陽炎のリサ・トゥリカ

出水 達郎

~序章~ 入隊試験編

第一話  陽炎(かげろう)のリサ・トゥリカ

リサ・トゥリカ・リストヴァル


彼女は今年で16歳になる少女であった。


肩ほどの長さの金色の髪をなびかせ、青い目をした色白の少女は今まさに服を脱ぎ、裸になろうとしていた。


(恥ずかしいっ!恥ずかしいっ!…こんなに恥ずかしいのは生まれて始めて!)


しかし、ここは浴場。


裸になるのを恥ずかしがっているものなど彼女の他に誰も居なかった。

彼女は身体に自身が無いからだろうか?それは違った。


リサ・トゥリカは年の割には女性的に成長しており、スタイルも決して悪くない。


見られたくない様な醜い傷があるのだろうか?それも違った。


彼女の身体には傷は少々あったが決して醜いと思われるほどのものは見られない。


では何故か?

彼女が恥ずかしがるのは当然のことであった。


ここにいる人間は彼女を除いて「男性」しか居なかったのだ。


裸のリサ・トゥリカの周りには若い大勢の男達がいる。


それも年頃の若い男ばかりで鍛えているのか逞しい体つきをした者が多い。


しかしどうもその様子はどうもおかしい。

この場で顔を赤くして震えているのはリサだけのようであった。


周囲の男達はリサのことなど気にすることもなく談笑を続ける。まるでリサがそこに居ないかのように。


まともな年頃の青年であればリサの裸を前に平然としていないだろう。


(そうよ…さっさと湯舟に入ってしまえば良いのよ!)


そう思いリサは足早に男達の間を抜け浴室へ向う。


「よっ!お疲れっ!」


そう思った矢先、リサは近くにいた若い男性に背中をパチンと叩かれる。


「ひっ…!」


「おい、何変な声出してんだよ?」


「ぁ…あぁ!お疲れ!」


そうリサが返すと男は首をかしげながらさっさと浴室に入って行ってしまった。


それに続いて周りの男達も浴室に向かって行く。

筋骨隆々の男達は下半身など隠さず堂々と歩いていく。


(~~~~~~っ!)


へたり込んでいるリサの目の前を男達は次々に通り過ぎていく。


そしてふと手を見ると赤い血が付いていることに気づく。リサは少し焦るがそれは鼻から血が出ているだけだと気づく。


「お、おいっ!大丈夫か!」


「まだ風呂に入って無いのにのぼせたのかっ!?おいっ!」


その様子に気づいた男達はぞろぞろとリサの元へ寄ってくる。リサを取り巻く男達には下心のようなものは見られず、むしろ純粋に心配して寄ってきている様に見える。


だがその親切心と介抱も今のリサにとってはただの嫌がらせにしか感じられない。


「いいっ!いいからお前達っ!近寄るな!触るなああぁぁぁっ!!!」



男達の集団の中に少女が一人。

一見すると奇妙な光景であった。


なぜこんなことが?


この時は彼女は少し後悔したかもしれない。

だがこんな些細な障害は超えていかなくてはならない。


なぜならこれは彼女リサ・トゥリカ自身が望んで飛び込んだ世界なのだから。


彼女には果たすべき使命があるのだから。










~30日程、時は遡る~











地に伏した大柄な男を前に彼女、リサ・トゥリカが見下ろしていた。


リサとその男の周囲には荒れた土、恐らく二人のものでは無いであろう血の跡が伺える。


更に周囲には歓声を上げている人間が多く立ち、更に二人の間には一人の違う服装をした男が立つ。


リサと地に伏した男の手には木造の武器らしきものが握られており、男もリサも同じ青い軍服を身に纏っている。

これが見世物、もしくは模擬戦の様な戦いであることは誰の目にも明らかだった。


自分の体重の二倍はあろうかという大男が土に伏している、それを成したのはリサ・トゥリカの剣に他ならない。


その風体は青い軍服に青い軍帽、風に揺られなびく金色の長髪に細身の身体。


幼さの残る顔立ちではあるが鋭い目つきからこの戦いに強い意思を秘めているのが感じ取れる。



(この程度、兄上であれば当然のこと・・・)



そう思いながら彼女は模擬刀に付いた泥を振り払うと同時に武器を納めた。


その手裁きに一切の淀みはなく、その姿は言うなれば獣が獲物を仕留めた後、爪を研いでいる姿を見ているような、そんな姿を周囲に見せつけていた。


一見あり得ないような光景だが、これが町の剣術道場程度のレベルの相手であれば起きていてもおかしくはない。


しかしこれは王都で開催されている 防衛隊士ぼうえいたいしの入隊試験。


国内で選りすぐられた人材が凌ぎを削る熱気の舞台。


入口の門の目立つ位置に大きく看板が掲げられている。



【第113回 王都 防衛隊士入隊試験ぼうえいたいしにゅうたいしけん 第3試験会場 】


 

この異様な光景を目の当たりにして周囲の人間はどう思うのか?

夢を、幻を見ているのか?妖に化かされているのではないか?


そんな中、低い唸り声と共に二人の間に立っていた一人の獣人の男が声を上げる。



「勝者、48番!!」



そう叫ばれたのはリサが武器を仕舞い、数秒後のことであった。


試験官と思われる獣人族の男から会場全域に響き渡る声。


賑わっていた会場が一息ほど静まり返ったが、その後に続くのは以外にもまばらな拍手と歓声が広がるのみであった。この異様な光景を目の当たりにしたであろう観衆の歓声は聞こえてこない。


純粋に健闘を称えるもの、敵意を露わに目を光らせるもの、冷静に分析するもの、見世物として楽しんでいるもの、そんなものであった。



「あんな小僧にのされるとは、石拳のゴイルという男・・・見込み違いだったか・・・」


「あの子、ちょっとカッコ良くない?あたし結構好みかもー!」


「へぇ・・・あれがリストヴァル家の長男か」



観客から思い思いに言葉が発せられる。


挑発的な言動から下卑た発言まで、様々あるがそのどれもリサの心を揺さぶることはない。

いや、どの言葉も”リサ”には届いていない。



(・・・くだらないわね。)



リサはそんな周囲の声を、武器についた泥と同様に振り払うと審査員のいる方向へ踵を返す。



「48番!リオ・ドルス・リストヴァル、模擬戦終了しました!」



両腕を腰の後ろに回し、リサが規律に準じて声を発した。


これはただの試験官への報告だ。

試合に勝利したとはいえ試験に合格したわけではない。

これは軍に身を置くであろう審査員へのおべっかだ。


彼らから好感を得られるであろう人物像は想定がつく、こんなことで少しでも点を稼げるのであれば、それを演じるのはやぶさかではない。


合格するならば出来ることはなんでもやる。



(まったく・・・随分上手になってしまったわね・・・)



内心苦笑するリサであったが決して表情に出すようなヘマはしない。



「リオ・ドルス!見事であった!3次試験の合否が出るまで控室で待機すること!行け!」


「はっ!」


割腹の良い試験官の持つ受験者リストから48番の項目が覗く。

「48番 リストヴァル家 長男 リオ・ドルス・リストヴァル」



目の前で起こったことに対する周囲の態度、リサに浴びせられる言動、視線。それに違和感を感じている人間はこの会場にどこにもいなかった。


無論、リサ・トゥリカも感じてはいない。むしろそうであってもらわなければ困る。


そう、観客は、いや魔装士隊員ですらもまぎれもなく夢を、幻を見ているのだ。見せられているのだ。

周囲の人間の目に写っている姿は齢十数歳の小娘、リサ・トゥリカではない。


細身の身体に金色の短髪、涼しげな目つきをしたリオ・ドルスと呼ばれる青年なのだから。






(兄様、リサを見ていてくれていますか?リサは、リサは必ず・・・)





試験官に背を向け数歩。リサの頭に少しばかり”あの日”の記憶が頭を過った。ほんの一瞬であったがリオ・ドルスの後頭部が僅かに揺らめく。


木の葉が風に舞い、表面だけがくっきり見えるようなそんな一瞬。


この一瞬を認識できるのはこの場にいる正式な防衛隊士でも相当な使い手の者に限られるだろう、そんな一瞬の出来事だった。


「ん?あれぇ・・・?あの辺り揺れて見えたような・・・」


汗にまみれた割腹の良い試験官がぼやく。


「もーボジャック先輩!現場から離れて鈍ってるんじゃないスか?今日は暑いっスからねー少し代わりますよ、あと少し痩せましょう!」


隣の若手の試験官が名簿を奪う。


おかしいな、と首を傾げるボジャックと呼ばれる試験官を尻目にリオ・ドルスの姿は小さくなる。




暑い日差しを避け、物陰に入ると少しリサ・トゥリカは深く息を吸う。



馬鹿か、こんなところで、それもまだ何も、始まってすらいない。そう思い彼女は自分の成すべきこと、自分を、兄を、再度理解する。


(・・・見ていて下さい・・・)


リサの瞳に再び鋭さが残る。

先ほど一瞬だけ見せた、彼女の年相応なやわらかな表情はもうどこにも見当たらない。


(・・・兄様の敵はリサが必ず取ってみせますから・・・)


そしてリサ・トゥリカの姿は陽炎かげろうに消える。







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