第18話 目が覚めたのは夜だった

 カナの描いた線が光り、陣が発動する。昼でも眩しく感じる位の光が村を包み込む。それは綺麗とか美しいより、もっと神秘的な何か。


 風が穏やかになる。空気が澄んでいく。萎れかけた草花が元気になる。大人達の傷跡が無くなっていく。人に限らず、色んな生命が活力を増している。


 でも、これは奇跡じゃない。カナの優しさ。


 言葉が出ない。みんなが圧倒されてる、惹き付けられてる。そもそも、魔法を専門で使う仕事をしてなければ、こんな光景を見た事は無いと思う。

 魔法が使えるおじいちゃんでさえ、口を開けたまま突っ立ってる。村の人達もだいたい同じ。

 

 頑張ったね、凄いね、ありがとう。どんな言葉も、今は薄っぺらく感じる。それだけの事を、カナはやり遂げた。

 本質が違うから、ばあちゃんの結界とは比べられない。だけど決して負けてない。


 ただ、一瞬でもカナから目を離すべきじゃ無かった。


 視界の端で何かが揺れた。それがカナだとわかった時には、もう遅かった。

 カナは全ての力が失われた様に、ガクッと崩れる様に倒れる。それを見た私は、全身から一気に血が無くなる感覚に囚われた。


 私の体は意思を飛び越え、勝手に動いた。

 手を伸ばして、カナの体を引き寄せる。足に力を入れて、カナの体を支える。ギリギリだった。

 そして私は、ゆっくりとカナを地面に下ろした。


 薄っすらとだけど、カナは目を開けてる。私がわかるみたい。意識が有るし、声をかけると答えてくれる。少しだけ安心した。


 あれだけの事をしたんだし、力を使い過ぎたんだと思う。カナは一言だけ答えると、静かに目を閉じた。

 今は村の真ん中で、村の人達が集まってる。落ち着かないから、野宿した場所にカナを運ぼうと思う。


 私の腕力は、カナより少し強いくらい。腕相撲をしても、勝負がつかない。ただし、魔法を使わなければ。

 ばあちゃんに能力の殆どを封じられたけど、腕力を高めたり早く身体を動かせたりは出来る。


 私は全身に流れる力を、両腕と両足に集める。そしてカナを揺らさない様に、ゆっくりと持ち上げる。


 おじいちゃん達は、未だに見惚れてる。ずっとそうしてるといい。カナを撫でるのも、抱き締めるのも、私の特権。だからカナを運ぶ役は、誰にも譲らない。


 運んでる間、私は何度も息をしてるか確かめた。それと、カナの温もりを堪能した。

 柔らかくて、ふわふわで、触れてるだけで安心する。でも今は、眠ったカナを元気にしなければ。


 ありがとうの代わりに、私の力を注ぐ。ゆっくりと、空っぽになった器が壊れない様に、ゆっくりと。

 私達が野宿した村の外れに着くのは、そんなに時間がかからない。私は静かにカナを下ろして、しばらく頭を撫でた。

 

 やがて村を包んでいた光は消える。でも、穏やかさは変わらない。結界は安定している。私の心が静かなのは、そのおかげだと思う。


 村の人達は、倒れるまで力を使ったカナに、感謝もしないでボケっとしてる。

 いつもの私なら、それに腹を立ててたと思う。そして今頃になって様子を見に来たおじいちゃんにも、嫌味を言ったと思う。でも、今はそんな気にならない。


「カナは寝とるのか?」

「ん」

「布団を持って来よう」

「必要ない。この結界がカナを裏切るはずが無い」

「そうか」


 おじいちゃんは、ちょろっとカナを見た後、頭を下げてた。感謝なら、カナが目を覚ました後に直接しなきゃ駄目。それに、多分おじいちゃんは気が付いてる。


 大変なのはこれから。その時、私達はここに居ない。


 頭を下げ続けるおじいちゃんを無視して、私はリュックを漁った。取り出したのは、沢山の乾燥させた麺と調味料、それと野菜の種。

 乾燥させた麺は、村の人達が何日か食べる分は有る。それに村の畑は、カナのおかげで栄養がいっぱいになってる。麺が無くなる頃には、収穫出来るはず。


「こんなに沢山。良いのか?」

「いい。少しでも食べて、ちゃんと備えて」

「そうか。でも少し寂しいの」

「何が?」

「わしらは皆、一つの昔話を聞いて育ったんじゃ。それは出鱈目だったんじゃな」

「みんなが知ってるのは、アレが作った物語」

「アレというのが何だか知らんが、随分と都合の良い物語じゃ。まぁ、わしが言うのも何だがの」

「やり過ごすのがお勧め。これだけの結界は簡単に壊せない」

「やってみるさ」

「ん。怪我しないで」

「わかっとる。それより、お前さん達が心配じゃ」

「大丈夫。おじいちゃんが抗ってくれるだけでいい」


 命がけなのは、おじいちゃんでも村の人達でも無い。

 この村とセカイを繋げたんだから、アレが私達を邪魔だと思ってもおかしくない。

 そして、この状況でアレが一番喜ぶのは、知らない誰かに私達が追い詰められる事じゃ無い。


「守られてばっかりじゃの」

「仕方ない。後これ」

「これは?」

「いざとなったら、英雄に投げつけて」

「ありがとう。また様子を見に来る」


 おじいちゃんは、食材を浮かせて運んで行った。そして私は、カナの隣に寝転んで頭を撫でる。そういえば、寝ているカナを見るのは、久しぶりかも知れない。


 今朝は慌ただしかったから、アホ毛にするのを忘れた。無くてもカナは可愛い。

 ほっぺたを軽く突くと、口をモゴモゴさせる。何度も突くと私の名前を呼ぶ、凄く嬉しくなる。

 とても幸せな時間。カナがくれた安らぎの時間。次第に瞼が重くなる。いつしか私は、カナを抱き締めて眠ってしまった。


 ☆ ☆ ☆


「およ? ミサ〜、起きた〜」


 ふと目を開けると、カナの顔が凄く近くに有った。どのくらい寝てたんだろう。もう暗くなってる。

 それよりカナが目を覚した。でも、まだいつものカナじゃない。私は少しの間カナの様子を見た。


「ひゃあ、ふひひ」

「どう?」

「ふひゃあ。いたずらっ子め〜」


 チョイチョイ突くと、少しくすぐったそうにする。反応は問題なさそう。


「平気?」

「ミサのぎゅ〜で、元気だよ〜」

「良かった」

「ミサの寝顔も〜、堪能したしね〜」

「変態?」

「違うよ〜」


 何だかフニャフニャしてる。それに、目をショボショボさせてる。だけど、ちゃんと答えてくれる。まだ眠いだけなのかな?


「お腹減った?」

「ん〜、ちょっぴり?」

「作ろっか?」

「おぉ〜。でもさ〜、私やるよ〜」

「カナは、まだ寝てていい」

「そう?」


 いつものカナじゃないから、休んでいて欲しい。料理は苦手だけど私が頑張る。

 でも、カナがこの調子なら、乾燥した麺を少し残しておけば良かった。仕方ない、お米を柔らかく煮たやつを作ろう。それなら私でも出来る。


「カナ」

「な〜に〜」

「麺を全部あげちゃった。調味料も少し」

「そっか〜」

「食べたら、また寝てね」

「わかった〜」

「それと、朝になったら出発するよ」

「は〜い」


 ミサは少し食べたら、また寝ちゃった。残りを食べたら、私も眠くなった。一応、村の人達の様子を見たけど、落ち着いた感じだし問題はなさそう。


 それじゃぁカナ、おやすみ

 

 ☆ ☆ ☆


 朝日が眩しいです。何だか、とっても幸せな気分です。だって、ミサ枕で寝てたんだよ。これは元気になっちゃうよ。


 それにしても、どうしてここで寝てたんだろ? いつの間に、戻って来たのかな? っていやいや、ミサが運んでくれたんだよ、きっとね。


 結界を張り終えて、体に力が入らなくて、ミサに助けて貰った所までは覚えてるんだけどね。

 そういえば、ミサにあ〜んして貰った気がする。夢? 夢でもいいよ、幸せな夢だもん。

 

 そうだ、夢の中でミサが何か言ってたね。乾燥した麺がどうとか。まぁ、リュックを見ればわかるか。って、一つも無いね。おぉ、予知夢ってやつかな? 私にも特殊能力が目覚めちゃった?


「そんな訳ない」

「ミサ〜!」

「抱きつかないで」

「良いじゃない。ず〜っとギュってしてくれてたのに!」

「それはそれ」

「もう!」

「それよりカナ。朝ごはん食べたら直ぐに出発するよ」

「村の事は?」

「カナの結界で、今は落ち着いてる」

「ご飯とかは?」

「麺を全部あげた」

「おぉ、予知夢が的中!」

「違う。私が説明した」

「そうなの?」

「そう」


 カナは夕べの事をちゃんと覚えて無いみたい。でも、今朝のやる事は決まってる。ご飯を食べて直ぐに出発。いつまでここに居たら、不味い事になりそうだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る