ロウケ

多田七究

第一章 マモノ

第1話 カンサ

 空が光った。

 吹く風から生ぬるさが消え、すずしさを覚えるようになった季節。かたむいた太陽が、温度をさらに下げている。

 天空から、何かが舞い降りてきた。

 ときおりかがやきながら、ひらひらと揺れるもの。それは、カードだ。手のひらに楽々収まるほどの大きさ。老若男女ろうにゃくなんにょいくつかの手をすり抜けて、地上へと近づいていく。

 ここ、都会には大勢の人がいる。背の高い建物からのびる手は、ことごとく空を切っていた。

 公園のベンチに座る一人の男性が、カードをつかんだ。

「なんだ、こりゃ」

 手におさまった長方形のひらたい物体には、ジャニュと書いてあった。

 その男性が、誰かに呼ばれる。

「アラタ、何やってんの?」

 小走りで近づいてきたボブカットの女性は、男性の、アラタの知り合いらしい。

「コハル、これ知らないか?」

 差し出したカードには、鎧姿よろいすがたの何かがえがかれていた。剣を持っている。

「知らない」

「そうか。たぶん、カードゲームじゃない。ポイントが書いてないからな」

 コハルと呼ばれた女性は、興味なさそうに髪をいじっていた。黒髪だ。対して、アラタはじゃっかん興味があるらしい。カードをしげしげと見つめていた。こちらも黒髪だった。


「それじゃ、またね」

「おう」

 駅のほうへと去っていく、黒髪のコハル。

 見送るアラタも黒髪。髪はそれほど長くない。普通だ。見た目も普通の若者。特別な訓練を受けているようには見えない。

 とつぜん、辺りの様子が変わった。

 まるで、物理法則が変わったかのような奇妙な感じ。色も紫に変わっていた。アラタが自分の姿を確認すると、色はそのままに見える。

「なんだ?」

 別の空間で上書きされたかのような違和感。

 しかし、ほかの人たちは普通に過ごしている。紫色になったことも気にせず。

「大丈夫ですか?」

「なんだ、あんたは。どいてくれ」

 紫色の人に話しかけても、そっけない。まるで、自分が紫色になったことなど気づいていないかのようだ。

 背の高い建物に囲まれた小さな公園で、アラタはしばし呆然ぼうぜんとしていた。ふと、カードをながめてみる。

 金属音がした。二度、三度。

「あっちか?」

 アラタは、音の鳴るほうへと向かう。それが、運命を左右するとも知らずに。


 道路標識が、甲高かんだかおととともに両断された。

 アラタの視線の先には、鎧姿の人物がいた。剣を持っている。さきほど道路標識を斬ったのはその剣で、とても常人じょうじんにできる芸当ではない。

「どういうことだよ、これ」

 コウモリのような相手と戦う鎧。ガシャガシャと音が鳴る。だが、周りにいる誰もがそれを見ていない。アラタともう一人を除いて。

 街路樹がいろじゅが縦に斬られた。

 都会の街中で建物や信号機が壊れても、やはり誰も気にしていない。アラタだけがあたふたしている。

「お、おい。大変なことになってるぞ」

「新たなカンサ使いか」

 黒い服の男性が言った。同い年くらいに見えるその男性も、アラタと同じく色が変わっていない。いぶかしみながら、アラタが口を開く。

「監査?」

「この状況でとぼけるとは、骨のありそうなやつだ」

「あんた、何者だ」

「オレはミズチ。楠堂くすどうミズチ」

「名前じゃなくてだな」

 二人が話しているあいだにも、鎧は戦い続けている。鎧姿の人物が、コウモリのような相手を追い詰めていた。

 そのとき、コウモリのような物体が近くの人に襲いかかった。近づかれた人は、うなだれている。

「ちっ。しくじったな。フェブ」

「だ、大丈夫ですか?」

 コウモリのようなものに構わず、うなだれた人に声をかけるアラタ。しかし、紫色の人から返事はない。

「こいつ!」

 少し大きくなったコウモリのような怪物。それに殴りかかるアラタ。しかし、まるで手ごたえがない。

 黒い服のミズチが、表情を変えずに淡々と告げる。最後に右手のカードをちらりと見た。

「マモノはカンサでしか倒せんぞ」

 音を立てて走る鎧に、アラタはどこか見覚えがあった。

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