄って来ます。


「おい! 歩き回って大丈夫なのか?」

「ええ。それより兄さん、恩人を外で待たせちゃ駄目じゃない!」

「あぁ、済まないな。カナ、ミサ」

「カナちゃと、ミサちゃんね。そこに座って待っててね」

「おい! そういうのは俺がやる」

「兄さんは用があるでしょ?」


 お姉さんは私達を見ると、ニコっと笑いました。素敵です、おまけにわかってらっしゃいます。焦らされたミサが、苛つき始めてるんです。

 そしておじさんが、おずおずとこっちを見ます。ミサがギロッと睨みます。


「す、済まない。妹も病気になって寝込んでたんだ」

「お姉さんには罪が無い」

「うんうん。綺麗な人だね」

「でも、おじさんには罰が必要」

「そうなの?」

「腕立て伏せをしながら、腹筋運動をする事」

「無茶だよ、ミサ」

「おじさんなら出来る」

「軟体動物じゃあるまいし、無理だ! 閉め出すつもりは無かった。反省してる、許してくれ」

「今回だけは許す」

「そう言いつつ、ミサはそんなに怒って無いよ」

「そうなのか?」

「ミサは優しいからね〜」


 私は色々と勘違いしていた。おじさんは優しいし正義感が強い。だけど、何だか空回り気味だ。この調子だと、私が簡単に予想出来る事しか言わなそう。

 そんな訳で、私は頭の中で整理しつつ、今後の作戦を立てる事にした。


 今わかってる限り『魚が持つ毒と大きな怪物』が対処すべき問題だ。そして、この二つは関連してると思う。そうじゃ無ければ、妙な事が立て続けに起こらない。どちらにしても、二つとも厄介な問題だ。


 毒に関しては、広い範囲に影響が広がってる可能性が有る。仮に、自然の浄化作用に頼るとして、毒が完全に消え去るのにどの位の時間がかかるか。その期間次第では、漁が出来ない街は貧乏一直線になる。


 つまり、具体的な解決策を探さなければならない。

 

 但し、結界の範囲内であれば、魚にも効果は現れてるはず。だから、既に獲った分と入り江で泳いでる魚に関しては、毒を気にする必要は無いと思う。

 これは、実際に魚の内臓を見れば、直ぐに確かめる事が出来る。お姉さんが料理をするはずだから、見せて貰おう。

 

 次に怪物だけど、これも難問だ。私とカナでは倒せない。おじさん以外に漁師の人が何人いるか知らないけど、全員集めて戦っても無駄死にするだけ。


 入り江に誘き寄せるのは、愚策中の愚策だ。街を一飲みにするほど大きいんだから、誘き寄せてる間に高波に襲われる。その波と一緒に、大量の魚が降ってくる可能性が高い。そうなったら攻撃する余裕が無くなるだろう。


 唯一の可能性は、海の生き物達に戦って貰う事。これについては、『私と意思疎通出来て、他の魚に指示が出せる、賢い海の生き物』の存在が必要になる。


 こうなってくると、私の知識だけでは作戦が立てられない。なので私は、おじさんの相手をカナに押し付けて、台所へ向かった。


「お姉さん。海について教えて」

「あら? 私で良いの?」

「お姉さんがいい」

「あっちのおじさんじゃ無くて?」

「ん」


 お姉さんは、海の事や海で暮らす生き物の事を教えてくれた。私の思った通り、お姉さんの説明はわかりやすい。

 因みに、長い菱形をしてるのが、カナの言う『お魚さん』らしい。


 菱形の長い方、口と尾びれが各頂点についていて、各頂点を結ぶ先の中間辺りに胸びれがついてる。

 それと菱形の短い方、この頂点には背びれや胸びれなんてのがついてる。この特徴は、私の知ってる魚と一致する。おじさんが釣ったのもこれ。


 それとお姉さんは、魚を捌いて腹わたを見せてくれた。あの時おじさんに見せられた様なドス黒さは無い。

 これも私の予想が当たった。結界内の魚からは毒が消えている。これなら、入り江で密集している魚も大丈夫そう。


「それで、このウネウネしてるのは何?」

「ナコっていうの。これは魚じゃないのよ」

「食べられるの?」

「美味しいのよ。生でも焼いても揚げても美味しいの」

「どこを食べるの? ウネウネ?」

「ウネウネって足の事よね。そこだけじゃなくて、全部食べられるわよ」

「所で、賢い魚はいるの?」

「う〜ん、そうね。いないわね。でも、魚じゃなければ賢い海の生き物はいるわよ」

「それは何? どこにいる?」

「遠くの海で泳いでるわよ。シャチっていうの」

「それはどうすれば会える?」

「船が出せれば会えるかも。でも今は無理ね」

「そっか」

「船と言えばだけど。入江の中に集まり過ぎてるのは、魚にとっても大問題だと思うわ」

「どうして?」

「ほら、狭くて空気が通りの悪い部屋に沢山の人を押し込めたら、息苦しくなるでしょ?」

「確かに」

「それと似た様なものよ」

「そういえば、プカプカ浮いてるのを見た」

「それは死んじゃった魚ね」

「それなら早く入り江から出さないと」

「そうね。でも、原因を取り除かなければ、出ていかないでしょうね」


 そうか。結局は、あの化物を倒すのが一番の解決策なのか。そして手掛かりは、シャチっていう生物だ。

 どの辺で泳いでるのかな? それさえわかれば、後は海を経由して私の意識を繋げれば話せるはずだ。


 ☆ ☆ ☆


「あのよぉ、カナ」

「なぁに、おじさん」

「俺はミサに嫌われてるのか?」

「そんな事は無いよ」

「だってよ。俺より会ったばかりの妹に懐いてんだぞ」

「私だって、お姉さんの方が好きだよ」

「お、お前もなのか? 俺はやっぱりイカれた馬鹿なのか?」

「そんな事は無いよ。おじさんは同士だね」

「同士って何がだ?」

「それは、熱く燃える魂の同士だよ」

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