第15話 悩みなんて吹き飛ばしちゃうから
調査を止めた私達は、村から出ようとした。一度はカナの言葉に納得したのかと思ったのに、おじいちゃんはずっとついてきた。
「うち〜に、とまれ〜」
「おじいちゃんの所には泊まれないよ。ごめんね」
「そ〜か〜」
「もうすぐ虫と動物が増えるよ。家の中でじっとしてて」
「うち〜に、とまれ〜」
「村の人達が心配するよ。おじいちゃんだけ帰って」
「そ〜か〜」
何度も同じ事を言い、その都度カナが説得する。おじいちゃんが家に戻ったのは、日が沈んでからだった。
私は急いで村中を周って、結界に使う杭の代わりを探した。そして、村を少し広く囲む様に刺した。今更だけど、調査してる時にやっとけば良かった。少し後悔した。
カナは気が付いてない様だけど、村の建物はかなりボロボロになってる。これも怪我人を増やす原因かも。
ニーズヘッグが作物を食べる、ハギスが小さい虫を食べるとしたら、グーロは何でも食べる。それにグーロは大食いで、虫でも小さい動物でも、色々と食べ散らかす。
餌が充分なら、建物を壊してまで人を襲わない。でも畑には作物が無い。それと、満足に動けないのを知ってるなら、村の人達を狙ってもおかしくない。実際、昼間に二匹も出た。
虫と動物を追い払う方法は有る。カナなら訳ない。でも、怖い予感が頭から離れない。
私達が邪魔なら強引に追い払えばいい、それで済むなら喜んで出ていく。一番厄介なのは、決められた運命を辿らせようとする事。
いずれ病気や飢えで死ぬか、動物に食われる方が早いか。それは今夜か明日の夜か、それとも私達が村を離れた後か。
例え一時的には守れても、命じられたまま動くのなら、手の打ちようがない。
ばあちゃん、どうしたら良い? ケイロン先生、どうしたらアレの思惑を上回れる?
まだ私は弱い。昼間はカナしか守れなかった。おじいちゃんがグーロを倒したのを、見るしか出来なかった。もしもあの時、おじいちゃんが襲いかかって来たら、私達は生きていなかった。
怖い。命は簡単に刈り取られる。出来る事なら、こんな現実を知らないまま、カナには自由でいて欲しい。でも、それは叶わない。
☆ ☆ ☆
「ふふふ、やるねミサ。ここからは、私の出番だよ!」
ミサが刺した杭を中心に、大っきな壁が出て来るのを想像します。大人がぴょんぴょんしても絶対に届かない高さ、ミサがエイって叩いても壊れない厚さの壁です。
「大っきい壁さんニョッキニョキ! 誰も入って来れないぞ! 虫も嫌がって逃げてくぞ! 夜だし、みんなは静かにね! さぁ、結界さんの完成だ〜!」
うんうん、上出来だね。少し疲れたけど、まだ頑張れるよ。そしたら、ご飯の準備をしよっか。多めにね、お腹空いてるだろうし。
お腹がいっぱいになれば、みんな元気になると思うよ。私のご飯を食べれば、幸せな気持ちになるって、ばあちゃんが言ってたよ。それで、いっぱい寝ればスッキリさんだよ。
「ふふふ、このカナちゃんが貴様等を守ってやろう」
「カナが偉そう」
「おお? ミサちゃん? えい!」
「ちょっと、カナ?」
走り回ったミサには、お疲れ様のギューです。ナデナデ付きです。
見たらわかるよ。また私の分まで、いっぱい考えて、迷って、悩んで、苦しんでくれたんだね。ありがとう。私に出来る事は少ないけど、ミサを元気にするよ。
「カナ、暑い。放して」
「もう元気になっちゃった?」
「踊らないと」
「そっか! う〜、やろう!」
「カナはご飯作って」
「え〜、ミサの踊りを堪能したいよ」
「うるさい」
ミサが冷え冷えです。ギューが足りないんです。まあいいさ、その代わり魂のスープを食らわせちゃる。
「楽しみにしてるといいさ!」
「何を?」
「まぁ、ミサちゃんのおとぼけさん!」
「気が散るからおとなしくして」
「は〜い」
ふふっ、わかってないね。チラって見れば良いんだよ。汗が飛び散る特等席じゃないけどさ。真剣な顔でクルクル回るミサは、どんな角度から見ても最高なのさ。
可愛いね、堪らないね。うぉぉ、漲るぜぇ!
迸る私の情熱が野菜に、うぉぉってなもんでさぁ! 持ってきて良かったでっかいお鍋で、煮込むぜクタクタになぁ〜! 来いよぉ〜、来いよぉ〜、出て来いよぉ〜、溶けだす旨味い〜、そして栄養ぉ〜、私の情熱と混ざり合え〜!
スパイスをふんだんに使ってぇ〜、味を調整すれば完成だぁ〜! 野菜のスープ、情熱の味ぃ!
「カナ。暑苦しい」
「そう?」
「それに、この量なに?」
「なにって、村の人達も食べるでしょ?」
「食べないと思う」
「そうなの? ちゃんと食べるのが有るの?」
「ないと思う」
「それなら、持っていこうよ」
「止めといた方がいい」
「でも、作っちゃったし」
「はぁ、もう」
カナはわかってな……。違う、わかってないのは私? 結界を良く見れば、動物と虫除けの効果とは別に、妙な効果が足されてる。何よりもこのスープ、効果がえげつない。
結界は兎も角、スープに関しては無意識だと思う。そういえば、カナは儀式をやってる私を、チラチラ見てた。そっか、迸っちゃったか。まったく、悩んだのが馬鹿みたい。やっぱりカナは大天才だった。
「ねぇ、ミサ。お鍋が重いよ」
「我慢して」
「ねぇ、腕が取れそう」
「取れない」
自分から運ぶって言ったくせに、文句を言うカナを宥めて、私達は大鍋を村へ運んだ。儀式と料理の時間は、そんなに長くない。でも、事は起きてた。ただ、私の予想とはかけ離れた事態だった。
建物からこぼれた灯りだけで、とても視界が悪い。だけど、人が集まってるのはわかる。力を目に集中させれば、集まった人の様子が少しわかるようになる。
大人達は、怒鳴るんでもなく、喧嘩腰って感じでもない。事態を飲み込めずに、惑ってる様に見える。おじいちゃんは、ちゃんと立ってるから、凄く違和感が有る。
この感じだと、近付いても騒動にならない。だからって、無警戒で近づかないで。
「カナ、待って。駄目!」
聞こえてない。カナの興味は村の人達に向かってる。
「止まって! カナ!」
カナが笑顔で、トコトコ歩いてく。一緒にお鍋を持ってる私は、引き摺られていく。村の人達が私達に気が付いて、一斉に睨むけど、カナには通じない。いや、通じて欲しい。
「あれ? おじいちゃん?」
「おじょ〜さんかぁ〜」
「お嬢ちゃん達、何をした?」
「何って、虫除けだよ」
「何でそんな事をした」
「困るの?」
「う……ん? 困る? いや、助か……、わからん」
「おばちゃんは?」
「あぁ、そうね。わからないわね、何しに来たのかしら」
「みんな揃って、おとぼけさん? でも丁度いいよ」
カナが胸を張って、鍋を大人達がよく見える様に突き出す。忘れないで、取っ手の片方は私が持ってる。カナがぐいってすると、スープが溢れる。
「なんだそれ?」
「スープだよ。お腹減ってるでしょ?」
「誰がそんなもん食うか!」
「食べないの? 美味しいよ」
お腹が減ってるのは間違いない。だって食べる物がない。それでも昼間の大人達なら、お鍋を強引に奪って、ひっくり返してたと思う。
でも、今の大人達は鎮静が効いてる。それに加えて、カナの上目遣いと食欲をそそる香り。
大人達は揺らいでる。その大人達を動かしたのは、子供達だった。
「ねぇ、それ食べていい?」
「うん、いいよ。でも、器がないの」
「それなら取って来るよ」
子供達は駆け足で、それぞれの家に戻る。それで、家族の分まで食器を持って、駆け足で戻って来た。食器を受け取った大人達は、何も言えない。
鍋を地面に下ろす、器を持った村の人達が群がる。カナが器にスープを注ぐと、子供達は笑顔になる。それが大人達を笑顔にさせる。
「ほら、言ったでしょ?」
「偉そうにしない」
「え〜、いいじゃない」
違う、わかってない。カナは、あり得ない方法で、アレの思惑を上回った。
混乱して暴れてもおかしくなかった。結界の外に出て、餌になる可能性も有った。結界に鎮静の効果を足す事で、騒動を未然に防いだ。でも、それは一時的な効果でしかない。明日になれば消える。
本当に凄いのは、本能に働きかけた事。産まれた瞬間に、誰もが持つ生きようとする意思が、未知の選択をさせる。
初めは香り、それが子供達の本能に働きかける。そして大人達に影響を与え、全員が食事を求めた。
村の人達がスープを口に運ぶ、すると光を帯びる。光と共に音が鳴り響く。それは喜びに満ちたセカイの声。
そして歪められた意思に、カナのスープが問いかける。それは魂の奥底に眠る、生きようとする力を引きずりだす。
飢えて死ぬの?
それとも動物のご飯になるの?
それは本当の選択なの?
自分の命は他人の物なの?
他人が自由にしていい物なの?
違うよ。おかしいよ。そんな事もわかんないなら、お腹いっぱいになって寝ちゃお。そんで朝になって、スッキリ起きたら、思いっきり深呼吸しよう。
その時に思いついたのは何? お腹空いた? ならご飯を食べよ。簡単だよ、悩む事すらないよ。
強制されようが、どうしようが、どうでも良いんだよ。生きたいなら、生きろ! それだけの事だよ。
スープを飲み終わった後、村の人達は涙を流していた。これで、呪いの様な運命から解放されたに違いない。
「奇跡じゃな」
「おじいちゃん?」
「わしの古ぼけた脳も、今はしっかり動いとる」
「何が?」
「わしらは、お嬢ちゃん達に救われた。ありがとう」
「アハハ、そんな事ないよ〜」
「おじいちゃん。今なら色々教えてくれる?」
「あぁ、いいじゃろう」
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