24話 赤眼のドラン
ノザラス地方有数の大ギルド、紅の狼。
その正式なメンバーは150人だ。
少々少なく感じるかも知れないが、これは国家が冒険者ギルドの最大構成員数を治安維持という名目の元に厳しく制限しているからだ。
しかしルールは厳しくてもそれを取り締まるのが人である以上抜け穴というのはあるもので、その地を管轄する貴族に払うものさえ払えば、名目上は別ギルドでの下部組織経営を黙認してもらえるのが通例だ。
そういう下部組織を含めれば、紅の狼の実質メンバー数は1000人を上回るといわれていた。
そんな地方の一大勢力である紅の狼のサブマスター、通称赤眼のドランは部下からの報告を聞き、ほっとしていた。
些細な言い争いから家を飛び出した娘のゼラが、何とあのノザラス地方を震撼させた死霊使い事件に巻き込まれていたというのだ。
その報告の冒頭だけ聞いたときは心臓が縮み上がり、報告者に掴みかかって無事なのかと問いただしたものだ。
10年前に妻を亡くして以来男手一つで娘を育ててきたドランにとって、娘は命よりも大事な存在だ。
ゼラに何かあったら、ドランはきっと正気じゃいられなくなるだろう。
幸い後半は無事の報告だったため、報告者はことなきを得たのだが、レベル40台の強者であるドランに詰められてフラフラになっていた。
「よくやってくれた、バッツ」
ドランの前に立っていた報告者というのは、ゼラのパーティーメンバーで、イルクと彼らが出会ったときに命を救った少年剣士であるバッツだった。
バッツは紅の狼の下部組織のメンバーであり、ドランの甥だ。
家を飛び出したゼラが心配になったドランがその後を追わせていたのである。
今にも倒れそうなバッツを椅子に座らせ、ドランは申し訳無さそうに笑った。
「すまんすまん、つい、な」
「い、いえ、大丈夫です」
殺気はなかったとは言え、レベル40台の強者の威圧はレベル10台の戦士であるバッツにとっては大きな負荷だ。
バッツは何度か深呼吸をして呼吸を整えた。
「それで、侍仮面といったか、ゼラを救った学院生というのは」
「はい、イルシオン学院の制服に、見たことのない装備を付けた仮面戦士でした」
「ふん、学院生か……」
ドランはバッツの肩に乗せた手にぐっと力を込め、声を荒げた。
「学院生だから偉いのか?
学院生ならいたいけな少女に強引にキスをしてもいいってか!?」
「い、痛いですってドランさん!
それに、キスしたのはゼラの方からで――」
「そんなわけあるかーー!
あんなにおしとやかなゼラが自分からキスなどありえん!」
いや、あんたの娘はおしとやかとは無縁ですぜ。
という言葉を自分の身の安全のためにぐっと我慢し、バッツはドランにはたかれた肩をさすった。
そして猛るドランの飛沫を浴びながら、昨日は同じ場所をゼラにはたかれたことを思い出し、バッツは「子は親の鏡」ということわざはこういうことを言っているのか、と一つ学んだ。
「くそ、あの吟遊詩人のせいだ。
なーにが可愛い子には旅をさせよ、だ。
今度あったらぶちのめしてやる!」
紅の狼の勢力を持ってすれば、よほど遠くに行きでもしない限り家出娘の捜索、それも巨大な斧を担いだ狂戦士などという極めて目立つ格好の娘の捜索など、数時間もあれば十分なものだ。
しかし消息を掴んだ後すぐにゼラを連れ戻さなかったのは、その時ちょうど酒場の吟遊詩人が「可愛い子には旅をさせよ」と歌ったからだ。
なにもことわざの深い意味が身にしみたわけではない。
ドランは粗野で学のない脳筋系冒険者だ。
言葉の意味を字面通りに受け取った彼は、可愛い子には旅をさせよ、つまり逆に言えば旅をさせないということは、娘の可愛さを否定することにつながるのでは? とほろ酔いの中思ったのだ。
自分の娘がこの世で最も可愛いと信じて疑わない彼はすぐに部下たちに不干渉の命令を下した。
翌日には娘に会えない寂しさから早速後悔するも、飲み仲間たちの前で啖呵を切った手前反故する訳にも行かず、せめて近況だけは知りたいとゼラとは面識のない甥のバッツに頼み込んで後をつけさせたのだ。
以来数週間、娘が家にいない飲み放題に遊び放題の生活も悪くないことに気づき、すっかり気に入ってしまっていたドランであった。
しかし今日、比較的平和なこのノザラス地方に起こった、近年稀に見る大事件にゼラが巻き込まれたと知り、冷や汗をかいたわけである。
「やっぱり連れ戻そう。
あの娘に外の世界はまだ早すぎる」
「ですが、ゼラはかなり楽しんでますよ。
強引に連れ戻すとなると、かなり揉めることに……」
「ぐぬぬ……」
ドランは頭を抱えた。
こういう時だけは、ゼラが息子だったらなと思わずにはいられなかった。
息子だったら話は簡単で、ぶん殴って言うことを聞かせれば良いだけなのだが、可愛い娘にはそうはいかない。
口喧嘩もそうそう負けない自信があるドランだったが、冒険者式の罵詈雑言を娘に浴びせるわけにもいかず、毎回言い返せず負けていた。
ノザラス地方に名を轟かせる気性の荒い狂戦士も、娘の前では不器用で口下手な父親であった。
迷った挙げ句、ドランはやはり怒りを吟遊詩人に向けることにした。
「くそ、やっぱり全部あの吟遊詩人のせいだ。
絶対ぶちのめしてやる」
見ず知らずの吟遊詩人の無事を祈りながら、バッツは暫くドランの愚痴に付き合った。
バッツにひとしきり愚痴った後、彼を引っ張って酒場に直行したドランは、千鳥足を踏みながら自宅に帰ってきた。
紅の狼のサブマスターであるドランはかなりの資産家であり、その自宅は城内の一等地にある、それなりの規模の屋敷だ。
当然家事など自分でするはずもなく、使用人も何人か雇っており、そのほとんどは戦死した仲間の家族だったりする。
冒険者は死と隣り合わせの職業だ。
自分が死んだ後に仲間たちが家族の面倒を見てくれるというのも、彼らが大手ギルドに入りたがる理由でもある。
「トーマス、おい、トーマス!」
何度か執事の名を呼ぶも、返事はなかった。
「ん?」
自宅の雰囲気がいつもと違うことを戦士の直感で察し、ドランは魔力を活性化させて酒気を飛ばし、酔いを覚ました。
よく見れば掃除に使ったであろうモップが床に転がっており、その近くには乾いた少量の血痕があった。
何かが起こった。
ドランは顔を険しくし、背後に担いでる相棒の斧を軽く触り、ズカズカとリビングへと向かった。
不用心なわけではない。
レベル40台の強者であるドランを脅かせるほどの脅威はそう多くはない。
侵入者はやはりリビングにいた。
いつもドランが座っている大きめの一人掛けソファーには一人の少年が腰掛けていた。
服装から見るに貴族だろう。
彼の後ろには女性が立っており、彼女は少年の肩を揉んでいた。
二人の横にはドランに勝るとも劣らない巨体を持つ男が仁王立ちしていた。
見覚えのない面々だった。
「誰だ、お前たちは」
目を細め、威圧感を放ちながら背中の斧に手をかけるドランに、少年は笑いかけた。
「やあドラン。
夜遅くにすまない。
私の名はイルク・フォルダン。
少し用があって来た」
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