第一の犠牲者
ところが警察は早々に自殺と断定し、そこで捜査を打ち切ってしまった。当然、平田たちにまで捜査の手が回ることはない。結局、このニュースは地元をほんの一時動揺させただけであり、平田たちは咎めを受けることなく再び日常へと戻っていったのであった。
***
秋野翼の死から三カ月、彼の死は人々の間から忘れ去られようとしていた。
「はぁ……」
夕暮れ時の路地を、一人の少年が歩いている。名を今村といい、平田の取り巻きの一人であった。今日家で仕上げなければならない課題のプリントを学校に置き忘れ、取りに戻っているのだ。
今村には、宿題のプリントよりも気がかりなことがあった。今から三か月前、要求した金を持ってこられなかった秋野を、平田と一緒に橋から落としてしまったことだ。落下した秋野の体は、そのまま流されていってしまった。まさか、本当に死んでしまったんじゃ……あの時、三人は顔を青くしてその場から立ち去ったのであった。
今村にとって秋野は自分たちに逆らわない便利な金づるであり、殺したいほど憎い相手ではなかった。結局自殺と断定され、お咎めを受けることはなかったものの、いつ
雑木林に隣接した道を歩いていると、突然ぽつり……と、水滴が空から降ってきて頭を濡らした。
「雨か?」
今村はおもむろに空を見上げると、ぽつり、ぽつりと水滴が増えてきて、やがてざーっという強い雨になった。秋の冷たい雨が、今村の体をじっとり濡らしていく。
「うわっサイアク!」
突然の夕立に焦った今村は、全力で駆け出した。手元に傘はなく、濡れるに任せたまま学校まで急ぐより他はない。
先を急ぐあまり、前を見ていなかった今村は、どん、と何かにぶつかった。
「痛ってぇなぁ……」
はずみで尻餅をついてしまった今村は、顔を上げてぶつかった相手の方を見た。
「うわっ!」
目の前に立っていたのは、鷲のような頭を持ち、背中から翼を生やした怪人であった。その手は猛禽類の
ぎょろりとした大きな目が、今村を真っすぐ見つめていた。その不気味な眼差しを向けられた今村は、恐怖で背筋をぞくっと震わせた。
「ば、化け物だ!」
鷲人間は、無言のまま今村の方へ歩いてくる。今村は尻餅をつきながら後ずさり、何とか距離を取ろうとした。が、鷲人間はそれを逃すまいと、すぐに今村の目前に迫ってきた。
立ち上がって逃げようとする今村――そこに、鷲人間の右腕が振り下ろされた。
「があっ!」
鋭い爪が、今村の胸を切り裂いた。ワイシャツごと肉が裂かれ、赤い筋が三本、少年の胸に刻まれた。肉が裂け、鮮血が噴き出して鷲人間の体を返り血に染めた。
「ああああああっ!」
今村は激痛のあまり、胸を押さえながら泣き叫んだ。胸を押さえる右手からは、赤い鮮血が溢れ出してアスファルトの地面にこぼれ落ちている。
鷲人間は右手で今村の首根っこを掴み、信じられないほど強い力でその体を宙に持ち上げた。今村の顔は首を強い力で締めつけられたことで真っ赤になっており、口からは「がっ、はっ」のような声にならない声ばかりが漏れている。胸からはなおも血が滴り、腹から足を伝って流れ落ちている。このままでは首を絞められて殺されるか、胸からの出血多量で死ぬか、であった。
今村はなぜこんな目に遭わなければならないのか、全く理解できなかった。分かるのはただ一つ、得体のしれない化け物が、理不尽な暴力によって自分の命を奪おうとしているということだけだ。この少年は激痛に耐えながら、足をじたばたさせて精一杯の抵抗を示していた。
ぐきり
今村の首は、異常なほど強い力によってへし折られた。さっきまでじたばたしていた今村の両脚からは瞬時に力が抜け、だらんと垂れ下がった。この一撃が、今村にとっての致命打となったのである。
完全に息の根を止められた少年の体を、鷲人間は乱暴に放り投げた。冷たいアスファルトの上で、虚ろな目をした少年は、降りしきる雨に濡れていた。
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