第7話 彼女の部屋に訪れたアクマ
俺は自分の部屋に辿り着いていた。
母親が「アンタ顔色悪いわよ」などと言っていたが無視して自室に飛び込む。
ネカフェを出て道を歩いてるうち、俺は気づいたらいつもの俺だった。
ユニクロのシャツとジーンズ。
何処にでもいる大学生。
何なんだ。
どうしたらいいんだ。
自分の部屋の中で頭を抱える俺。
ズルズルと床にしゃがみ込む。
まずい。
『狂った奇術師』
あのインターネットカフェで撮影された動画はとっくに流れてるかもしれない。
いや、落ち着け。
大丈夫だ。
俺は顔を隠してた。
マスクで覆って服装は真っ白いタキシード。
ユニクロのシャツとジーンズの俺とは大違い。
混同するバカはいない。
はぁはぁ。
あのインターネットカフェには防犯カメラが有った。
カメラはあのカウンター奥の一ヶ所だけだったろうか。
普通に考えると複数設置してありそうな気がする。
俺がいたペアシートの席は。
部屋の中は?
部屋の中はさすがに撮らないよな。
ラブホ替わりに使う客を見越してるんならプライバシーの侵害。
録画なんかしてたら犯罪行為だろ。
でもどうだろ。
部屋の中で事件も起こりそうだ。
イザという時の為カメラを設置してある。
そんな可能性も。
部屋に入室する時は?
店内を広角で撮るカメラ。
それは多分有るだろ。
俺、撮られていただろうか。
はぁはぁ。
くっそ、カメラなんて気にしてなかった。
どこかで撮られてる、その可能性は充分有る。
どうする?
今からでもカフェに行って、カメラを壊す。
カメラを壊したって録画が残ってるだろ。
なら録画したレコーダーを壊す。
はぁはぁ。
行くか?
あれから一時間~二時間。
警察は来てるかもしれないが、まだ映像は渡っていないかもしれない。
録画した記録なんてすぐ警察が押収するか。
じゃあもう遅い。
いや、あの店は血みどろの惨劇。
死傷者の回収や、現場検証が優先。
まだ可能性は有る。
「・・・・、ちょっと来て」
母親が俺の名前を呼ぶ。
大事な事考えてんだよ。
と思いつつ、俺は行く。
母親はテレビを見ていた。
画面には白いタキシードを着た男。
銃らしき物を構え発砲する。
「たった今、警察から容疑者の写真が公表されました。
昨夜に引き続き、本日インターネットカフェ〇〇〇にて凶器を使用した男。
ご覧いただけているでしょうか。
この写真、この男が白いタキシードに着替える前の写真であります。
目撃情報などございましたら警察へご一報ください」
さらに男の写真。
ユニクロらしきシャツとジーンズ。
中肉中背の若い男。
写真は大分ボケてる。
遠くに撮った物を切り出したのだろう。
母親が俺の服装をジロジロと眺める。
「なんだかこの写真とアンタの服が似てる気がして呼んだんだけど…。
偶然よね。
このカフェってこれアンタの大学の近くなんじゃないの?」
俺は適当にごまかす。
えっ、何処のカフェだって?
マジで?!
じゃ近いかもな。
そんな所にネカフェなんか有ったかな?
最近出来たのかもな。
部屋に向かう俺に母親が言う。
「アンタ、その服着るの止めなさい。
下手に疑われでもしたらイヤでしょう」
「イヤだな、そんな似てるか。
でもそうだな、分かった」
俺は部屋に戻って横になる。
もう出かける用事は無くなってしまった。
そうか、やはり店にカメラが有ったんだ。
テレビで流れていた白いタキシードの男は鮮明に映っていた。
『狂った奇術師』
コメンテーターもそう呼んでいた。
華麗に空中を回転。
普通に見たら、どう考えてもCG加工。
「防犯カメラに写っていたと言いますが…」
「どう見ても有り得ない」
「加工されたものじゃないんですか?」
「警察の公表した画像ですから」
「何かの仕掛けが有るとして、そのカフェから仕掛けは発見されたんですか」
「いえ、今の所何も」
「ただの愉快犯でしょう。何かの仕掛けは有るんでしょうが」
「それより今は犯人を捕まえるのが先決でしょう」
「この服装で歩いていたら目立ちます」
「この写真、地味な服装の男。この写真の方が重要です。この写真から市民の皆様の協力を」
はっははははは。
さすが俺。
『狂った奇術師』
恰好良すぎる。
見てる奴も快哉を叫ぶだろう。
勿論他の人間がいる所では眉をしかめて見せる。
嫌ね、残酷。
酷過ぎますね。
その裏でニヤ付いてる心が有るのはお見通し。
もっと撃て、もっと殺せ、血を流せ。
もっと派手に、もっと残酷に、破壊し続けろ。
今も俺の中に流れ込んでくるのだから。
くっくくくくくくくく。
アヒャヒャヒャと笑いそうになるのを俺は堪える。
さすがに母親に聞こえるだろう。
『狂った奇術師』
あの動画を見て俺を連想する奴はいない。
正確には分からないが体格まで変わってるんじゃないか。
俺にしてはどうもスマートだ。
まあいい。
もう一つの写真。
重要なのはそっち。
あの時俺の服装を知っていたのは誰だ。
大学、ゼミに居たヤツらは数人。
俺の服まで見ただろうか。
大して変わり映えもしない服装。
覚えているだろうか。
教授。
教授とは短い時間とは言え、二人切りになった。
覚えていても不思議は無い。
彼女。
そうだ。
教授の部屋を出る時、彼女に逢った。
この服装で以前にも逢った事が有るだろうか。
有るだろう。
有ると思った方が自然。
彼女に逢いたいな。
今日はダメだって言われたんだっけ。
あれ。
俺は有る事に気付く。
小鳥遊リリス。
赤い服を着た少女。
あいつ画像に映って無かった。
テレビで見た映像には俺しかいなかった。
たまたまか。
現場では小鳥遊リリスは俺の横にいた。
しかしカウンターのお姉さんを撃った時は離れていた。
昨夜の映像は。
空中を散歩しながらロケットランチャーを撃つ俺。
横には小鳥遊リリスがいた筈。
真っ赤な服、黒い翼でフワフワと飛んでいた。
俺と同じくらいには目立ったはずだ。
ロケットランチャーを撃ったのは俺だから、『狂った奇術師』が主犯としてクローズアップされるのは当然だ。
しかし横にいた小鳥遊リリスだって共犯として名前が挙がる筈だろ。
“電子の精霊”、“ゲームの小悪魔”、そんな名前は知られてないとしてもコスプレ服の少女。
共犯者として赤い服の女くらいの名前は連呼される。
だが、俺が見たニュースでは一度も映像も名前も出ていなかったのだ。
なんだこれ。
俺は何か騙されたような気持になる。
悪いのはあの女なんじゃないか。
小鳥遊リリス。
悪魔と自分の事を言っていた女。
俺、悪魔にダマされたのか。
俺は服を着替える。
コットンパンツにカラーシャツ。
全く関係ない服装。
ついでに押し入れからキャップも取り出す。
ワザとらしいだろうか。
野球帽位なら誰でも被るよな。
コンビニでサングラスでも買おうか。
だからその方が怪しいって。
俺が自分の部屋から出ると母親は電話していた。
「だから!貴方も確認してよ。
ニュースでも流れてるの。
仕事中でもスマホくらい確認できるでしょう。
・・・・、あの子が着てた服と一緒なの。
場所も大学の近くなの。
偶然だって?!
そんなの分かってるの。
とにかく貴方も確認して。
いい、すぐよ」
俺は気配を隠して玄関へ向かう。
何だかいつもより体が軽い。
一つの音も立てずに靴を履き、扉を開ける。
身体は軽いが、胸の奥は重い。
どうする。
母親は気づいてるのか。
大量殺人犯が自分の息子とは思いたくない。
まだ疑ってる段階。
ヤるなら今のうち。
ヤるって何を?
相手は母親だぞ。
俺、頭がおかしくなってないか。
きっとストレス。
ストレスで少しばかり思考回路が壊れてる。
彼女に逢おう。
彼女と逢って話せばストレスなんて吹っ飛ぶ。
俺は彼女の家に行くつもりになっている。
マンションまで押しかけて、近くに居るんだってラインしてみる。
何しに行くんだ。
あの指名手配犯の写真、俺に似てね。
似てるって言われたらどうするんだ
良いじゃないか。
彼女に逢いたいんだ。
俺だって疲れてるんだ。
彼氏彼女だ。
逢いたくなって何が悪い。
理由なんか要るか。
大学で一瞬逢っただけ。
五分と話して無いだろう。
なのにそれだけで疲れがぶっ飛んだ。
精神が浄化される気がしたのだ。
このストレスも、小鳥遊リリスにダマされたような気持ちも。
多分彼女に逢えば治る。
全部元通りになる。
な、そうだろ。
彼女の家が有る駅まで電車で数分。
駅の商店街でケーキを買う。
コンビニじゃない。
専門店。
言い訳で手土産。
あのさー、ケーキ買ったんだけど遊びに行っていい。
えー、どうしたの急に。
メッチャ顔見たくなった、なんてね。
ケーキ渡すだけでも。
もう家の近くまで来てるんだ。
マジか!?
どうしようかなー。
なんちゃって。
勿論いいよ。
でも本当に用事有るから長くはダメだからね。
ラインで会話。
あー。
やっぱ俺彼女の事好きなんだな。
人間愛が大事。
本当にそうだ。
焦燥感で溢れかえった頭の中身がクリアになった気がする。
「えー、ホントに来たー」
「何だよー、来ちゃダメかよ」
「そんなこと無いよ」
俺は彼女の部屋のドアを開ける
微笑む彼女。
キレイだ。
少し垂れ目がち、全開の笑顔じゃ無くて少し抑えたような笑い。
この笑顔が好きなんだ。
うっし。
来た甲斐が有った。
なんだか頭の中が異次元になったような。
足が地に着いてないような浮遊感。
フラフラしてた俺。
そんな俺が地面に着地した。
たどり着くべき場所に辿り着いた。
そんな安心感。
そうだ。
やっぱり彼女の所に来て良かったのだ。
俺の選択、大正解。
彼女の部屋に上がり込む俺。
「おおっ 久しぶりの我が家」
「いつからキミの部屋になったのさ」
一瞬、俺の鼻に違和感が有った。
彼女の六帖間、キッチンとシャワートイレは別。
座机の前のクッションに俺は座り込む。
「ケーキ食べない」
「やったー、パティシエ〇〇じゃん。
どうしたの?
何かお祝い」
「俺の就職浪人祝いかな」
「まだ決まってないでしょ」
「もう無理無理、そっちは?なんか進展有ったの」
「あ、うん…」
「え…マジで」
「決まった訳じゃないんだけど…多分」
俺はそうなんだー、なんて言ってみる。
少し前のクリアになった精神が。
……ザワツク。
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