夏休み③
「まだ、男が怖いか?」
「少し」
「藤沢は?」
「圭人は、別」
「・・・・俺は?」
俺の視線の先で、悠木は強く目を瞑った。
聞いてはいけない事だっただろうか。
そうも思った。
だが、どうやらそうではないらしい。
唇を噛み、悠木は一生懸命考えてくれているようだった。
やがて、小さな息をふぅっと吐き出し、悠木は言った。
「・・・・わからない」
「そっか」
悠木の答えに、詰めていた息を吐き出す。
いつの間にか、息を止めてしまっていたらしい。
望んでいた答えではなかったけれど、怖れていた答えでも無い。
その事に俺は安堵し、悠木に告げた。
「でも俺は、悠木が好きだ」
「えっ」
驚きで見開かれた綺麗なグレーの瞳が、まっすぐに俺を見る。
出会った時と同じ、相変わらず犯罪級に綺麗な瞳。
「眠いとどこでもすぐ寝るし、爆睡してるとなかなか起きねえし、機嫌悪いとすげー怖いし、よくわかんない奴だけど、俺は、悠木瑠偉って奴が、好きなんだ。多分、初めて会った時から、ずっと」
「・・・・おかしな趣味だな」
「だな」
「少しは、否定しろ」
「悪い、無理」
フッと目を細め、悠木が吹き出す。
ひとしきり笑った後、悠木は再び視線を海へと戻し、口を開いた。
「しじょー」
「なんだ?」
「しじょーといると、楽しい。一緒にいると、安心する。でも・・・・時々、怖くなる時も、ある。多分、しじょーのせいじゃない。私自身の、問題。今は、これしか言えない・・・・これじゃ、ダメか?」
「十分だ」
俺の言葉に、悠木の横顔がホッとしたように緩む。
悠木の言葉は、俺が望んでいた言葉ではなかったけれども。
初めて俺の前で、悠木は自分を【私】と言った。きっと無意識なのだろうと思う。
今の俺には、これで十分だと。
心の底から、そう思った。
「しじょー」
「ん?」
「眠い・・・・」
「まじかっ!」
見れば、悠木の目は既にトロンとして、今にも寝てしまいそうだ。
ちょっと、緊張させ過ぎてしまっただろうか・・・・いや、緊張したのは、俺も同じなんだけど。
でも、昨日帰国したばかりで、今日は家に来るなりテキスト読み込んでたし、それでこの展開なら・・・・さすがに疲れて眠くもなってしまうだろう。
悠木にとっては、ちょっと負荷が高すぎたのかもしれない。
このままバイクの後ろになんか乗せてしまったら、きっと爆睡して途中で転げ落ちること、間違いなしだ。
そんな危険な事、絶対させる訳にはいかないっ!
「少し、寝てけ」
「え・・・・わっ」
俺は少し強めに悠木の肩を引き寄せ、そのまま悠木の上体を俺の膝の上に倒した。
言ってみれば、膝枕状態だ。
「枕よりは硬いけど、無いよりマシだろ」
「・・・・うん」
海の方を向いたままの悠木の顔が見えないのは残念だったが。
いくらも経たないうちに聞こえて来た小さな寝息に、胸の真ん中がホッコリと温まる。
上着を脱いで肩に掛けてやりながら、俺は束の間の幸せを噛みしめていた。
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