21話 死闘

 死霊使いは我々に気づくと歪な笑みを浮かべた。

 そして両手に持っていたものを顔の高さまで掲げた。

 それは脈動する肉塊だった。

 人の身体の部位を無理やりつなぎ合わせた、見た者が吐き気を催すような、おぞましい肉塊だった。


 死霊使いはその醜い肉塊をまるで恋人でも見ているかのような目で見つめていた。

 そしてあろうことかそれにキスをした。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 心臓の鼓動音に似た音が、どこかから聞こえてきた。

 その音は時を追うごとに大きくなっていった。

 そしてそれと同時に、地面から振動を感じた。


 クノスが叫んだ。


「召喚術です!

 今のうちに仕掛けないと!」


 クノスの一喝はその異様な光景に足を止めていた我々を正気に戻した。

 ロイが剣を抜き、先頭に立って駆け出した。


「行くぞ!

 俺に続け!!」


「「「おおおーーー!!!」」」


 我々は雄叫びを上げ、全速で死霊使いに迫った。

 しかし召喚術が成功する前にあっさりと死霊使い倒しました、なんていうあっさりとした味付けの脚本が存在するわけもなく、原作通り我々は死霊使いの正面で地面から這い出た死体たちに囲まれた。


 トラウドが叫んだ。


「こいつは俺たちが殺る!

 雑魚どもを寄せ付けるな!」


 事前の打ち合わせ通り、冒険者たちは我々と死霊使いの戦闘に邪魔が入らないよう、周囲に輪を作って死霊軍団を食い止めた。

 我々レベル20台の戦士4人は同時に死霊使いに飛びかかった。


「いひひひ!!

 死ね、死ね、死ね!!

 全部俺のもんだ、俺のもんだ!!!」


 死霊使いは完全に正気を失っていた。

 死霊系の邪法具、それもこれほど強力なものになると、それは常人が軽々しく扱って良いものではない。

 魂が汚染されるのだ。

 汚染されると、今の彼のように自由意志を失い、魂を邪法具に囚われてしまう。

 今の彼は邪法具を使って魂を集めているのではない。

 邪法具に魂を集める道具として使われているのだ。


 死霊使いは素手で我々に立ち向かった。

 振り上げた右腕はみるみるうちに巨大化し、干上がり、生気のない異形の腕に変わった。

 3本の巨大な鉤爪は轟音とともに我々4人を吹き飛ばした。


 しかしこの歳でレベル20を突破した我々は全員天才と呼べるような戦士だ。

 そう簡単にやられるようなものではない。


 私は空中で体を捻り、剣気を放ち、死霊使いを牽制した。

 ロイとトラウドは素早く体勢を立て直し、両側から攻めた。

 そしてクノスがスキルの準備に入った。


「はあぁぁ!」


 武闘家であるクノスは武器を持たない。

 その代わり、彼の拳は鉄槌の如く硬く、重い。

 彼の溜めと共に、その拳は大気中の魔素を引き寄せ、淡く輝き始めた。


 我々は事前の打ち合わせ通り、クノスのスキル準備の時間を稼いだ。

 そして彼の拳の輝きが限界に達したのを見計らい、私は叫んだ。


「合わせろ!」


 私は今度は鋭い剣気ではなく、風の力を拡散させた、衝撃を伴う鈍い剣気を死霊使いの腕に対して放った。

 同時にロイは剣を叩きつけ、騎士であるトラウドは盾でぶん殴った。

 死霊使いの腕が弾かれ、体勢を崩した。

 それと同時に我々は道を開けた。


「激流拳!!」


 クノスはスキル名を叫びながら突進し、拳を突き出した。

 彼の拳は死霊使いのもう一本の腕に阻まれ、そこで止まった。

 破れた服から見えた皮膚は変異した方の腕と同じような質感になっており、並の攻撃ではダメージを通せないことは容易に想像できた。


 だが、激流拳の威力はここからだった。

 勢いを失ったかのように見えたクノスの拳を、大気中の魔素が「押した」。

 再び力を得た彼の拳は再び進み始め、そのまま死霊使いの腕を粉砕し、胸を打った。

 骨の折れる音と死霊使いの悲鳴が混じり合った、耳を覆いたくなるような音とともに死霊使いの胸は大きくへこんだ。

 胸骨だけではない、内臓もぐちゃぐちゃにされたはずだ。

 間違いなく即死だ。


 強力な一撃だった。

 レベル20台の限界値を超え、レベル30に達する威力を持った一撃だった。

 しかしそれは使用者の身体をも傷つける一撃でもあった。

 攻撃を終えたクノスの腕は力なく垂れ下がっていた。

 利き手が使えなくなり、魔力もほぼ枯渇している彼は戦闘力を失っていた。


 だがそれだけの価値はあった。

 死霊使いは死んだ。


 この世界のスキルというのはレベルが足りてれば習得できるようなものでも、熟練度を貯めれば習得できるようなものでもない。

 スキルの習得にはたゆまぬ鍛錬とそれを支える資源、そして何より才能が必要だ。

 特に激流拳のような強力なスキルは血反吐を吐くような修行だけでなく特殊な補助魔法薬が必要であり、更に悟りを開くことにも似た「何かを掴む」ことでようやく習得できるものだ。

 帝国中から集められた天才集団である学院生の中でも、このレベルのスキルを習得しているものは少ない。


 死霊使いは死んだ。

 しかし邪気の濃度は増えていく一方だった。


 原因に気づいたのはトラウドだった。


「これか!」


 トラウドは死霊使いが戦闘中に脇に落とした肉塊を斬りつけた。

 全ての元凶である邪法具を破壊してしまえば問題は解決する。

 短絡的だが、当然の判断だった。

 トラウドの剣が肉塊を切り裂いた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が上がった。


 この場にいた全ての人間が思わず動きを止めた。

 ただの悲鳴ではない。

 それは魂への攻撃だった。


 幸い動きを止めたのは人間たちだけでなく、死者たちもそうだったため、一気に全滅するようなことにはならなかった。

 しかしそのかわりにとんでもない事が起きた。

 死体たちは「融けた」。

 そして鼻をえぐるような悪臭とともに、その汚水は肉塊に集まり、形を取った。


 怪物が生まれた。


 それは死霊使いの右腕の変異が全身に広がったかのような怪物だった。

 放つ威圧感はレベル20の域を越え、レベル30台に突入していた。


 レベル30台の死霊生物。

 このダンジョンにおいては核兵器のような存在だ。


 怪物は咆哮を上げ、激流拳の反動と肉塊の悲鳴によるショックで立ち尽くしていたクノスに向かってその腕を振り下ろした。


「させん!」


 近くにいた騎士であるトラウドはギリギリのところで反応し、その間に割って入り、盾を掲げた。


 轟音と共に二人は吹き飛ばされた。

 クノスはそのまま意識を失った。

 トラウドはおびただしい量の血を吐きながらも立とうともがいた。


「こっちです!」


 二人にとどめを刺そうと近づいた怪物の注意を引いたのは金色の輝きだった。

 怪物の視線の先ではエレアが帝冠を掲げていた。


 帝冠に宿る信仰の力を嗅ぎ取ったのだろう。

 エレアを見る怪物の目は欲望に塗れていた。

 それはすぐさまクノスとトラウドを放置し、エレアに向かって跳んだ。


 振り下ろされた強力な一撃は帝冠が発したバリアに阻まれた。

 しかし一瞬の拮抗の後、バリアは破られた。

 帝冠は確かに神域級魔法具だが、それは象徴としての意味合いの方が強く、本体の効能は強くない。

 その上レベル19のエレアには、その効能の全てを発揮できるような魔力もなかった。


 魔力の殆どを費やしたバリアを破られ、エレアはたまらず帝冠を再びスペースリング内に戻した。

 欲していた標的を見失った怪物は激怒し、咆哮を上げながら暴れた。


 この危機に動いたのは、帝冠の輝きによって正気を取り戻した周りの冒険者達だった。

 彼らは崩れ落ちたエレアを含む戦闘力を失った者たちを後方へ庇うとともに、身を挺して怪物の足止めをした。


 瞬く間に数人の死者が出た。

 死者の魂を取り入れたのか、犠牲者が生まれるたびに怪物は笑い声にも似た咆哮を上げ、力を増した。

 そしてさらなる命を求め、それは冒険者が集まっている地点に渾身の一撃を叩き込んだ。


 私はこの好機を逃さなかった。

 助走をつけ、跳んでその攻撃の前に割り込んだ。

 そして空中で斬撃を放ち、その一撃の威力を相殺しながらもまともに食らった。


「侍仮面!」


 吹き飛ばされている途中、ゼラの悲鳴が聞こえた。

 そして私はある事実に気づいた。

 気づいてしまった。


 侍仮面って、なんかちょっとダサいかも?


 もっとちゃんとした呼び名を考えるべきだったかという僅かな後悔とともに、私は地面に倒れ伏した。


 痛手を受けた「演技」をしながら、私は内心満足していた。

 これでようやく自然に退場出来た。

 あまり張り切りすぎて原作の流れを壊してしまったら目も当てられない。


「そんな……」


 冒険者たちは絶望に陥った。

 無理もない。

 私の退場とともに、主力の殆どが戦闘不能になったのだ。


 この危機的な状況の中、立ち上がったのはやはり主人公であるロイだった。


「父さん。

 今が絶体絶命のときだよね」


 ロイはついに背中の剣の封を解いた。

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