25話 先祖返り

「やあドラン。

 夜遅くにすまない。

 私の名はイルク・フォルダン。

 少し用があって来た」


 私の自己紹介に目の前の大男――ドランは少し考え込んだ後、口を開いた。


「フォルダン……あの第3皇女の婚約者か?」


 私がレベル20を突破し、帝国全土に名を轟かせたのは3年前。

 そしてエレアとの婚約が決まったのはその約半年後。

 その皇女と伯爵家の婚約による皇家の威信失墜計画の際、我々反皇帝派は広く吟遊詩人を買収し、婚約を大々的に広めさせた。

 そのため、イルク・フォルダンという名の知名度は低くない。


 貴族界での見られ方はともかく、民間では私と第3皇女との婚約は美談として受け止められている。

 しかしだからといって我々の計画の効果を疑うは早計だ。

 貴族と皇家の政治闘争は一回の勝負の勝ち負けを競うようなものではない。

 時には数世代にも渡る長期的な戦いなのだ。

 伯爵家の倅でも皇女と釣り合うことを国民に印象付けることが大事であり、そしてその既成事実さえあれば次の手も打ちやすくなる。

 それに露骨な醜聞だと皇帝も譲歩などしなかっただろう。


 私はドランの言葉を肯定した。


「知っているなら自己紹介の必要はないな」


「貴族の天才剣士様が俺みたいな一般冒険者に何の用だ」


「用があるかどうかはまだわからない」


 私はゲイルに合図した。


「試せ」


 その瞬間、ゲイルは私の目にはかろうじて残像が見えるほどの速さでドランに迫り、素手でドランに掴みかかった。

 レベル57の絶対強者であるゲイルとレベル40前半であるドランの間には絶対的な実力差がある。

 手加減しているとはいえ、それはかわせない一撃のはずだった。

 しかしドランはそれに反応し、かわすどころか、反撃までした。


「ふん」


 ゲイルは鼻を鳴らし、ドランの拳を受け止め、膝蹴りを繰り出した。

 至近距離からの攻撃は流石にかわしきれず、ドランはその一撃を食らうも、体をひねることで腹を狙った一撃を腰で受けた。

 その動きは少し歪で、まるで、見えてるけど身体がついていけない、というようなちぐはぐさがあった。


 二度も攻撃を防がれたゲイルは獰猛な笑みを浮かべ、ドランを「壊そう」とした。

 常人には耐えられないような拷問じみた修行を積んできたゲイルは、かなり暴力的な傾向を持つ一種の精神異常者だ。

 しかし幸いその過程で刷り込まれたフォルダン家への忠誠心もまた精神異常者の域に達しているため、彼は決して私に逆らわない。


「もういい」


 私はゲイルを止めた。

 今ドランを壊されては困る。


 ゲイルはすぐに攻撃をやめ、数歩下がってドランから距離をとった。

 ゲイルが一瞬垣間見せたレベル50台の威圧にドランは驚きと恐怖を隠せないでいた。

 レベル50台の、それも50台後半の絶対強者はそうそうお目にかかれるものではない。


 私は身を乗り出してそんなドランの目を覗き込んだ。


「やはり」


 さっきまで正常だったドランの左目は赤というよりかは、それより薄めの、ピンクに近い色に変色していた。

 オッドアイというやつだ。

 赤眼、せきがん、隻眼。

 事前調査で上がってきた報告書によれば、それは仲間内の文字遊びが由来の二つ名だ。

 ドランのその不思議な左目は魔力を流せば変色し、動体視力が強化される。

 本人もこの目が何なのかはよくわかっていないらしい。


 もちろん私にはわかっている。

 わかっているからここに来た。

 随分と見た目は違うが、あれは魔人の目だ。


 レベルを上げるということは身体をより深く魔力と結びつけることと同義だ。

 そしてその過程において、細胞が突然変異することで、極稀に先祖返りという現象が起こることもある。

 外見には出ていないため直近ではないだろうが、ドランの先祖には魔人がいたはずだ。

 そして先祖返りによって、彼の左目は魔人のそれに変異した。


 魔人はその他の種族とは隔絶した力を持つ最強の人形種だ。

 その力はダークエルフのような種族にもある程度受け継がれており、それがエルフが彼らを毛嫌いしていながらも根絶には追い込めない理由の一つでもあった。


 主人公であるロイも一度魔人の力を垣間見せたことがあった。

 私との決闘の時、彼はレベル20に上がりたての身でレベル20台後半の力を持つ一撃を受けきったのだ。

 それは通常の魔人混血児にも不可能な芸当ではあったが、混血児でありながらも人と全く同じ見た目といい、彼は特別だ。


 原作に出てきた目の保有者はドランではなく、その目を引き継いだ弟子だったため、私はドランの名を聞いたことはなかったが、その弟子は目と共に「赤眼の」という二つ名も引き継いだために、私はルタスのつぶやきからこうして彼にたどり着けた。

 そして今、彼の目が目当てのものであると確信した私は端的に要求を口にした。


「その左目を貰う」


 それはお願いでも交渉でもなかった。

 ドランに選択権を与えるつもりはない。


 欲しい。

 だから奪う。


 それはひどく傲慢で、ドランにとってはあまりに不条理な考え方だろう。

 しかし貴族というのはそういうものだ。


 原作においてもドランの左目は唯一無二のものだ。

 ダークエルフなどの混血種のそれとは違い、先祖返りした彼の目は真の意味での魔人の目だ。

 同等のものを得るには魔人を狩るしかない。


 しかし仮に私が原作知識を駆使して魔人を見つけ、その目を手に入れたとしても意味はない。

 禍々しい魔人の力は他種族の身体には適合しないからだ。

 移植などしようものなら数分のうちに体内の魔力が汚染され、死に至るだろう。


 だがドランの目は違う。

 レベル40の障壁を突破することに全ての潜在能力を使い果たした彼の先祖返りは不完全なものだった。

 そしてその不完全さゆえ、彼の目は他人に移植することが可能だ。

 移植された目は持ち主の成長と共に真の魔人の目に近づき、やがて持ち主に魔人の力の片鱗をもたらす。

 ドランの左目は先祖返りという現象と本人の才能の無さが掛け合わさった奇跡だ。


 王道長編作品にインフレはつきものだ。

 この世界の原作もその例に漏れず、ストーリーが進むにつれ魔人や神々の血を引く者たちが次々と登場してくる。

 そんなチート級の猛者たちが跳梁跋扈する物語後半で活躍した数少ない人族の戦士が、この目の将来の所持者だ。


 いかに天才といえども、私は結局普通の人族でしかない。

 物語後半の乱世でフォルダン家を守り、繁栄させていくためにはそれなりの力が必要だ。

 ドランの目はその大きな助力になるだろう。


 だから必ず手に入れる。

 どんな手を使ってでも。

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