第9話 沢岸ソウオン

 沢岸さわぎしソウオンの心は、沈んでいた。

 破壊はかい奪取だっしゅ復讐ふくしゅう撃滅げきめつ

 目の下にくまができていて、飢えた獣のような目つきをしている。

 その男性の心の中は、うらみで満ちていた。

「ひいっ」

 街中で肩がぶつかったのだ。その通行人は、一目散いちもくさんに逃げていった。

 足元に、何かが落ちている。

 財布だ。

 無言で拾うソウオン。まるで、自分のものだというように。

 もちろん、拾ったものは交番に届けなくてはいけない。よい子のみんなはマネしないように。

「なんだ? エイプ?」

 財布の中に、見慣れないカードが入っていた。ソウオンは、つい口に出してしまった。

 その瞬間、声が聞こえた。

 バトルロイヤルについて説明している謎の声。

「うるせェ! ガタガタわめくな!」

 悪態あくたいをつくソウオン。しかし、声は消えない。むしろ強くなっている。

 イライラとした気持ちを隠すことなく、ソウオンは周りに当たり散らす。

 ソウオンの中でスイッチが入った。最後まで残った者の願いがかなえられると知って、狂喜乱舞きょうきらんぶする。

「俺様の願いはひとつだ!」

 そして、声のリアクションはない。ソウオンの高笑いがひびいた。

 獰猛どうもうな笑みを浮かべるソウオン。

 街の人ごみの中に消えていった。

「食らいつくせ! カンサ・エイプ!」

 ソウオンの雄叫おたけびとともに、イマジン空間が開いた。

「俺様は、沢岸さわぎしソウオン。願いは、混沌こんとんだ」

 ノコノコとやってきた長い髪の女性に対して、ソウオンが告げた。宣戦布告せんせんふこくだ。

「わたしの願いは、世界平和よ。きて。カンサ・マーチ!」

「くだらねェな。さァて。カンサ・エイプの力、見せてやるか」

 エイプは武器を持たない。素手。機敏な動きの鎧が、ガシャッと音を立てた。

 あっというまにマーチのふところに飛び込み、こぶしを繰り出すエイプ。鋭い動きに、マーチは回避が精一杯の様子。

 弓矢は離れていないとうまく攻撃できない。女性は、焦っているようだ。

「なんで、武器もないのに」

「くっくっく」

 目つきの悪い男性は、確信していた。この勝負の行方ゆくえを。自分の力の意味を。

 ソウオンの操るエイプは、純粋に強い。武器を持たないからなのか、ほかの鎧と何かが違うのかは分からない。格闘家のような、小刻みに跳ねる動きを見せる。

 下段蹴りが当たった。マーチを操る女性から苦悶くもんの声がもれる。

 正拳突きがヒット。やはり、スタイルのいい女性は苦しんでいる。

 エイプが、圧倒的な力でマーチを追い詰めていく。

「そろそろ終わりにするか」

「いけない!」

 逃げ場のなくなったマーチは、空へ飛んだ。奥の手である飛行能力を発揮はっきし、マーチは逃げたのだ。

「ちっ。……まあいい」

 去っていく女性を、ソウオンは放置した。

 すぐにカンサはしまわない。しばらく、優越感ゆうえつかんにひたっていた。強者の余裕だ。

 そして、マモノが現れた。イマジン空間を長く開きすぎたためだ。

 もちろん、ソウオンは声によってそのことを知っていた。あえてそうしたのだ。

 無言でカンサ・エイプに指示を出すソウオン。

 やはり、黙って従うエイプ。

 破壊はかい破壊はかい破壊はかい破壊はかい

 ソウオンの心の中は、何をしていてもむなしさで満ちていた。カンサを操っても、それはあまり変わらない。

 クマのようなマモノは、エイプの連続攻撃をまともに受けた。マモノは変形しない。どうやら、殴られても斬られても形が変わらないようだ。まさに、ていのいいサンドバッグ。

 爆発が起こる。

 ただし、一定以上のダメージを受けると跡形もなく消えるらしい。マモノとは、妙なものだ。

 わずかに満足した。ソウオンがカードをしまった。イマジン空間が消えていく。

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